「最低でも県外」は誰の発言?鳩山由紀夫と普天間問題、辺野古の2026年10月最新状況
「最低でも県外」――。この言葉を掲げたのは、2009年当時、民主党代表だった鳩山由紀夫氏だ。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先について、沖縄県内への新たな基地建設を見直し、少なくとも県外への移設を目指す姿勢を示した。しかし、2009年9月に政権交代を実現した鳩山内閣は、移設先を決められないまま日米交渉で行き詰まり、2010年5月28日には辺野古への移設を盛り込んだ日米共同声明を発表。鳩山氏は同年6月2日に首相を辞任した。
それから16年余りが経過した2026年10月、辺野古では大浦湾側の地盤改良や埋め立てが続いている。一方、工事費は約9300億円とされ、2026年10月には軟弱地盤のくい打ち作業が約4カ月中断していたことも報じられた。「最低でも県外」はなぜ実現しなかったのか。徳之島やグアムへの移設案、日米同盟の抑止力問題、そして現在の辺野古新基地建設の進捗まで、政治と安全保障の両面から整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「最低でも県外」の発言者は鳩山由紀夫氏。2009年7月の選挙期間中に普天間飛行場の移設をめぐって掲げた。
- 要点2:県外移設を断念した背景には、米軍の運用上の制約、徳之島など候補地の反対、日米同盟の抑止力をめぐる判断があった。
- 要点3:2010年5月28日の日米共同声明で辺野古移設が再確認され、同年6月2日に鳩山首相が辞任した。
- 要点4:2026年10月現在、辺野古では大浦湾側の地盤改良と埋め立てが進行中。総事業費の概略は約9300億円とされている。
- 要点5:2026年10月20日の報道では、地盤改良のくい打ち作業が約4カ月中断していたことが明らかになった。
【最低でも県外は誰が言った?鳩山由紀夫の発言と本当の意味】
「最低でも県外」の発言者は、民主党の元代表で第93代内閣総理大臣を務めた鳩山由紀夫氏である。
2009年7月19日、沖縄で掲げた県外移設の方針
発言が注目されたのは、2009年7月19日。衆議院議員総選挙を目前に控えた鳩山氏は、沖縄県内での集会で、米軍普天間飛行場の移設先について「最低でも県外」の方向で積極的に行動したいという趣旨を表明した。
当時、普天間飛行場は宜野湾市の市街地に位置し、住宅や学校が周囲に広がることから、航空機の騒音や事故への懸念が長年続いていた。沖縄県民にとって、基地の危険性を取り除くことと、過重な基地負担を軽減することは切実な課題だった。
鳩山氏の発言は、従来の辺野古移設計画を見直し、沖縄以外の地域に移設先を求めるという政治的な方向性を明確にしたものだった。
2009年8月の衆院選では民主党が480議席中308議席を獲得。9月に鳩山内閣が発足し、民主党、社民党、国民新党による連立政権が誕生した。
「最低でも県外」は民主党の正式なマニフェストだったのか
ここには、現在も誤解されやすい重要なポイントがある。
2009年の民主党マニフェストには、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方を見直す方向で臨むとの方針が記載されていた。しかし、普天間飛行場の移設先を「最低でも県外」と明記したわけではない。
一方、2008年の民主党「沖縄ビジョン2008」には、普天間飛行場の県外移転を引き続き模索し、国外移転を目指す方向性が盛り込まれていた。さらに、選挙期間中には鳩山氏ら党幹部が県外・国外移設を主張していた。
つまり、正式なマニフェストの記載と、党代表が選挙期間中に発した政治的メッセージには違いがあった。ただし、政権交代を期待した有権者や沖縄県民にとって、党代表の発言が重い約束として受け止められたことは否定できない。
2010年4月の国会で鳩山氏自身が発言を認めていた
「最低でも県外」は、後になって報道機関が作った言葉ではない。2010年4月21日の衆議院国家基本政策委員会合同審査会で、谷垣禎一氏が鳩山首相にこの発言の真意を問いただしている。
「私は、当時、そのように申し上げたことは事実でございます」
これは鳩山首相自身の答弁である。同氏は、県外に移設先を求めたい気持ちは変わっていないと説明し、沖縄県民の負担をできる限り軽減する必要性にも言及した。
したがって、発言者や発言の存在については明確だ。争点は、その政治的な約束を実現するための具体的な移設先と、日米両政府の合意をどのように組み立てるかだった。

【民主党政権の普天間問題はどう進んだ?2009年から2010年の重要年表】
普天間飛行場の移設問題は、鳩山政権が発足してから突然生まれたものではない。1996年の日米合意、1999年の辺野古移設決定、2006年の日米再編ロードマップという経緯があり、鳩山政権はその既存の枠組みを見直そうとした。
沖縄県が公開する返還問題の経緯や、防衛省の防衛白書を踏まえると、主要な転換点は次のとおりだ。
| 時期 | 主な出来事 | 政治・政策上の意味 |
|---|---|---|
| 1996年4月 | 日米が普天間飛行場の県内移設と全面返還で合意 | 返還に向けた基本方針が形成される |
| 1999年12月 | 辺野古への移設を閣議決定 | 具体的な移設先が決まる |
| 2006年5月 | 日米が再編実施のロードマップを発表 | 辺野古移設と在沖縄海兵隊の再編を進める |
| 2009年7月19日 | 鳩山民主党代表が「最低でも県外」の方針を表明 | 県外・国外移設への期待が高まる |
| 2009年9月 | 鳩山内閣が発足 | 民主党政権が既存の日米合意の見直しに着手 |
| 2010年1月 | 辺野古移設に反対する稲嶺進氏が名護市長に当選 | 地元自治体との調整が一層難しくなる |
| 2010年5月4日 | 鳩山首相が沖縄訪問で県外移設の困難さを説明 | 県外移設方針が事実上後退 |
| 2010年5月28日 | 日米共同声明で辺野古移設を再確認 | 県内移設に回帰 |
| 2010年6月2日 | 鳩山首相が辞任を表明 | 普天間問題が政権運営の大きな挫折となる |
| 2013年12月 | 仲井眞弘多知事が辺野古埋め立てを承認 | 埋め立て事業の実施に向けて進展 |
| 2018年12月 | 辺野古側で埋め立て工事開始 | 現地の建設工事が本格化 |
| 2019年12月 | 防衛省が総事業費の概略を約9300億円と公表 | 軟弱地盤改良を含む事業計画に変更 |
| 2024年12月 | 大浦湾側の地盤改良工事に着手 | 難工事となる海域での本格的な地盤改良が始まる |
| 2026年10月 | 大浦湾側の埋め立てと地盤改良が継続 | 工事の進捗、費用、工期が引き続き焦点 |
この年表から分かるのは、鳩山政権の失敗だけで普天間問題の全体を説明することはできないという点だ。移設先の選定は1990年代から続く日米交渉の課題であり、地元自治体、米軍の運用、安全保障、環境問題が複雑に絡み合っていた。
【なぜ県外移設を断念した?徳之島案・グアム案と日米同盟の壁】
鳩山由紀夫氏が「最低でも県外」を実現できなかった理由は、一つではない。移設先の受け入れ問題、米軍の運用上の条件、日米同盟の抑止力に対する認識の変化が重なっていた。
徳之島移設案が難航した理由
県外移設の候補地として注目されたのが、鹿児島県の徳之島だった。
2010年3月ごろから、徳之島は普天間飛行場の移設や海兵隊の訓練移転先の候補として浮上した。沖縄から一定の距離を置いた地域であり、県外移設の具体案として関心を集めた。
しかし、島民の反対は強かった。2010年3月28日には、徳之島で米軍基地移設に反対する郡民大会が開かれ、約4200人が参加したと報じられた。
同年5月7日には、鳩山首相が徳之島の3町長と会談し、海兵隊の訓練移転など一部機能の受け入れを要請した。しかし、3町長は反対の意思を示し、島民約2万5800人分の反対署名を首相に提出した。
島民の人口規模に匹敵する反対署名が集まったことは、移設先を確保する難しさを象徴していた。
65海里の距離制約をめぐる問題
徳之島案については、米軍の運用上の条件として「65海里(約120キロ)」という距離が取り上げられてきた。
2010年4月19日付とされる米側説明文書には、ヘリ部隊の拠点と陸上自衛隊との恒常的な訓練拠点との距離に関する基準として65海里が記載されていたと、後年の国会質問で説明されている。
ただし、この文書の存在には重要な問題がある。2016年の政府答弁では、外務省と防衛省が文書の存在を確認できなかったとされた。さらに、米海兵隊の正式な基準として65海里が存在するかについても疑義が示されていた。
2024年12月の政府答弁でも、当該文書を作成・取得した事実や破棄した事実は確認できなかったとしている。
一方、2018年11月の衆議院予算委員会で河野太郎外相(当時)は、米側が徳之島への移設について距離など運用上の問題を繰り返し説明していたと答弁した。
したがって、65海里という数字だけで徳之島案が不可能だったと断定するのは正確ではない。距離に関する説明はあったものの、移設の断念には運用面以外の事情も関係していた。
グアム移設案は普天間飛行場の全面移転を意味しなかった
もう一つの候補として語られるのがグアム移設案だ。
実際には、沖縄の海兵隊をグアムへ移転する構想は、鳩山政権より前から日米間で進められていた。
2006年5月の日米ロードマップでは、沖縄に駐留する第3海兵機動展開部隊の要員約8000人と、その家族約9000人を2014年までにグアムへ移転する計画が盛り込まれた。
2009年2月には、在沖縄海兵隊のグアム移転に関する日米協定も署名されている。
ただし、ここで注意したいのは、海兵隊員のグアム移転と普天間飛行場の全面的な移設は別の問題だということだ。
2012年4月の日米「2+2」では、海兵隊のグアム移転と嘉手納飛行場以南の土地返還を、普天間飛行場の代替施設建設の進展から切り離すことが決まった。見直し後の計画では、約9000人が日本国外へ移転し、そのうち約4000人がグアムへ移る構成となった。
グアム移設は沖縄の基地負担軽減に関係する重要な政策だが、それだけで普天間飛行場の代替施設問題が解決するわけではなかった。
日米同盟の抑止力が大きな壁になった
県外移設を難しくした最大の構造的要因の一つが、米海兵隊の運用と日米同盟の抑止力をめぐる問題だった。
海兵隊は航空部隊、陸上部隊、後方支援部隊、司令部などが連携して活動する組織だ。航空部隊だけを沖縄から遠く離れた地域へ移すと、部隊間の連携や訓練の効率が低下するというのが米側の説明だった。
防衛省の2026年版防衛白書でも、沖縄の海兵隊を国外・県外へ移す場合、機動性や即応性が損なわれる懸念があるとの政府の判断が記されている。
鳩山氏自身も、2010年5月4日の沖縄訪問で、それまでの県外移設方針を修正した。
同氏は、日米同盟を考慮すると全てを県外に移すことは現実的に難しく、沖縄県内に一部機能を移さざるを得ないと説明した。
ここで政治的な転換が起きた。沖縄の基地負担を軽減するという理念と、米軍の運用を維持するという安全保障上の判断が衝突し、鳩山政権は後者を重視する方向へ進んだのである。

【2010年5月28日の日米共同声明で辺野古移設はどう決まった?】
県外移設の実現が困難になるなか、日米両政府が最終的に公表したのが、2010年5月28日の日米安全保障協議委員会、いわゆる「2+2」の共同声明だ。
移設先はキャンプ・シュワブ辺野古崎地区と隣接海域
共同声明では、普天間飛行場の代替施設をキャンプ・シュワブ辺野古崎地区と隣接する水域に設置する方針が示された。
この合意によって、鳩山政権が選挙期間中に掲げた県外移設の方針は事実上撤回され、1990年代から続く辺野古移設計画に回帰することになった。
共同声明では、日米同盟の安全保障上の役割についても改めて確認されている。
沖縄を含む日本における米軍の堅固な前方のプレゼンスが、必要な抑止力と能力を提供する。
この考え方は、沖縄に米軍が駐留することを単なる基地の配置問題ではなく、日本の防衛や東アジアの安全保障に関わる問題として扱うものだった。
沖縄の負担軽減策も共同声明に盛り込まれた
2010年5月28日の政府の閣議決定では、辺野古への移設だけでなく、沖縄に集中する基地負担を軽減するための施策も示された。
具体的には、沖縄県外への訓練移転、環境面での措置、米軍と自衛隊の施設の共同使用などが盛り込まれている。
つまり、日米共同声明は辺野古移設だけを決めた文書ではない。沖縄の基地負担を軽減しながら、日米同盟の抑止力を維持するという二つの目標を掲げていた。
しかし、県外移設を求めていた沖縄側からすれば、結果的に新たな基地建設が県内で進むことになったため、納得できる内容ではなかった。
沖縄県の公式年表によると、2010年4月には県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会が開催されている。同年11月の沖縄県知事選でも、県外移設の実現を求めた仲井眞知事が再選された。
鳩山由紀夫はなぜ2010年6月2日に辞任したのか
日米合意のわずか数日後、2010年6月2日、鳩山首相は辞任を表明した。
辞任の背景には、普天間問題だけでなく、政治資金をめぐる問題や社民党の連立離脱など、複数の政治的要因があった。
鳩山氏は退陣表明で、普天間問題を政権への信頼を失わせた大きな原因として挙げた。沖縄や徳之島の人々に負担をかけたことを認め、県外移設を実現できなかったことへの無念を示した。
社民党は、県外・国外移設を主張していたが、日米合意に反対。党首の福島瑞穂氏が消費者・少子化担当相を罷免されたことなどを受け、連立政権を離脱した。
鳩山内閣は2009年9月に発足してから約8カ月で幕を閉じた。普天間問題は、政権交代によって掲げられた政治的期待と、実際の外交・安全保障政策との間に生じた大きな隔たりを象徴する出来事となった。
【辺野古移設の現在は?2026年10月の工事進捗と9300億円の実態】
2026年10月現在、普天間飛行場の代替施設建設は名護市辺野古のキャンプ・シュワブ周辺で続いている。
防衛省が2026年10月時点として公表した工事進捗情報では、辺野古側の埋め立てに加え、大浦湾側の地盤改良や護岸工事、複数の区域での埋め立てが進められている。
辺野古側の埋め立ては約99.5%まで進んだ
2026年版防衛白書によると、辺野古側の海域における埋め立ては、2026年5月時点で約99.5%に達しており、おおむね完了している。
ただし、これは事業全体の完成率ではない。軟弱地盤が広がる大浦湾側では、別途、大規模な地盤改良工事が必要となる。
防衛省の2026年10月の進捗資料に示された主な工程は次のとおりだ。
- 2024年1月:大浦湾側の海上ヤードへの石材投入に着手。
- 2024年5月:サンゴ類の移植を開始。
- 2024年11月:大浦湾側の埋立区域③-1で埋め立て開始。
- 2024年12月:サンゴ類の移植完了。地盤改良工事にも着手。
- 2025年11月:埋立区域③-3で埋め立て開始。
- 2026年6月:埋立区域③-4で埋め立て開始。
大浦湾側では、地盤の安定性を確保するため、サンド・コンパクション・パイル工法などによる改良が行われている。防衛省の資料では、砂杭などの地盤改良は合計約7万1000本の規模とされている。
2026年10月、地盤改良のくい打ちが約4カ月中断
工事の進捗を考えるうえで見逃せないのが、2026年10月20日の共同通信報道だ。
報道によると、大浦湾側の軟弱地盤を改良するためのくい打ち作業が、約4カ月にわたって中断していたことが防衛省沖縄防衛局への取材で判明した。
中断の理由は、台風シーズンの安全確保のために作業船が退避していたことだった。
2025年1月下旬の着手から2026年9月末までのくい打ち実績は約9500本。約7万1000本という計画規模と比較すると、進捗の遅さを懸念する声が出るのも無理はない。
一方、防衛局の担当者は、現時点で工期の遅れは生じていないとの認識を示した。
ここで重要なのは、作業の中断という事実と、事業全体の完成時期が遅れると確定したことは同じではないという点だ。今後の作業再開、地盤改良の実績、天候条件などによって工程の見通しは変わり得る。
普天間飛行場の移設費用9300億円は何に使われる?
辺野古移設をめぐるもう一つの大きな争点が、総事業費だ。
防衛省は2019年12月、軟弱地盤の改良工事を追加した計画変更などを踏まえ、普天間飛行場代替施設建設事業等の経費の概略として約9300億円を公表した。
内訳は以下のようになっている。
- 環境保全措置など:約700億円
- 仮設工事:約2000億円
- 護岸工事:約1500億円
- 埋め立て工事:約3600億円
- 付帯工事:約125億円
- 飛行場施設整備:約625億円
- キャンプ・シュワブ再編成工事:約750億円
この9300億円は2019年時点の工事計画に基づく概略額であり、将来の支出総額を保証する上限ではない。
2026年9月29日の防衛大臣記者会見では、2006年度から2025年度までの支出額が約7835億円に達し、9300億円の約84%に相当するとの数字が記者から示された。
これに対し、小泉防衛相は、9300億円は2019年12月に示した概略額であり、今後の工事の進捗などを踏まえて検討する必要があると説明した。現時点では具体的に見直す段階にはないとの認識も示している。
つまり、2026年10月時点では、9300億円という概略額が維持されているものの、将来的な増額の可能性まで否定されたわけではない。
完成までに必要な期間は約12年
防衛省が示す変更後の計画では、工事着手から埋め立て完了までに約8年、工事完了までに9年3カ月、さらに米側への提供手続完了までに約12年を要するとされている。
この12年には、飛行場施設の調整や飛行場認証、日米合同委員会での提供手続なども含まれる。
したがって、埋め立てが進んだことだけをもって、普天間飛行場の返還が目前に迫ったと判断することはできない。施設建設と返還手続は別の工程として進められる。

【最低でも県外発言のその後の評価と沖縄県民の基地負担】
「最低でも県外」は、現在では鳩山政権の失敗を象徴する政治用語として扱われることが多い。しかし、その評価を考える際には、発言が実現しなかった政治責任と、発言が提起した沖縄の基地負担という問題を分けて見る必要がある。
政治的評価:理念だけでは実現できなかった政策
鳩山氏の発言には、沖縄に集中している基地負担を全国的な問題として捉え直すという意味があった。
一方で、移設先の候補地を十分に確保できないまま、県外移設を強く打ち出したことで、日米交渉、国内の自治体調整、連立政権内の政策統一が難しくなった。
2011年の衆議院外務委員会では、玄葉光一郎外相(当時)が、選挙期間中の「最低でも県外」という発言が普天間問題を複雑にしたとの認識を示している。
また、鳩山氏自身も2024年のインタビューで、県外移設を実現できなかったことへの悔いを語っている。
発言を評価する際には、沖縄の基地負担軽減を掲げた政治的理念と、実現可能な政策設計を欠いたことによる結果の両方を見る必要がある。
沖縄の基地負担は2026年現在も大きい
沖縄の基地負担は、普天間飛行場の移設問題だけでは説明できない。
防衛省の2026年1月1日時点の統計によると、在日米軍の専用施設・区域の面積のうち、沖縄県が占める割合は約70.27%に達している。
沖縄県の面積は日本の国土面積の約0.6%にすぎない。全国の米軍専用施設の約7割が集中しているという状況は、基地負担の偏在を示す具体的な数字だ。
このため、辺野古移設をめぐる議論では、普天間飛行場の危険性除去だけでなく、沖縄県全体の基地負担をどこまで軽減できるかが問われている。
辺野古移設で負担はどこまで軽くなるのか
防衛省は、辺野古の代替施設は普天間飛行場の機能をそのまま移すものではないと説明している。
普天間飛行場の主要な3機能のうち、空中給油機の運用機能は2014年8月にKC130輸送機15機全機が山口県の岩国飛行場へ移転した。緊急時における航空機受け入れ機能も、福岡県の築城基地や宮崎県の新田原基地への移転が進められている。
キャンプ・シュワブに移転するのは、オスプレイなどの運用機能だ。代替施設の埋め立て面積は約152ヘクタールで、普天間飛行場の約476ヘクタールと比較すると約3分の1程度になる。
防衛省は、V字型の滑走路によって離着陸経路を海上に設定し、周辺地域の騒音や危険性を軽減できると説明する。
ただし、こうした機能の整理や施設規模の縮小が、沖縄全体の基地負担をどの程度減らすのかは、引き続き検証が必要だ。新たな施設の建設が進む一方で、沖縄県民の間には県内移設そのものに反対する意見が根強く残っている。
【プロの結論】「最低でも県外」の本質は基地負担の分担にある
この問題を理解するうえで、最も重要なのは、辺野古に移設するか、県外に移設するかという二択だけで考えないことだ。
本来、政策を評価するためには、少なくとも次の4つの視点が必要になる。
- 危険性の除去:普天間飛行場周辺の住民が抱える航空機事故や騒音のリスクをどれだけ早く軽減できるか。
- 基地負担の分散:沖縄に集中する米軍施設や訓練の負担を、県外・国外へどの程度分散できるか。
- 安全保障上の実効性:日米同盟の抑止力と米軍の機動性・即応性をどのように維持するか。
- 財政と環境への責任:建設費、工期、自然環境への影響を継続的に検証できているか。
「最低でも県外」が実現しなかったことは、政治的な約束と実際の政策遂行能力の間に大きな隔たりがあったことを示している。
しかし、県外移設が実現しなかったからといって、沖縄の基地負担軽減という問題まで消えたわけではない。2026年の辺野古工事を評価する際にも、建設の進捗率や費用だけでなく、普天間飛行場の返還時期、沖縄の基地負担、住民の安全という本来の目的に照らして判断する必要がある。
【最低でも県外に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:「最低でも県外」は誰が言った?
A1:2009年7月、当時の民主党代表だった鳩山由紀夫氏が、米軍普天間飛行場の移設先について掲げた発言です。同氏は2010年4月の国会でも、実際にそのように発言したことを認めています。
Q2:鳩山由紀夫はなぜ県外移設を断念した?
A2:米軍の部隊運用上の制約、徳之島など候補地での反対、日米同盟の抑止力に対する判断などが重なったためです。特に海兵隊の航空部隊と陸上部隊などを一体的に運用する必要性が、県外移設を難しくした要因でした。
Q3:2010年5月28日の日米共同声明では何が決まった?
A3:普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古のキャンプ・シュワブ辺野古崎地区と隣接水域に設置する方針が確認されました。同時に、沖縄県外への訓練移転など、基地負担軽減策も示されました。
Q4:2026年10月現在、辺野古の工事はどこまで進んでいる?
A4:辺野古側の埋め立ては2026年5月時点で約99.5%に達しています。一方、大浦湾側では地盤改良と埋め立てが続いています。10月20日の報道では、軟弱地盤改良のくい打ち作業が約4カ月中断していたことも明らかになりました。
Q5:辺野古移設の総事業費はいくら?
A5:防衛省が2019年12月に公表した概略額は約9300億円です。2026年9月の防衛大臣会見では、2025年度までの累計支出額として約7835億円という数字が示されました。将来の最終的な事業費は確定していません。
まとめ:最低でも県外発言が残した課題と2026年以降の焦点
「最低でも県外」は、2009年に鳩山由紀夫氏が普天間飛行場の移設問題をめぐって掲げた言葉だ。沖縄の基地負担を軽減しようとする政治的な意思を示した一方、具体的な移設先を確保できず、日米同盟の運用上の制約や候補地の反対に直面して実現しなかった。
2010年5月28日の日米共同声明によって辺野古移設へ回帰し、同年6月2日に鳩山氏は首相を辞任。その後、埋め立て工事は長い年月をかけて進められてきた。
2026年10月現在、辺野古側の埋め立てはおおむね完了しているが、大浦湾側の地盤改良や工事は続いている。約9300億円の事業費についても、今後の見直しや工事の進捗が焦点となる。
今後注目すべきなのは、工事が予定どおり進むかどうかだけではない。普天間飛行場の危険性をいつ除去できるのか、沖縄の基地負担をどこまで軽減できるのか、そして日米同盟の抑止力と地域住民の生活をどのように両立させるのかという問題だ。
「最低でも県外」が残した最大の教訓は、政治的な理想を掲げることと、それを実現可能な政策に落とし込むことは別だという点にある。そして、沖縄の基地負担を誰がどのように分担するのかという問いは、2026年になった今も日本全体に突きつけられている。
主な参照資料
(出典: 最低 でも 県外(Yahoo!ニュース))