とろサーモン久保田はなぜ離婚?2005年の結婚から2026年の恋愛事情まで徹底解説
お笑いコンビ「とろサーモン」の久保田かずのぶは、2005年に高校時代の同級生と結婚し、2012年に離婚した過去を持つ。M-1グランプリ2017で優勝するまで長い下積み生活を送っており、結婚生活も経済的な苦労と芸人としての成功を目指す日々の中で大きく揺れ動いていた。
離婚の背景には、収入の少なさだけでなく、妻に生活を支えてもらう一方で自分の夢を優先していた久保田自身の生活態度や、夫婦の生活時間のすれ違いがあった。ところが、離婚後も元妻は匿名のDMで彼を応援していたという。さらに2026年には、たけうちほのかとの交際も公になっている。過去の離婚から現在の恋愛、再婚の可能性までを時系列で整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 結婚・離婚:2005年に高校時代の同級生と結婚し、2012年に離婚したと報じられている。
- 離婚理由:下積み時代の経済的困窮、妻の仕事による家計の支え、生活リズムや価値観のすれ違いが背景にあった。
- 元妻との交流:2017年のM-1優勝時にも応援メッセージが届き、2024年には匿名DMの送り主が元妻だったと明かした。
- 2026年の恋愛事情:たけうちほのかとの交際が公になっており、独身で彼女がいないという情報とは異なる状況が報じられている。
- 再婚の可能性:2026年11月5日時点で再婚発表は確認できず、結婚については慎重な姿勢を示している。
【結論】とろサーモン久保田の離婚は2012年!結婚から7年間に何があった?
久保田かずのぶの結婚歴について、複数の芸能報道で伝えられているのは、2005年の結婚と2012年の離婚という経歴だ。
元妻は高校時代の同級生とされ、久保田が芸人として十分な収入を得られない時期から生活を支えていた人物だった。2018年1月放送の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』では、元妻が電話出演し、結婚生活や離婚後の関係について語っている。
離婚の背景として大きかったのは、東京進出後の仕事の少なさと経済的な問題だった。2010年に東京へ進出したとろサーモンは、関西時代とは異なり仕事が激減。久保田の収入だけでは生活が安定せず、元妻もアルバイトを掛け持ちするようになった。
2025年7月公開のGOETHEの対談では、久保田本人が元妻と一緒に寝台特急で東京へ移ったことや、上京後の生活について振り返っている。
同対談で久保田は、妻が働いて家計を支えている一方、自分は先輩芸人との飲み会で帰宅が遅くなり、漫画喫茶に泊まることもあったと説明した。帰宅時間が朝の9時や10時になることもあり、妻との生活時間は次第に合わなくなっていったという。
つまり、離婚を単純に「お金がなかったから」と片付けることはできない。経済的な困窮に加え、妻に負担が集中する生活構造と、夫婦として向き合う時間の不足が重なっていた。

【結婚から離婚までの年表】久保田かずのぶと元妻に起きた出来事
久保田の結婚生活を理解するには、芸人としてのキャリアと家庭生活を並べて見る必要がある。とろサーモンの活動が軌道に乗るまでには長い時間がかかり、その間に夫婦関係にも変化が生じた。
| 時期 | 出来事 | 背景・詳細 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 元妻と知り合う | 元妻は高校時代の同級生と報じられている。 |
| 2002年 | とろサーモン結成 | 同郷の村田秀亮とコンビを結成。 |
| 2005年 | 元妻と結婚 | 複数の芸能報道で結婚した年として伝えられている。 |
| 2010年 | 東京進出 | 夫婦で上京。しかし仕事が減り、経済的に苦しい生活が続く。 |
| 2012年 | 離婚 | 結婚生活に終止符を打つ。結婚から約7年後。 |
| 2017年12月 | M-1グランプリ優勝 | とろサーモンが悲願の優勝。元妻からも応援の連絡が届いていた。 |
| 2018年1月 | 元妻がテレビ出演 | 『行列のできる法律相談所』で元妻が電話出演し、再会を拒否。 |
| 2024年5月 | 元妻からのDMを告白 | 匿名で応援メッセージを送っていた人物が元妻だったと明かす。 |
| 2024年11月 | 離婚届のエピソードを披露 | 『アメトーーク!』で離婚届に記入した当時を振り返る。 |
| 2025年3月 | 自伝的作品を出版 | 『慟哭の冠』を通じて、過去の結婚や離婚、芸人生活を語る。 |
| 2026年 | たけうちほのかとの交際が話題に | テレビ番組や報道で交際について取り上げられている。 |
年表で注目したいのは、2010年の東京進出から2012年の離婚までの期間だ。
久保田は2010年から東京で活動を始めたものの、仕事が安定せず、妻の生活負担が増えていった。夫婦で同じ夢を追いかけていたはずが、実際には妻が家計を守り、久保田は芸人としての成功を追い続けるという構図になっていた。
なお、結婚年については2005年という報道が複数ある一方、2024年6月のテレビ番組では久保田が最初の結婚を21歳と説明したと報じられている。1979年9月生まれというプロフィールと2005年の結婚年を照らし合わせると年齢が一致しないため、結婚時の年齢については断定を避ける必要がある。
【元妻との関係】離婚後も続いた交流とM-1優勝時の感動的なDM
久保田の離婚エピソードで特に印象的なのは、離婚後の元妻との関係だ。夫婦としての生活は終わったものの、元妻が久保田の芸人人生を気にかけていたことが、後年の番組出演や本人の告白から明らかになっている。
2018年『行列のできる法律相談所』で元妻が再会を拒否
2018年1月21日放送の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』では、久保田が「会いたくない人」として元妻の存在を挙げた。
番組では元妻が電話出演。2017年のM-1グランプリでとろサーモンが優勝した際には、うれしくて泣いたと明かした。
しかし、久保田が優勝のお祝いとして食事に誘うと、元妻の返答は拒否だった。
芸人としては好きだけど、人間的には嫌い?
番組内で東野幸治からこの趣旨の質問を受けた元妻は、久保田の人間性について「そうです」と答えたとRBB TODAYが報じている。
この場面は、久保田の過去の行動に対する元妻の複雑な感情をうかがわせるものだった。芸人としての成功を喜ぶ気持ちと、元夫として再び会いたいかどうかは、必ずしも同じではなかったのだろう。
2024年5月、匿名DMの送り主が元妻だったと判明
その後、元妻との関係について新たなエピソードが明らかになった。
2024年5月7日放送のテレビ朝日系『耳の穴かっぽじって聞け!』で、久保田は離婚後に届いていた匿名のDMについて語った。
東京進出後、仕事がうまくいかず、精神的にも苦しい時期を過ごしていた久保田。ルミネの大会で優勝したり、小さな賞を獲得したりするたびに、匿名の人物から「頑張ってください」といったメッセージが届いていたという。
送り主が誰なのか気になった久保田は、あるとき直接尋ねた。その答えは、離婚した元妻だった。
この出来事を2024年5月8日の日刊スポーツが報じている。
2018年の番組では再会を拒否していた元妻が、離婚後も陰ながら応援していたという事実は興味深い。必ずしも復縁を望んでいたわけではなく、かつて人生を共にした相手として、久保田の成功を願っていた可能性がある。
元妻との関係を語るうえで重要なのは、離婚後の交流と復縁を混同しないことだ。応援メッセージが届いていたことは本人の告白で明らかになったが、復縁や再婚の合意があったという報道はない。

【アメトーークの離婚届エピソード】財布からお金を盗んだことが離婚理由だった?
久保田の離婚を検索すると、元妻の財布からお金を抜き取ったという話が頻繁に登場する。また、離婚届を何度も受け取ったという『アメトーーク!』のエピソードも話題になった。
ただし、この2つは同じ出来事ではない。金銭トラブルと離婚届の記入は、それぞれ別の時期のエピソードとして整理する必要がある。
元妻の財布から現金を抜き取ったことは本人も認めている
2022年11月17日配信のABEMA TIMESによると、久保田は恋愛バラエティー『恋するアテンダー』で、過去に妻の財布から現金を抜き取ったことを明かした。
本人の説明では、大阪時代に食事をするお金にも困り、1000円や2000円を財布から抜き取っていたことがあったという。あるときには5000円を持ち出し、妻から電話で財布の中身について尋ねられても、知らないと答えてしまった。
帰宅すると警察が来ており、最終的には自分がやったと説明。パトカーに乗せられたというエピソードまで披露している。
ただし、同番組で久保田は、財布からお金を抜き取ったことが離婚の直接原因ではないと説明している。
この違いは重要だ。金銭を無断で持ち出したこと自体は本人が認めているが、それを離婚の唯一の原因とするのは、本人の説明とは一致しない。
離婚届を3通目で記入した『アメトーーク!』の出来事
2024年11月21日放送のテレビ朝日系『アメトーーク!』では、「ひとり暮らし長~い芸人」の企画で久保田が離婚当時を振り返った。
東京進出後、妻と離れて暮らすようになり、久保田のもとには何度か離婚届が郵送されてきたという。最初の2通は無視していたが、3通目が届いたことで、ついに記入することを決めた。
久保田は離婚届をポケットに入れてルミネtheよしもとへ向かい、劇場の控室で記入していた。そこへ現れたのがフットボールアワーの後藤輝基だった。
後藤は久保田の姿を見ると、大笑いしながら当時の様子を動画に撮影したという。久保田はその出来事を『アメトーーク!』で振り返り、当時の先輩の反応に対する不満を笑いに変えていた。
このエピソードは、久保田が離婚を受け入れるまでの心理的な経緯を伝えるものだ。離婚届を無視し続けたことからも、夫婦関係がすぐに終わったわけではなく、一定の時間をかけて別れに至ったことがうかがえる。
【2026年最新】久保田かずのぶは独身?再婚や彼女・たけうちほのかとの関係
2026年の久保田について、「独身」「再婚」「彼女」といった検索が多い背景には、過去の離婚歴と2024年以降の熱愛報道がある。
まず整理しておきたいのは、離婚歴があることと、現在交際相手がいないことは別問題だという点だ。
たけうちほのかとの熱愛報道は2024年11月
久保田の新たな恋愛相手として名前が挙がったのは、モデル・タレントとして活動するたけうちほのかだ。俳優・竹内涼真の妹としても知られている。
2024年11月26日、女性自身は2人の交際と半同棲生活を報道。交際が始まったのは2024年春ごろとされ、久保田との年齢差は18歳と伝えられた。
その後、久保田本人も交際報道について番組で言及している。
2024年12月、テレビ朝日の公式YouTubeチャンネルで公開された『耳の穴かっぽじって聞け!』のオフトークでは、ウエストランド井口浩之から交際の経緯を尋ねられ、芸人の紹介がきっかけだったと説明。さらに、たけうちほのかの兄や両親とも飲んだことがあると明かした。
2025年には本人が「今、オンナ居るんで」と発言
2025年3月26日の日刊スポーツのインタビューでは、久保田が自叙伝『慟哭の冠』について語る中で、たけうちほのかとの交際にも触れている。
結婚をもうしたくないと考えていた時期もあった久保田だが、当時の交際相手について質問されると「今、オンナ居るんで」と笑顔で回答した。
さらに、結婚したくないと断言することは避け、子どもを持つことの責任や覚悟についても自分なりの考えを語っている。
2026年も交際に関する報道が続いている
2026年2月21日には、ORICON NEWSがたけうちほのかのテレビ出演を報道。テレビ朝日系『私が愛した地獄』で、彼氏として公言している久保田について言及し、番組内でも「とろサーモン久保田と交際中」と紹介された。
さらに2026年3月には、竹内涼真が自身のInstagramストーリーズに久保田とのツーショットを投稿。「ついに会っちゃった」とコメントしたことを日刊スポーツやスポニチが報じている。
2026年4月28日の日刊スポーツでも、テレビ朝日系『MEGUMIママのいるBar』で久保田が18歳年下の交際相手について話題にされる場面が取り上げられた。7月22日のABEMA TIMESでも、たけうちほのかは久保田との交際報道に関連する人物として紹介されている。
これらの情報から、2026年の久保田を「彼女がいない独身芸人」と紹介するのは正確ではない。
一方、2026年11月5日時点で、久保田本人による再婚発表は確認できない。交際と結婚は別の段階であり、たけうちほのかとの結婚が決まったとする情報も確認できない。

【慟哭の冠から読み解く】久保田かずのぶの結婚観と離婚後の人生
久保田の結婚観を知るうえで重要な作品が、2025年にKADOKAWAから刊行された自叙伝『慟哭の冠』だ。
この作品には、芸人としての成功をつかむまでの苦労だけでなく、元妻との結婚生活や離婚に至るまでの経験も描かれている。
元妻への感謝と、結婚生活で気づけなかったこと
2025年7月30日公開のGOETHEの対談で、久保田は元妻との上京について詳しく語った。
妻は久保田の夢を支えるために一緒に東京へ移り、生活費を稼ぐために複数のアルバイトをしていた。一方、久保田は先輩との付き合いや芸人としての活動を優先し、家に帰る時間も遅かった。
対談では、妻が働き始めたことを一つのメッセージとして受け止めるべきだったと振り返っている。しかし当時は、まだ妻が耐えてくれるだろうと考えていたという。
久保田は、妻がいなくなった後に初めて、長く一緒に暮らしていた人が隣にいない寂しさを強く感じたとも語っている。
そして、結婚について次のような考えを明かした。
「その経験があるから、正直結婚はもういいかなって思ってますね。」
これは離婚を経験した人間としての率直な心情だろう。結婚生活を否定しているというより、誰かと生活を共にすることの責任や、相手を失った後の寂しさを知ったからこその慎重さが感じられる。
再婚を考えるうえで久保田が重視していること
2025年3月の日刊スポーツのインタビューでは、久保田は結婚と子どもについても踏み込んだ話をしている。
特に印象的なのは、子どもを持つことに対する責任や覚悟について問題提起したことだ。単に結婚するかしないかという話ではなく、新しい命を迎えることをどのように考えるべきかという問いだった。
また、独身生活には自由がある一方、年齢を重ねて一人で生きることへの寂しさも感じていると語っている。
2026年にはたけうちほのかとの交際が公になっており、以前の「結婚はもういいかな」という発言だけで、将来の再婚を完全に否定しているとは判断できない。
久保田の結婚観には、過去の失敗を繰り返したくない気持ちと、誰かと人生を共にすることへの関心が同居しているように見える。
【プロの結論】久保田かずのぶの離婚から分かる3つのポイント
久保田の離婚エピソードを振り返ると、単なる芸能人の離婚話では片付けられない側面が見えてくる。
第一に、経済的な困窮だけが離婚の理由ではなかったこと。仕事が少なく、妻がアルバイトを掛け持ちしていたことに加え、夫婦の生活時間や価値観がずれていったことを本人が認めている。
第二に、離婚後も人間関係が完全に消えるわけではなかったこと。元妻は再会を拒否しながらも、M-1優勝時には喜び、匿名DMで久保田を応援していた。過去の夫婦関係を単純な好き嫌いだけでは説明できないことが分かる。
第三に、離婚歴と現在の恋愛状況を混同しないこと。久保田は2012年に離婚したバツイチだが、2024年以降はたけうちほのかとの交際が報じられ、本人や相手側の番組発言も確認できる。再婚発表がないことと、恋人がいないことは同じではない。
また、離婚理由を調べる際には、本人が語った生活のすれ違いと、番組で笑いに変えた財布の金銭トラブルを区別することが大切だ。テレビのエピソードは印象に残りやすいが、本人が直接原因ではないと説明した点も踏まえて理解したい。
【とろサーモン久保田の離婚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:とろサーモン久保田はいつ結婚して、いつ離婚した?
A1:複数の芸能報道によると、2005年に高校時代の同級生と結婚し、2012年に離婚した。結婚生活は約7年間だったとされる。
Q2:久保田かずのぶの離婚理由は何?
A2:東京進出後の経済的な困窮、元妻が家計を支えるために働いていたこと、久保田の帰宅が遅くなるなどの生活リズムのすれ違いが背景にあった。本人も2025年の対談で、妻が働くようになったことを重要なサインとして振り返っている。
Q3:久保田の元妻は誰?現在も交流はある?
A3:高校時代の同級生と報じられているが、一般人であり、詳しいプロフィールは公表されていない。離婚後も匿名DMで久保田を応援していたことが2024年に明らかになった。ただし、復縁したという情報はない。
Q4:元妻の財布からお金を盗んだことが離婚の直接原因?
A4:久保田は財布から現金を抜き取ったことを認めているが、2022年のABEMA番組では、それが離婚の直接原因ではないと説明している。
Q5:2026年現在、久保田かずのぶは再婚している?
A5:2026年11月5日時点で再婚発表は確認できない。2012年の離婚歴がある一方、たけうちほのかとの交際が2026年も報道されている。
Q6:久保田かずのぶとたけうちほのかは結婚する予定?
A6:交際に関する発言や報道はあるが、結婚が決まったという公式発表は確認されていない。交際の継続と結婚の決定は分けて考える必要がある。
まとめ:とろサーモン久保田の離婚は過去の苦労と現在の結婚観につながっている
とろサーモン久保田かずのぶは、2005年に高校時代の同級生と結婚し、2012年に離婚したと報じられている。離婚の背景には、芸人として売れない時期の経済的な苦労や、妻に生活を支えてもらう中で生まれた夫婦間のすれ違いがあった。
離婚後、元妻は2017年のM-1優勝を喜び、匿名DMでも久保田を応援していた。2018年の再会拒否と2024年に明かされた応援メッセージは、一見相反するようでいて、過去の夫婦関係の複雑さを物語っている。
2025年には『慟哭の冠』を通じて過去の結婚生活を振り返り、結婚への慎重な考えも語った。一方、2026年にはたけうちほのかとの交際が複数の番組や報道で取り上げられている。
現在の久保田を理解するうえで大切なのは、「バツイチ」「独身」「彼女がいる」「再婚した」という言葉を混同しないことだ。離婚歴は過去の事実であり、現在の恋愛は別の話である。今後、本人から結婚に関する新たな発表があるかどうかが注目される。
主な確認資料: RBB TODAY、日刊スポーツ、スポニチ、ABEMA TIMES、GOETHE、ORICON NEWS、女性自身の報道・インタビュー。
(出典: とろ サーモン 久保田 離婚(Yahoo!ニュース))