【猿岩石の現在】有吉弘行と森脇和成は今何をしている?
「白い雲のように」を歌った猿岩石は、2004年にコンビを解散した。
その後、2人の歩んだ道は大きく異なる。有吉弘行はテレビを代表する人気タレントへと成長し、森脇和成は芸能界を離れた時期を経て、再び表舞台に戻っている。
有吉弘行:猿岩石から国民的司会者へ
有吉弘行は、猿岩石解散後に芸能活動を続け、テレビ番組での毒舌や独特の観察眼を武器に再ブレークを果たした。
現在はバラエティー番組の司会やラジオパーソナリティーとして活動している。
「白い雲のように」と有吉の関係を語るうえで、特に重要なのがNHK紅白歌合戦への出演だ。
2022年の第73回紅白歌合戦では、純烈の応援ゲストとしてダチョウ倶楽部とともに登場し、同曲を歌唱した。
翌2023年には第74回紅白歌合戦の司会に抜てきされ、藤井フミヤとの共演で再び「白い雲のように」を披露。2024年、2025年も引き続き司会を務め、3年連続の大役を果たした。
森脇和成:芸能界引退を経て俳優として活動
一方、森脇和成は2004年のコンビ解散とともに芸能界を引退した。
その後は飲食店経営や会社員など、芸能界とは異なる仕事を経験。2015年には芸能活動への復帰を決意し、俳優として再スタートを切った。
2024年12月には、デビュー30年記念ライブを開催。「白い雲のように」を披露したことも報じられた。
さらに2026年2月、TOKYO FMの『TOKYO SPEAKEASY』に出演した際には、現在の仕事についても語っている。
俳優として芝居に取り組むほか、飲食関係の仕事や営業などにも携わっているという。
森脇は、自分の好きなことをしながら普通に生活できることへの満足感を語っていた。
2人の現在を比較すると見えてくるもの
| 関係者 | 猿岩石時代・その後 | 2026年時点の活動 |
|---|---|---|
| 有吉弘行 | 猿岩石のメンバー。解散後も芸能活動を継続 | テレビ・ラジオなどで活躍 |
| 森脇和成 | 猿岩石のメンバー。2004年に芸能界を引退 | 俳優、舞台、飲食関係など |
| 藤井フミヤ | 「白い雲のように」作詞 | 2023年に有吉と同曲をテレビ初共演歌唱 |
| 藤井尚之 | 同曲の作曲 | 2023年に有吉・フミヤとテレビ初共演歌唱 |
| 秋元康 | 楽曲制作を依頼したプロデューサー | 猿岩石の歌手デビューにつながる制作上の関係者 |
| 土屋敏男 | 『進め!電波少年』の演出・プロデューサー | 2026年にも森脇と番組企画を振り返る |
この関係を整理すると、楽曲の誕生にはテレビ制作側、音楽制作側、そして実際に旅をした猿岩石という複数の立場が関わっていたことがわかる。
なお、森脇は2024年12月の取材で、有吉とは連絡を取っていないと話していた。かつてのコンビという肩書きだけで、現在の2人の関係まで一括りにすることはできない。
【紅白歌合戦と2026年】「白い雲のように」が再び注目された理由
この曲の歴史を振り返るうえで、紅白歌合戦への出演は大きな転換点となっている。
2022年:有吉が紅白で初めて同曲を歌唱
2022年の第73回NHK紅白歌合戦では、有吉が純烈の応援ゲストとして出演。
ダチョウ倶楽部とともに「白い雲のように」を披露した。
猿岩石時代から長い年月が経過していたが、楽曲の知名度と有吉自身のキャリアが再び結びつく機会になった。
2023年:藤井フミヤとの共演が実現
2023年の第74回紅白歌合戦では、有吉が初めて司会を担当。
さらに、楽曲の作詞を手がけた藤井フミヤとステージで共演し、「白い雲のように」を披露した。
この共演には、制作当時からの時間の積み重ねという意味もあった。
フミヤはかつて、ヒッチハイクを続ける猿岩石の気持ちを想像して歌詞を書いた。その後、約27年の時を経て、当時の旅人の1人である有吉と一緒に歌うことになったのである。
有吉にとっても、楽曲の提供者と同じステージに立つ貴重な機会だった。
2026年:有吉の紅白司会は3年連続で一区切り
2026年10月9日、NHKは第77回紅白歌合戦の司会者を発表した。
新たな司会者は芦田愛菜、堺雅人、二宮和也、鈴木奈穂子アナウンサーの4人。有吉は2023年から2025年まで3年連続で担当した司会の座を引き継ぐことになった。
10月11日のラジオ番組では、有吉自身も紅白との4年間の関わりを振り返り、2022年の歌唱出演から始まった経験に区切りがついたことへの安堵を語っている。
ここで押さえておきたいのは、2026年に紅白の司会者が交代したことと、「白い雲のように」の評価は別の話だということだ。
有吉が司会を離れても、猿岩石の代表曲としての歴史が変わるわけではない。
2026年12月21日に発売30周年
「白い雲のように」は、2026年12月21日に発売30周年を迎える。
※2026年11月6日時点では、記念日を迎える直前にあたる。
日本コロムビアの公式ディスコグラフィには、オリジナルシングルの発売記録に加えて、2008年、2017年のベスト盤なども掲載されている。
2023年にはデジタル配信も開始された。
こうした再発売や配信は、過去のヒット曲を現在のリスナーが聴き直せる環境を作っている。CDを購入した世代だけでなく、配信サービスを中心に音楽を楽しむ世代にも接点が生まれている。
【よくある質問】猿岩石の「白い雲のように」に関するFAQ
Q1:猿岩石の「白い雲のように」の発売日はいつですか?
A1:1996年12月21日です。日本コロムビアから発売された猿岩石のデビューシングルで、品番はCODA-1149です。
Q2:「白い雲のように」の作詞・作曲は誰ですか?
A2:作詞は藤井フミヤ、作曲は藤井尚之です。編曲は松浦晃久が担当しています。藤井フミヤは猿岩石のヒッチハイク企画を見直し、旅を続ける2人の心情を想像して歌詞を書きました。
Q3:「白い雲のように」は何万枚売れましたか?
A3:オリコン集計で約113.1万枚です。週間ランキングの最高順位は3位で、ミリオンセラーを達成しました。
Q4:歌詞にはどのような意味がありますか?
A4:旅や人生における自由、未来への希望、失敗や悲しみを乗り越えることなどがテーマとして読み取れます。白い雲は、行き先を限定されずに進んでいく人間の姿を象徴する存在として解釈できます。
Q5:有吉弘行は紅白歌合戦で「白い雲のように」を歌いましたか?
A5:はい。2022年には純烈、ダチョウ倶楽部とともに歌唱し、2023年には藤井フミヤと共演しました。また、2023年から2025年まで3年連続で紅白の司会を務めました。
Q6:森脇和成は現在何をしていますか?
A6:2026年の報道によると、俳優として芝居に取り組むほか、飲食関係や営業の仕事にも携わっています。2004年の芸能界引退を経て、2015年に芸能活動へ復帰しました。
まとめ:「白い雲のように」が30年後も愛される本当の理由
猿岩石の「白い雲のように」がミリオンセラーになった理由は、テレビ番組の人気だけでは説明できない。『進め!電波少年』で視聴者が見守ったリアルな旅、藤井フミヤが想像した2人の心情、藤井尚之が作り上げたメロディー。その3つが重なったことで、企画から独立した音楽作品としての価値が生まれた。

さらに、歌詞が描くのは猿岩石だけの物語ではない。先の見えない未来へ進むこと、失敗を思い出に変えること、過去の経験を抱えながら歩き続けること。こうした普遍的なテーマが、時代を越えて聴き手の心に届いている。
【プロの結論】この曲の価値を判断する3つの視点
1. テレビの話題性と音楽作品の完成度を分けて考える。
猿岩石の知名度はヒッチハイク企画によって高まった。しかし、30年近く経っても再発売や再歌唱の機会が生まれるのは、楽曲自体に聴き続ける価値があるからだ。
2. 歌詞の意味を1996年の出来事だけに限定しない。
ヒッチハイクを知らなくても、青春時代の思い出や人生の転機を重ねて聴ける。そこに作品の普遍性がある。
3. 有吉と森脇の現在を、それぞれの人生として捉える。
同じコンビで同じ旅を経験した2人でも、その後の選択は異なった。有吉はテレビの第一線へ、森脇は異業種を経験して俳優の道へ進んだ。どちらか一方だけを成功の基準にする必要はない。
2026年12月21日、「白い雲のように」は発売30周年を迎える。1996年に香港からロンドンを目指した2人の旅は終わったが、その旅をきっかけに生まれた歌は今も残っている。
時代が変わっても、未来が見えないなかで一歩を踏み出す人の気持ちは変わらない。だからこそ、この曲は懐かしい1990年代のヒットソングであると同時に、これからの世代にも伝わる青春の歌として聴き継がれていく。
主な参考資料・報道記録
- 日本コロムビア「猿岩石」公式ディスコグラフィ
- ORICON NEWS「有吉弘行、猿岩石名曲『白い雲のように』を藤井フミヤ・尚之とTV初歌唱」(2023年7月6日)
- 放送ライブラリー「進め!電波少年 猿岩石・欧州農園で働く」
- スポニチアネックス「元『猿岩石』森脇和成」関連インタビュー(2024年・2026年)
- スポニチアネックス・日刊スポーツのNHK紅白歌合戦関連報道(2023〜2026年) (出典: 猿 岩石 白い 雲 の よう に(Yahoo!ニュース))