【竜兵会とは?】結成理由と草野球から飲み会へ発展した経緯
竜兵会を理解するうえで欠かせないのが、上島さん自身の後輩への思いと、芸人同士の交流が生まれた時代背景です。
竜兵会の始まりは草野球だった?
竜兵会の起源については、草野球チームと飲み会という2つの要素が語られています。
スポニチアネックスの2022年5月12日付報道によると、上島さんは1990年ごろ、同じ太田プロダクションの後輩芸人たちを集めて草野球チームを結成しました。しかし、チームとしての活動はわずか2試合ほどで終了。その後もメンバー同士の飲み会は続いていきました。
一方、2016年のデイリースポーツは、竜兵会の発足を2001年と紹介しています。また、2022年の文春オンラインのインタビューで、上島さん自身は飲み仲間で野球チームを作る際に「竜兵会」という名前を付けたと説明しています。
つまり、草野球を通じて仲間が集まり、その後、飲み会を中心としたコミュニティとして定着したという流れです。草野球の始まりと、竜兵会という名前が定着した時期は、必ずしも同じではありません。
結成理由は上島竜兵の後輩思いな性格
興味深いのは、竜兵会の結成には、上島さんが尊敬していた先輩芸人の存在も関係していたことです。
2022年5月11日付のFRIDAYデジタルの追悼インタビューで、上島さんは結成のきっかけについて、次のように振り返っています。
「『ダウンタウン』さんが番組終わりに後輩を誘って飯に行くのを見て『羨ましいな』と思ったのがキッカケでした。」
【検証資料 1】竜兵会の当時の様子・関連報道写真(出典:ナタリー)
当時、上島さんは自分より若く、まだ売れていなかった芸人たちを食事に誘うようになりました。
有吉弘行さんは猿岩石としてのブームが終わり、仕事が減少していた時期。土田晃之さんも劇団ひとりさんも、現在のような知名度を獲得する前でした。
上島さんは、後輩に芸を教え込む師匠というより、一緒に酒を飲み、くだらない話をして、悩みを共有する先輩でした。
同じインタビューで上島さんは、自分の性格を「子分肌」と表現しています。
後輩が自分を超えて売れていくことを喜ぶ。その一方で、自分自身も後輩たちと一緒に楽しむ。
この距離感こそ、竜兵会が長く続いた理由の一つでした。
『THE夜もヒッパレ』とラジオ番組も交流のきっかけに
土田さんの証言からは、竜兵会が形作られた具体的な経緯も見えてきます。
Smart FLASHが2022年5月15日に掲載した記事によると、土田さんは日本テレビ系『THE夜もヒッパレ』で、ダチョウ倶楽部やデンジャラスらと共演していました。
収録後に一緒に飲みに行くことが習慣となり、芸人同士の距離が縮まっていったといいます。
さらに、ダチョウ倶楽部が文化放送のラジオ番組『セイ!ヤング21』を始めたことも交流を深める契機になりました。
上島さんは仕事が少なく落ち込んでいたデンジャラスのノッチさんに、現場へ出てくるよう声をかけたと土田さんは説明しています。
単に仲のよい芸人が集まっていたのではありません。仕事がなくても孤立させず、仲間のいる場所へ呼び込む。そうした行動が竜兵会の土台になっていたのです。
【竜兵会メンバー一覧】有吉弘行・土田晃之・劇団ひとりらの関係性
竜兵会のメンバーを調べると、複数の芸人の名前が登場します。
ただし、竜兵会には一般的な会社や団体のような固定会員名簿が存在したわけではありません。時期や番組企画、飲み会への参加状況によって、紹介される顔ぶれは異なります。
ここでは、テレビ朝日の『アメトーーク!』関連アーカイブやスポーツ紙の報道で確認できる主なメンバーを整理します。
竜兵会の主なメンバーと関係
出典:テレビ朝日『アメトーークCLUB』2006年放送回、デイリースポーツ、スポニチアネックスなどの報道をもとに整理。
有吉弘行と上島竜兵の関係
竜兵会を語るうえで欠かせない存在です。猿岩石ブーム終了後、仕事が減っていた時期にも上島さんとの交流が続きました。
有吉さんと上島さんの関係を象徴するのが、飲み会への参加頻度です。
2022年2月のスポニチアネックスの記事では、上島さんがラジオ番組で有吉さんについて語ったエピソードが紹介されています。
上島さんによれば、深夜2時に連絡しても有吉さんは電話に出て、誘いを断らずに飲みに来てくれたそうです。
さらに、10日連続で一緒に飲んだこともありました。
「さすがに10日目は話すことなかった」
上島さんのこの言葉には、2人の距離の近さが表れています。
土田晃之は竜兵会の関係性を語る重要人物
竜兵会の成立過程やメンバー間の関係をテレビやインタビューで語ってきた人物です。
土田さんは、上島さんとの関係について、単なる芸能界の先輩・後輩では説明できない深いつながりがあったと語っています。
2022年5月15日のラジオ番組では、上島さんを友人、恩人、親友、兄貴、親、家族のような存在と表現しました。
芸能界では、先輩が後輩に仕事を紹介したり、芸を教えたりする関係は珍しくありません。
しかし、土田さんが語った関係は、仕事上の利害を超えたものでした。
劇団ひとりと上島竜兵の関係
若手時代から上島さんにかわいがられたメンバー。芸人としての活動だけでなく、作家や映画監督としても活躍しています。
劇団ひとりさんは、売れていなかった時期に上島さんから飲み会へ誘われ、面倒を見てもらったことを振り返っています。
2014年の日刊ゲンダイのインタビューでは、千葉から中野まで飲みに行く交通費がなかった際、上島さんからタクシー代として1万円を渡されたエピソードを明かしました。
実際にはタクシー料金はそれほどかからず、残りのお金は小遣いになったそうです。
また、中野に引っ越してからは週3〜4回ほど上島さんたちと過ごしていたといいます。
この話からも、竜兵会が後輩芸人にとって精神的な居場所だけでなく、生活面でも支えとなる関係だったことが分かります。
カンニング竹山は他事務所から参加した異色の存在
サンミュージック所属。太田プロを中心とする竜兵会に所属事務所の垣根を越えて参加していました。
竹山さんは2016年、竜兵会の本拠地だった居酒屋「野武士」の閉店を受けて、上島さんへの感謝をSNSで発信しました。
竹山さんによると、約15年前に野武士で竜兵会に入れてもらい、上島さんから何度も誘ってもらっていたとのことです。
この事実は、竜兵会が太田プロ所属芸人だけの閉鎖的なグループではなかったことを示しています。
【竜兵会の飲み会エピソード】野武士で生まれた伝説とメンバーの交流
竜兵会の名前が広く知られるようになった背景には、飲み会での数々のエピソードがあります。
特に有名なのが、東京・東高円寺にあった居酒屋「野武士」です。
1. 朝4時、5時まで続いた飲み会
Smart FLASHの2022年5月15日の記事では、2013年の竜兵会取材時の様子と、メンバーの証言が紹介されています。
初期の竜兵会では、仕事が終わってから集まり、朝4時や5時まで飲むことも珍しくなかったそうです。
肥後さんは、仕事を終えて朝まで飲み、シャワーを浴びるためだけに自宅へ戻って再び仕事に出かけるような生活を振り返っています。
飲み会が単なる余暇ではなく、芸人同士が日常的に顔を合わせる交流の場になっていたことが分かります。
2. 有吉弘行と10日連続で飲んだ上島竜兵
有吉さんが再ブレーク前に上島さんと頻繁に飲んでいたことは、複数の報道で紹介されています。
上島さんは、肥後さんが海外ロケで不在だった時期に、有吉さんを連日飲みに誘ったことがありました。
10日間連続で飲み、最後には話すことがなくなって短時間で帰ったというエピソードです。
この関係を単なる酒好き同士の付き合いと見るのは適切ではありません。
仕事が減っていた後輩を一人にせず、何度も誘っていたことが、2人の関係を象徴しています。
3. 上島竜兵が後輩に相談してしまう飲み会
上島さんは、後輩たちから慕われていた一方、自分自身も悩みを抱えることがあったと語っています。
FRIDAYのインタビューでは、飲み会の最中に酔って半泣きになり、「俺はこれからどうしたらいいんだ〜」と口にしていたという話も紹介されました。
後輩たちは上島さんに相談するつもりで集まっていたのに、いつの間にか上島さんの相談を聞く側になっていたのです。
しかし、その姿もまた竜兵会の笑いになっていました。
先輩だからといって常に威厳を保つのではなく、弱さも失敗もさらけ出す。後輩が遠慮なくツッコめる関係が成立していたのです。
4. 2016年に起きた野武士閉店と解散騒動
2016年6月末、竜兵会の拠点として知られた居酒屋「野武士」が閉店しました。
これをきっかけに、メンバーから竜兵会の解散を提案する声が出ます。
同年9月放送のテレビ朝日系『アメトーーク!』でも解散が話題となり、メンバー同士の議論が繰り広げられました。
しかし、上島さんは解散を望みませんでした。
デイリースポーツによると、有吉さんは閉店のお疲れ様会で、上島さんが涙ながらに解散を拒否したことを伝えています。
「竜兵会は絶対に解散しない!」
さらに同年10月、上島さんは竜兵会について「なくなってないですよ!」と解散を否定しました。
この出来事は、竜兵会が特定の飲食店だけで成立していた集まりではなかったことを象徴しています。野武士がなくなっても、仲間との関係までなくなるわけではなかったのです。
【上島竜兵の逝去後】竜兵会メンバーが語った思いと2026年の現在
2022年5月11日、上島竜兵さんが61歳で亡くなりました。
突然の訃報は、芸能界だけでなく、長年竜兵会を見守ってきた視聴者にも大きな衝撃を与えました。
有吉弘行がラジオで語った感謝
2022年5月15日、有吉さんは自身のラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』で上島さんについて語りました。
有吉さんは、亡くなった上島さんと2人きりで対面した際、冗談やツッコミを言おうと思っていたものの、最後には感謝の言葉しか出なかったと振り返っています。
「本当にありがとうございますっていうことしかなかった」
有吉さんにとって上島さんは、仕事がなく苦しかった時期にそばにいてくれた恩人でした。
この追悼の言葉は、竜兵会の交流が一時的な芸能人同士の付き合いではなかったことを改めて伝えるものとなりました。
劇団ひとりと土田晃之もそれぞれの言葉で追悼
劇団ひとりさんは2022年5月14日のラジオ番組で、上島さんの訃報について、すぐには笑い話にできないと語りました。
そのうえで、いつか笑い話にできるよう芸人として腕を磨いていくことも、自分の課題だという趣旨の発言をしています。
一方、土田さんは翌15日のラジオで、上島さんを友人であり、恩人であり、家族のような存在だったと振り返りました。
普段は上島さんをいじり、笑いに変えていた後輩たちも、このときばかりは簡単に言葉にできない悲しみを抱えていました。
2021年の還暦祝いが最後の貴重な映像に
上島さんが生前にメンバーと集まった貴重な映像として知られるのが、2021年10月放送のTBS系『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』です。
番組では、上島さんの還暦を祝うため、竜兵会のメンバーが再集結しました。
劇団ひとりさんは上島さんに江戸切子のグラスをプレゼント。飲み会の終盤には、上島さんが土田さん、有吉さん、劇団ひとりさんにそれぞれ手紙を読み上げました。
有吉さんには、野武士で1週間連続して飲みに付き合ってくれたことへの感謝を伝えています。
劇団ひとりさんは自分への手紙が短いとツッコミを入れ、上島さんが読み直すという、竜兵会らしい笑いも生まれました。
2023年9月には、この還暦祝いの映像が『中居正広の金スマ特別編』で改めて紹介されました。
上島さんが生前にメンバーへ向けて書いた手紙や、後輩たちとの自然なやり取りは、今も竜兵会を象徴する映像として知られています。
2026年1月、竜兵会メンバーの食事会が実現
2026年1月21日、ENCOUNTは竜兵会メンバーによる食事会を報道しました。
太田プロダクション所属のヤマザキモータースさんが、自身のXで集まりの様子を報告したものです。
公開された写真には、次のメンバーが写っていました。
- 肥後克広さん
- 劇団ひとりさん
- 土田晃之さん
- デンジャラス・安田和博さん
ヤマザキモータースさんは、上島さんに向けて次のように投稿しています。
「上島さーん! 大寒だから竜兵会集まってあなたのバカな話で盛りがったよ!」
上島さんが亡くなってから約3年半が経過した時点でも、メンバーが集まり、本人の思い出を語り合っていたことが分かります。
この集まりは、竜兵会が単なる過去の芸能ニュースではなく、今もメンバーの交流の中に存在していることを示す出来事でした。
2026年5月にはダチョウ倶楽部40周年感謝祭も開催
2026年の竜兵会を語るうえで、もう一つ重要なのが、5月25日に東京国際フォーラム・ホールAで開催された「ダチョウ倶楽部40周年感謝祭」です。
1985年に結成されたダチョウ倶楽部の節目を祝うイベントで、肥後克広さんと寺門ジモンさんが出演しました。
このイベントには、竜兵会と縁の深い有吉弘行さん、土田晃之さん、劇団ひとりさん、カンニング竹山さん、デンジャラスの安田和博さんらも参加しました。
オリコンの2026年5月26日付レポートによると、5000席を超えるチケットが早々に完売し、イベントは約2時間半にわたって行われました。
特に注目されたのは、肥後さんと寺門さんの2人が、亡くなった上島さんも含めた3人のダチョウ倶楽部として40周年を迎えたことです。
有吉さん、劇団ひとりさんもMCとして登場し、上島さんと長く交流してきた仲間たちが節目を盛り上げました。
これは竜兵会単独の復活イベントではありません。しかし、上島さんが築いた人間関係が、現在も芸能界の仲間たちの間で続いていることを示す象徴的な出来事です。
2026年現在の竜兵会はどうなっている?
2026年11月現在、竜兵会は上島さんが中心にいた頃と同じ形で定期開催される組織ではありません。
もともと上島さん自身が正式な組織ではないと説明していたように、竜兵会は芸人仲間の自主的な交流から生まれた集まりです。
ただし、2026年1月の食事会や5月の40周年感謝祭での再会を見ると、メンバー間の交流が途絶えたわけではありません。
現在の状況を整理すると、次のようになります。
- 上島さんを中心とした従来の竜兵会は、本人の逝去によってその形を変えた。
- メンバーはそれぞれ芸能活動を続けている。
- 節目や機会にメンバーが集まり、上島さんの思い出を共有している。
- 竜兵会という名前と仲間のつながりは、現在も受け継がれている。
つまり、竜兵会は解散して消滅したというより、中心人物を失った後も仲間同士の交流として続いていると捉えるのが実態に近いでしょう。
【プロの結論】竜兵会が芸能界に残したものとは?
竜兵会の価値は、人気芸人が集まって飲んでいたという話だけでは説明できません。
注目すべきなのは、上島竜兵さんが後輩との関係において、上下関係よりも人間同士の親しさを大切にしていたことです。
先輩が後輩に隙を見せるという独特の関係
一般的な芸能界の師弟関係では、先輩が後輩に指導し、後輩が先輩を敬うという構図が中心になります。
しかし、竜兵会では後輩が上島さんを遠慮なくいじり、上島さんが怒ったふりをして笑いに変えるという関係が成立していました。
この関係性は、2006年の『アメトーーク!』でも取り上げられています。
上島さんは会長と呼ばれながら、後輩たちからは頻繁にツッコミを受ける存在でした。
それでも、後輩を集め続け、彼らの活躍を喜んでいたのです。
売れない時代を共有したことが絆を強くした
有吉さん、土田さん、劇団ひとりさんは、それぞれ異なる道を歩んで現在の地位を築きました。
彼らが若手だった頃、上島さんと飲み会を重ねた経験は、単なる昔話ではありません。
仕事がないときにも誘ってくれる人がいる。自分の失敗を笑ってくれる仲間がいる。売れていない時期から変わらず接してくれる先輩がいる。
こうした経験が、長期的な信頼につながっていたと考えられます。
竜兵会について情報を見極める3つのポイント
竜兵会に関するネット情報を読むときには、次の3点を意識すると実態を理解しやすくなります。
1. メンバー一覧は固定ではない。 テレビ番組の出演者、頻繁に飲みに来た人物、交流のあった芸人を同じ意味で扱わないこと。
2. 2016年の解散騒動は完全消滅を意味しない。 野武士の閉店とテレビ番組内の解散宣言、その後の上島さんの発言を区別すること。
3. 2026年の再会は公式な組織再結成とは異なる。 食事会や40周年イベントでの交流と、定期的な団体活動を混同しないこと。
竜兵会は、芸能界における先輩・後輩の関係を考えるうえでも興味深い存在です。
上島さんが後輩に残したものは、芸の技術や仕事の紹介だけではありません。何年経っても集まり、昔話をして笑える仲間との関係そのものだったのではないでしょうか。
【竜兵会】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:竜兵会のメンバーは誰ですか?
有吉弘行さん、土田晃之さん、劇団ひとりさん、肥後克広さん、カンニング竹山さん、デンジャラス、インスタントジョンソン、ヤマザキモータースさんらが主なメンバーとして知られています。中心人物は上島竜兵さんでした。
Q2:竜兵会の結成理由は何ですか?
草野球を通じた芸人仲間の交流や、番組収録後の飲み会がきっかけです。上島さんが、まだ売れていなかった後輩たちを誘い、交流の場を作ったことが大きな理由でした。
Q3:竜兵会は2026年現在も活動していますか?
上島さんが中心だった頃と同じ定期的な活動ではありませんが、2026年1月には肥後さん、土田さん、劇団ひとりさん、安田和博さんらの食事会が報じられました。5月のダチョウ倶楽部40周年感謝祭にも関係者が集まり、交流は続いています。
まとめ:竜兵会は上島竜兵が残した芸人仲間の絆
竜兵会は、上島竜兵さんを中心に、有吉弘行さん、土田晃之さん、劇団ひとりさんらが集まった芸人仲間のコミュニティです。
草野球や番組収録後の飲み会から始まり、東京・東高円寺の居酒屋「野武士」を拠点に、長年にわたって交流が続きました。
2016年には拠点の閉店をきっかけに解散騒動が起こりましたが、上島さんは仲間との関係を守ろうとしました。
2022年5月11日に上島さんが61歳で亡くなった後も、メンバーはラジオやテレビで思い出を語り続けています。
さらに2026年には食事会やダチョウ倶楽部40周年感謝祭が実現しました。
竜兵会は、上島竜兵という一人の芸人が、後輩たちと築いた人間関係そのものです。
上島さんがいなくなった今も、仲間たちが集まって名前を出し、昔の失敗やくだらない話で笑い合う。その姿こそが、竜兵会という集まりが残した最大の財産なのかもしれません。 (出典: 竜 兵 会(Yahoo!ニュース))