島田珠代の旦那は誰?2度の結婚・離婚と元夫の死、2026年のパートナー事情を解説
吉本新喜劇の看板女優として知られる島田珠代さん。舞台では「パンティーテックス」などの強烈なギャグで観客を笑わせていますが、私生活では2度の結婚と離婚、2人目の夫との死別、幼い娘との長期間の別居など、波瀾万丈な経験を重ねてきました。
結論からいうと、島田珠代さんには過去に2人の夫がいました。1人目は吉本興業の社員、2人目はドラマの仕事で知り合ったテレビ制作スタッフです。2人目の夫は直腸がんで亡くなりました。その後、島田さんは医師の「ひろし」さんと交際し、2025年には娘を含めた3人で暮らしていることを明かしています。2026年11月現在の結婚状況や、パートナーとのその後も含めて整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 結婚歴:1998年に吉本興業社員と結婚し2005年に離婚。2007年にテレビ制作スタッフと再婚し、2013年に離婚。
- 2人目の夫:直腸がんのステージ4と診断され、余命5年の宣告を受けた後、約11年の闘病を経て亡くなった。
- 娘の親権:離婚時は父親が親権を持ち、娘が12歳になったころから島田さんとの生活が再開した。
- 現在のパートナー:医師のひろしさんと長年交際。2025年には同居生活を明かしたが、2026年の入籍や現在の同居状況は確認されていない。
【結論】島田珠代の旦那は誰?結婚歴は2回で現在は再婚している?
島田珠代さんは、これまでに2回結婚し、2回離婚しています。
最初の夫は吉本興業の社員でした。1998年4月に結婚し、2005年8月に離婚しています。
2人目の夫は、名古屋でドラマの仕事をしていた際に知り合ったテレビ制作スタッフです。2007年8月31日に再婚し、2008年には長女が誕生しました。しかし、夫の直腸がん発覚や夫婦関係の悪化などを経て、2013年3月に離婚しています。
現在のパートナーとして知られているのは、医師のひろしさんです。2025年9月に放送されたABEMAの番組では、交際8年のパートナーとして紹介され、島田さん、娘、ひろしさんの3人で同じ家に暮らしていることも明かされました。
ただし、ひろしさんとは法律上の結婚をしていません。番組では事実婚状態と紹介されており、島田さん自身も娘が大学に入ったら結婚を考えたいという趣旨の話をしています。
したがって、2026年11月時点で確認できる情報を整理すると、過去の夫は2人、現在の夫として公表された人物はいない一方、長年交際しているパートナーがいる、という関係になります。

【1人目の夫】吉本興業社員との結婚と2005年の離婚理由
島田珠代さんが最初に結婚したのは1998年4月です。相手は、当時所属していた吉本興業の社員でした。
島田さんは1970年5月10日生まれ。結婚した当時は27歳でした。芸人として活動するなかで知り合った男性と真剣に交際し、結婚に至っています。
2025年3月のwithnewsのインタビューでは、島田さん自身が最初の夫について振り返っています。
当時の夫婦生活には、仕事上のすれ違いがありました。島田さんは大阪を拠点に活動し、夫は東京を拠点にしていました。さらに夫が夜の時間帯の仕事を担当するようになり、一緒に過ごす時間が限られていったそうです。
最初の離婚理由は嫉妬と生活のすれ違い
島田さんは、もともと嫉妬しやすい性格だったことをインタビューで明かしています。
夫に自分を最優先にしてほしい、もっと一緒にいてほしいという気持ちが強く、仕事で一緒に過ごせない状況に不満を募らせていました。
夫のジャケットからキャバクラの名刺が出てきた際には、自分とは過ごす時間がないのに、ほかの女性とは楽しく過ごしているのかと感情的になったこともあったそうです。
ただし、浮気が離婚の原因だったと確定しているわけではありません。島田さんの説明では、物理的な距離や仕事のすれ違い、嫉妬による衝突が重なり、夫婦間の信頼関係が崩れていったことが大きかったようです。
最初の夫は、島田さんから責められても、自分が一緒に過ごす時間を作れないことを謝る優しい人物だったといいます。
最終的に2人は2005年8月に離婚しました。結婚生活は約7年4か月です。
島田さんは後年のインタビューで、この結婚を振り返り、恋人ができると相手だけを見てしまう自分の性格についても語っています。相手との関係だけに集中するのではなく、もう少し視野を広げて人付き合いをすることが必要だったと振り返りました。
【2人目の夫】ドラマの仕事で出会った男性と再婚、直腸がんで死別
最初の離婚から約2年後、島田珠代さんは2人目の夫と再婚します。
出会いのきっかけは、名古屋で撮影されたCBC制作のドラマ『湯けむりウォーズ』でした。島田さんが出演したドラマの現場で、小道具などを担当していた男性と知り合い、交際に発展しました。
ORICON NEWSなどの報道によると、2人は2007年8月31日に結婚しています。
2008年に長女が誕生、家族3人の生活が始まる
2008年6月25日、島田さんは第一子となる女の子を出産しました。所属事務所を通じて発表した当時のコメントでは、娘の誕生に大きな喜びを示していました。
しかし、家族の幸せが長く続くなかで、夫に深刻な病気が見つかります。
娘が生後8か月ほどだったころ、夫は直腸がんのステージ4と診断されました。余命は約5年と告げられたと、島田さんは2023年のテレビ朝日系『徹子の部屋』や、その後のインタビューで明かしています。
夫の闘病と夫婦関係の悪化
夫は名古屋での仕事を辞め、島田さんの実家がある大阪へ家族で移りました。島田さんは仕事を続けながら家族を支えようとしましたが、夫の抗がん剤治療が始まると、家庭内の状況も変化していきました。
治療の副作用や精神的な負担によって夫がイライラすることが増え、夫婦間の衝突も起きるようになったといいます。
島田さんは2025年のwithnewsのインタビューで、夫の治療の大変さを十分に理解できていなかったことや、スキンシップが減ったことに対して再び嫉妬心を抱いてしまったことを振り返っています。
夫は療養のため、地元である名古屋へ戻ることになりました。娘も父親と一緒に暮らすようになり、島田さんは大阪から名古屋へ通う生活を送ることになります。
2013年3月に離婚、夫はその後も闘病を続けた
夫婦間の溝は埋まらず、島田さんは離婚を決断します。
2013年4月23日のデイリースポーツの報道によると、所属事務所は同年3月上旬に離婚が成立したと発表しました。
当時の事務所発表では、仕事の忙しさによるすれ違いが続き、話し合いを重ねた結果、それぞれ別の道を歩むことになったと説明されています。
離婚後も夫は闘病を続けました。余命5年と宣告されていましたが、実際にはその後約11年生きたと島田さんは語っています。
夫は娘が小学6年生だった12月に亡くなりました。2023年の『徹子の部屋』出演時には、亡くなったのは3年ほど前と説明されており、2020年ごろの出来事にあたります。
離婚した相手であっても、娘の父親であることに変わりはありません。島田さんは後年、仕事を続けられた背景には、元夫が娘を育ててくれたこともあったと感謝を語っています。

【結婚歴・関係者一覧】2人の元夫と現在のパートナーを比較
島田珠代さんの結婚歴を整理すると、2人の元夫と現在のパートナーには、それぞれ異なる関係性があります。
| 人物・関係 | 時期 | 主な経緯・現在 |
|---|---|---|
| 1人目の夫 | 1998年~2005年 | 吉本興業の社員。仕事上のすれ違いや嫉妬などが重なり離婚。 |
| 2人目の夫 | 2007年~2013年 | ドラマの制作スタッフ。長女が誕生。直腸がんを患い、離婚後の2020年ごろに死去。 |
| 長女 | 2008年生まれ | 離婚時は父親が親権を持つ。12歳ごろから島田さんと再び同居。 |
| パートナー・ひろしさん | 2017年ごろから交際とみられる | 医師。2025年には交際8年、3人での同居が報じられた。法律婚は未確認。 |
この表から分かるように、2人目の夫の死と離婚は別の出来事です。夫婦は2013年に離婚しており、元夫が亡くなったのはその後です。
また、現在のパートナーであるひろしさんは、2人目の夫とは別の人物です。元夫の病気や死別のエピソードと、現在の恋愛関係を混同しないことが大切です。
なお、過去の夫2人の実名や詳しい個人プロフィールは、一般に公表された情報からは確認できません。
【娘の親権】なぜ島田珠代は娘と離れて暮らすことになった?
島田珠代さんの結婚歴を語るうえで欠かせないのが、長女の親権をめぐる決断です。
2013年の離婚発表では、当時4歳だった長女の親権は父親が持つことになったと報じられています。
ただし、島田さんの2025年のインタビューでは、娘が3歳のころから父親と名古屋で暮らすようになった経緯も詳しく説明されています。つまり、父親のもとで生活するようになった時期と、法律上の離婚成立時期には違いがあります。
娘の親権を父親に譲った理由
島田さんによると、夫は余命宣告を受けた後、娘と離れたくないという強い希望を示しました。
一方、島田さん自身も娘と離れたくない気持ちを抱えていました。しかし、深夜まで仕事が続き、週末には地方営業もある芸人という生活では、幼い娘を安定して育てることが難しいという現実がありました。
さらに、一般人である夫との親権争いがメディアに取り上げられることも避けたかったといいます。
最終的に島田さんは、弁護士を通じて2つの約束を取り決めました。
- 島田さんが娘に会いたいときには自由に会えること。
- 娘が中学生になったら、どちらの親と暮らすかを本人が選べること。
この取り決めは書面に残されました。親権を父親に譲ることは、娘との関係を断つことを意味していたわけではありません。
父親の死後、12歳の娘と再び暮らす
元夫が亡くなった後、島田さんは12歳になった娘と再び一緒に暮らすようになりました。
ところが、長年離れて生活していた母娘の関係は、すぐに元どおりにはなりませんでした。
娘は父親と生活するなかで、家事や学校生活などを自分で経験していました。そのため、久しぶりに一緒に暮らす母親に対して、複雑な感情を抱えていたそうです。
島田さんは2025年のインタビューで、娘から母親としての役割を十分に果たしていなかったという趣旨の言葉をぶつけられ、2か月間ほとんど会話ができなくなった時期があったと振り返っています。
その後、先輩芸人の浅香あき恵さんやパートナーのひろしさんから助言を受け、娘の気持ちを受け止めることを意識するようになりました。
2025年のARNEのインタビューでは、娘とは友達のように大笑いしながら暮らしていると語っています。長く離れていた時間を埋めるように、母娘の関係を築き直してきたことがうかがえます。

【現在の彼氏は医師】パートナーのひろしとはどんな人物?
島田珠代さんの現在の恋愛相手として知られているのが、医師のひろしさんです。
島田さんは2022年11月、日本テレビ系『上田と女が吠える夜』で、医師の彼氏と交際していることを公表しました。当時、交際期間は約6年と説明されています。
その後、2025年9月のABEMA『ダマってられない女たち season2』でも、ひろしさんとの交際について紹介されました。
ひろしとの出会いはバー、交際期間は8年
ABEMA TIMESの2025年9月26日の報道によると、2人はバーで知り合い、交際が始まりました。
当時のひろしさんは58歳。島田さんより3歳年上です。穏やかな性格で、娘との関係も良好だと紹介されています。
島田さんはひろしさんについて、娘もすぐに気に入ったと話しており、家族に近い存在になっていることが分かります。
同番組では、島田さん、娘、ひろしさんの3人が同じ家で暮らしていることも明らかになりました。
また、2人は籍を入れておらず、番組では事実婚状態と紹介されています。島田さんは娘が大学に入ったら結婚を考えたいという趣旨の話をしていました。
医師の彼氏との独特な恋愛関係
島田さんは以前から、ひろしさんとの少し変わった恋愛関係についてテレビで話しています。
2022年の番組出演では、ひろしさんが潔癖な性格で、キスなどのスキンシップに積極的ではないことを明かしました。交際期間が長くても、一般的なカップルとは少し違う距離感を楽しんでいる様子が話題になりました。
一方、島田さんは2025年のインタビューでも、ひろしさんに対する嫉妬心を隠していません。
帰宅が遅いと心配になったり、仕事でほかの人と接していることを想像して不安になったりするそうです。島田さんは、自分の嫉妬深さを笑いも交えて語っています。
2025年11月のインタビューで明かした千葉への転居
2025年11月11日公開のARNEのインタビューでは、ひろしさんとの生活について、さらに具体的な話が出ています。
島田さんによると、ひろしさんは当時、交際8年になるパートナーで、大阪では勤務医として働いていました。娘を含めた3人でほとんど一緒に暮らしていたそうです。
しかし、ひろしさんは親の介護のため、2026年春に地元の千葉へ戻る予定になったと明かしました。介護がひと段落すれば大阪に帰ってくるという話もある一方、島田さんは離れて暮らすことへの寂しさを率直に語っています。
このインタビューは、2025年秋時点の2人の関係を知る重要な本人発言です。
2026年11月現在、千葉への転居後に2人が再び同居したのか、交際が継続しているのか、入籍したのかについて、本人による新たな確定情報は確認できていません。
そのため、ひろしさんは2025年時点で公表されていた長年のパートナーと表現するのが正確です。
【2026年現在】島田珠代の仕事と『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』
島田珠代さんは1970年5月10日生まれ、大阪市出身。1988年に吉本興業に入り、吉本新喜劇を代表する女優として活動を続けています。
高校時代にMBSテレビのバラエティー番組『4時ですよーだ』の素人参加コーナーで優勝したことが、芸能界入りのきっかけでした。
その後、独特の動きや「パンティーテックス」「チーン!」などのギャグで人気を獲得。舞台だけでなく、テレビ番組やドラマなどでも活躍してきました。
2026年も吉本新喜劇の活動を継続しており、同年9月には東京グランド花月の公演と取材会に登場しています。私生活でさまざまな経験を重ねながらも、芸人として第一線で活動していることが分かります。
初エッセーで明かした結婚・離婚・娘との葛藤
2024年10月4日、島田さんは初めてのエッセー『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』(KADOKAWA)を発売しました。
この本では、幼少期から芸人としての歩み、恋愛、2度の結婚と離婚、元夫の闘病と死、娘との関係など、自身の人生を幅広く振り返っています。
2025年のwithnewsのインタビューでは、最初は芸人の私生活を表に出すことに抵抗があったものの、自分にも舞台とは異なる一人の人間としての生活があることを知ってもらいたいと考え、エッセーを書いたと語っています。
この作品を読むうえで注目したいのは、単に過去の恋愛を告白する内容ではないという点です。
島田さんは、仕事では観客を笑わせながら、私生活では病気や離婚、子育てに悩んできました。悲しい出来事を経験したからこそ、仕事とプライベートを切り分け、それぞれに向き合う姿勢を大切にしていることが伝わってきます。
タイトルにある「悲しみは笑い飛ばせ」という言葉も、悲しみをなかったことにするという意味ではありません。つらい経験を抱えながらも、自分の人生を前向きに進めていくという島田さんの生き方を表しています。
島田珠代の旦那・結婚歴に関するよくある質問(FAQ)
Q1:島田珠代の元旦那は誰ですか?
A1:1人目は吉本興業の社員、2人目はCBCテレビ制作のドラマの仕事で知り合ったテレビ制作スタッフです。2人とも一般に実名は公表されていません。
Q2:島田珠代の離婚理由は嫉妬だったのですか?
A2:島田さん自身は2025年のインタビューで、2度の離婚の背景に自分の嫉妬深さがあったと振り返っています。ただし、最初の結婚では大阪と東京の仕事上のすれ違い、2度目では夫のがん治療による精神的負担や夫婦間の衝突も重なっていました。
Q3:2人目の元夫は直腸がんで亡くなったのですか?
A3:はい。娘が生後8か月ほどのときに直腸がんのステージ4と診断され、余命5年を宣告されました。その後約11年生き、2020年ごろ、娘が小学6年生だった12月に亡くなったと島田さんが明かしています。
Q4:島田珠代の娘の親権は誰が持っていたのですか?
A4:2013年の離婚時には父親が親権を持ちました。娘が12歳になったころ、父親との死別を経て島田さんとの同居が再開しています。
Q5:現在の彼氏ひろしはどんな人ですか?
A5:島田さんより3歳年上の医師です。2025年のインタビューでは交際8年のパートナーとして紹介され、娘を含めた3人で暮らしていました。2025年11月には親の介護のため2026年春に千葉へ戻る予定も明かされています。
Q6:島田珠代はひろしと再婚したのですか?
A6:2026年11月現在、ひろしさんとの法律上の再婚を確認できる公表情報はありません。2025年9月の番組では、娘が大学に入ったら結婚を考えたいという趣旨の話をしていました。
まとめ:島田珠代の旦那は2人、現在はパートナーとの関係に注目
島田珠代さんの結婚歴は、1998年の最初の結婚、2005年の離婚、2007年の再婚、2013年の2度目の離婚という流れです。
最初の夫は吉本興業の社員で、仕事上のすれ違いや嫉妬が離婚につながりました。2人目の夫はドラマの制作現場で出会った男性で、娘が誕生した後に直腸がんを患い、離婚後に亡くなっています。
娘の親権を父親に譲ったことや、長期間離れて暮らした経験も、島田さんの人生に大きな影響を与えました。その後、娘との関係を築き直し、医師のひろしさんというパートナーにも支えられてきました。
【プロの結論】
「島田珠代の旦那」という検索で混同しやすいのは、過去の夫と現在のパートナーの違いです。正確に理解するためには、次の3点を押さえておく必要があります。
- 過去に結婚した男性は2人で、現在の法律上の夫ではない。
- 2人目の夫は離婚後に亡くなっており、離婚と死別は別の出来事である。
- 医師のひろしさんは長年のパートナーだが、2026年の入籍や現在の同居状況は確定していない。
島田珠代さんの人生は、結婚や離婚の回数だけでは語れません。夫との別れ、娘との再出発、そして新しいパートナーとの関係を通じて、自分自身の生き方を見つめ直してきました。
2026年も吉本新喜劇の舞台に立ち続ける島田さん。これからの活動とともに、本人の言葉で語られる家族やパートナーとの新たな歩みにも注目したいところです。
(出典: 島田 珠代 旦那(Yahoo!ニュース))