【なぜ岩手県へ移住した?】木村卓寛の移住理由とヒロミの助言
木村さんが岩手県へ移住した最大のきっかけは、2021年に岩手朝日テレビから『Go!Go!いわて』のMCの仕事を依頼されたことです。

当初、木村さんは東京に生活拠点を残し、番組出演のために岩手へ通うつもりでした。しかし、当時仕事で関わっていたタレントのヒロミさんに相談したところ、番組を任せた岩手側の覚悟に応える必要があると助言されたといいます。
移住を決断させたヒロミの言葉
木村さんは当時、芸人としての仕事だけでは生活が難しく、ヒロミさんの運転手を務めていました。そうした状況から、新しい仕事を得たことは大きな転機でした。
ヒロミさんから伝えられたのは、週末だけ岩手に通う形で、地域の人たちに本当に受け入れてもらえるのかという問いかけでした。番組の生放送MCという大役を引き受ける以上、現地で暮らし、地域の人と同じ目線で生活することが必要だと考えるようになったのです。
2026年4月の東洋経済オンラインのインタビューでも、ヒロミさんの言葉が移住を決意する後押しになったと振り返っています。
最初は単身移住、その後は家族も岩手へ
2021年3月、木村さんは盛岡市で単身生活を始めました。当初から家族全員で移住したわけではありません。妻と子どもたちは東京に残り、まずは本人が新しい仕事と生活の基盤を築く計画でした。
しかし、2021年7月には家族も岩手へ移住することが決まりました。日刊スポーツの報道では、当時、娘たちが友人との別れを経験しながらも、新しい暮らしに期待を持つようになったことが紹介されています。
2026年5月27日に岩手県が開催した「知事といわて暮らしアンバサダーとの意見交換会」でも、木村さん本人が家族での移住について説明しています。
「一緒に暮らしてこそ家族じゃない」
妻からこう伝えられ、家族全員で岩手に移ることになったと話しています。また、子どもたちは転校初日に友達ができ、移住前に抱いていた心配が少しずつ解消されたとも振り返りました。
この経緯から分かるのは、岩手移住が単なる地方番組への出演や一時的な転勤ではなかったということです。仕事をきっかけに生活そのものを変え、家族とともに地域に根を下ろす選択をした点に、現在の活動の土台があります。
【2026年最新】天津木村は現在、岩手県で何をしている?
2026年11月現在、木村さんは岩手県を中心にテレビ、地域イベント、農産物のPRなど幅広い仕事をしています。特に中心となるのが、岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』です。
1.岩手朝日テレビ『Go!Go!いわて』のMC
『Go!Go!いわて』は、2021年4月3日にスタートした岩手県の朝の情報番組です。木村さんは番組開始当初からMCを務めています。
岩手朝日テレビの公式番組情報によると、2026年11月時点でも出演者欄に天津木村の名前が掲載されています。毎週土曜日の朝に放送され、次回放送日は2026年11月7日と案内されています。
番組では、岩手県内の観光地、飲食店、地域の人々、農業や文化などを幅広く取り上げています。木村さんが県内各地を訪ねる「天津木村のどっかええトコありますか?」も代表的なコーナーです。
単にスタジオで情報を紹介するだけではなく、実際に現地へ出向き、地域の魅力を自分の言葉で伝えるスタイルが特徴です。
2.「いわて暮らしアンバサダー」として岩手をPR
木村さんは2021年8月、岩手県が設置した「いわて暮らしアンバサダー」に就任しました。
この制度は、岩手県内に暮らす著名人の視点から、県内の生活環境や魅力を発信し、将来的な移住・定住につなげることを目的としています。
岩手県の公式ページでも、2025年4月更新の就任者一覧に天津木村・木村卓寛さんが掲載されています。さらに2026年5月27日には、達増拓也知事とアンバサダーによる意見交換会に参加しました。
つまり、単なる芸能人の観光PRではなく、岩手県の移住定住政策にも関わる立場で活動しているのです。
3.JA全農いわての農産物PR活動
木村さんの仕事はテレビ出演だけではありません。2021年にはJA全農いわてから「いわて牛応援団長」に任命され、岩手県産ブランド牛のPRにも携わりました。
さらに2023年1月には「いわて純情米応援団長」に任命されています。「銀河のしずく」や「金色の風」といった岩手県産米を全国に紹介する活動にも参加しました。
2026年10月19日には、岩手県立大学で行われた国消国産のPRイベントに参加。県産ひとめぼれの新米を使ったおにぎりなど、300セットが学生に配布されたイベントで、農産物の魅力を伝える役割を担いました。IATの報道でも「純情産地いわて応援団長」として紹介されています。
4.2026年も地域イベントやスポーツ関連の仕事に出演
2026年9月2日には、盛岡市のきたぎんボールパークで開催された東北楽天ゴールデンイーグルス対オリックス・バファローズ戦のセレモニアルピッチに登場しました。
木村さんはマウンド上で楽天の勝利を願う一句を披露してから投球。パ・リーグ関連の報道では、岩手県盛岡市に移住し、地域の魅力を発信するタレントとして紹介されています。
さらに、2026年5月には岩手朝日テレビの特別番組『天津木村のGo!Go!Go!Golf』も放送されました。趣味のゴルフを生かした企画にも出演しており、地域情報番組以外にも仕事の幅を広げています。
こうした実績を見ると、2026年の木村さんは「エロ詩吟で知られる芸人」という過去の肩書きだけでは捉えきれません。岩手に住むタレントとして、テレビ、農業、観光、スポーツ、行政関連の活動を横断しています。
【天津飯大郎との関係】相方とコンビ活動は現在どうなっている?
木村さんの相方は、現在「天津飯大郎(てんしんはんたろう)」名義で活動している芸人です。2024年のラジオ関西の記事では、向清太朗さんとして紹介されていました。吉本興業の現在の天津のプロフィールでは、天津飯大郎さんの名前が掲載されています。
天津は1999年2月結成の漫才コンビです。木村さんが岩手へ移住したことで、コンビが解散したのではないかと考える人もいるかもしれませんが、実際にはコンビ活動を続けています。
2人はそれぞれの得意分野で活動
木村さんが岩手で地域密着型のテレビMCやタレント業を展開している一方、相方の天津飯大郎さんはアニメ関連の仕事などを中心に活動しています。
2024年2月のラジオ関西の取材では、2人が月1回のリモート配信「天津定例報告会」を実施していることや、毎年単独ライブを開催していることが紹介されました。
活動拠点や仕事の方向性が異なっても、コンビとしてのつながりは維持されているわけです。これは、現代のお笑いコンビにおける活動形態の多様化を示す例でもあります。
岩手移住はコンビ解散を意味しない
重要なのは、木村さんの地方移住と天津のコンビ活動を別々に考えることです。毎日の仕事を個人で進めながら、必要に応じて2人でライブや配信を行う形は十分に成立します。
全国各地に活動拠点を分散させる芸人が増えるなか、木村さんのケースは、地方に住みながら芸能活動を続ける働き方の一例といえます。
【プロの結論】天津木村の現在の評判と活躍をどう見るべきか
木村卓寛さんの現在を評価する際、注目したいのはテレビ出演本数や全国的な知名度だけではありません。2021年の移住から5年以上が経過した2026年にも、岩手朝日テレビのレギュラー番組、県のアンバサダー活動、地域イベントへの出演が続いていることです。
一発屋から地域密着型タレントへの転換
2026年4月の東洋経済オンラインのインタビューでは、木村さん自身が、エロ詩吟のブレイク後に仕事が減少した時期を振り返っています。2010年ごろには月収が3桁万円から1桁万円になったと語っており、人気芸人としての絶頂期と、その後の厳しい時期には大きな差がありました。
しかし、岩手移住後は、番組MCや地域のPR活動を通じて仕事の基盤を再構築しています。芸人としての一発芸だけに依存せず、現地の情報を調べ、地域の人と交流し、継続的に出演する仕事へと軸足を移した点が大きな変化です。
現在の評判を判断する3つのポイント
番組の継続性
『Go!Go!いわて』の公式出演者欄に継続して名前が掲載され、2026年11月の放送予定も公開されています。一時的なゲスト出演ではない点が評価材料です。
地域との関係性
岩手県のアンバサダーとして2026年の知事との意見交換会にも参加。地域の移住や暮らしについて、実際に移住した経験を伝える立場にあります。
芸人としての個性の継続
エロ詩吟で知られた「あると思います」というフレーズは、2026年9月の楽天のセレモニアルピッチでも使用されています。過去の持ちネタを捨てたのではなく、地域の応援にも生かしています。
これらの情報は、岩手朝日テレビ、岩手県、パ・リーグ関連の公式情報や報道から確認できます。
「全国区に戻ること」だけが成功ではない
木村さんの現在の活動で興味深いのは、東京のテレビ業界で再び全国的なスターになることだけを目標にしていない点です。
地方の情報番組では、地域の人に顔を覚えてもらい、観光や食文化、暮らしの情報を継続して届けることが求められます。短いネタで瞬間的な笑いを取る能力とは別に、相手の話を聞く力、地域の魅力を見つける力、長期間にわたって番組を進行する力が必要です。
木村さんは、詩吟という以前からの武器を残しながら、こうした新しい役割を獲得しました。エロ詩吟のブームが去った後も芸能界で活動を続け、地方に移住して自分の仕事を作り直したことに、キャリアの転換例としての価値があります。
2026年時点の活動実績を見る限り、木村さんの岩手での仕事は単なる移住後の再出発ではなく、地域に根差した継続的なキャリアとして定着しつつあります。
【木村卓寛の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:天津木村こと木村卓寛は2026年現在、どこに住んでいますか?
A1:2021年から岩手県盛岡市を生活拠点としています。当初は単身で移住しましたが、同年7月には妻や子どもたちも岩手へ移住しました。
Q2:木村卓寛は現在も『Go!Go!いわて』に出演していますか?
A2:はい。2026年11月時点でも岩手朝日テレビの公式番組ページにMCとして掲載されています。毎週土曜日の朝に放送される地域情報番組です。
Q3:「あると思います」は2009年の流行語大賞を受賞しましたか?
A3:年間大賞やトップテンの受賞ではありません。2009年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉です。
Q4:天津木村の相方は誰ですか?
A4:相方は天津飯大郎さんです。以前は向清太朗さんの名前で活動していました。1999年2月に結成した天津は、木村さんの岩手移住後もコンビ活動を継続しています。
Q5:木村卓寛はなぜ岩手県に移住したのですか?
A5:岩手朝日テレビ『Go!Go!いわて』のMC就任がきっかけです。ヒロミさんの助言を受け、現地に住んで地域の人々と同じ目線で活動することを決断しました。
Q6:木村卓寛は現在もエロ詩吟を披露していますか?
A6:岩手では地域の魅力を伝える内容の詩吟も披露しています。2026年9月の楽天のセレモニアルピッチでも「あると思います」を使っており、代表的なフレーズは現在も健在です。
まとめ:木村卓寛は岩手を拠点に新しい芸人人生を築いている
天津の木村卓寛さんは、2000年代後半にエロ詩吟で全国的な人気を獲得し、「あると思います」を流行語候補に押し上げた芸人です。その後、テレビ出演が減少する時期を経験しましたが、2021年の岩手移住を境に活動の方向性を大きく変えました。
2026年11月現在は、岩手朝日テレビ『Go!Go!いわて』のMCを継続し、「いわて暮らしアンバサダー」として地域の魅力を発信しています。農産物のPRやスポーツイベントなど、テレビ以外の仕事にも積極的です。
また、相方の天津飯大郎さんとのコンビ活動も続いており、地方に生活拠点を置いたからといって芸人としての活動を終えたわけではありません。
木村さんのキャリアから読み取れるのは、過去のブレイクに固執せず、環境や求められる役割に合わせて働き方を変えることの大切さです。かつて「あると思います!」で全国を沸かせた芸人は、現在、岩手の日常や魅力を伝える存在として新たなキャリアを歩んでいます。
今後も『Go!Go!いわて』を中心に、岩手県や東北地方でどのような活動を広げていくのか。天津木村の次の展開にも注目が集まります。 (出典: 木村 卓 寛(Yahoo!ニュース))