インリンのM字開脚は本人発案?誕生秘話と撮影裏話、2026年最新活動を徹底解説
「インリン m 字」と検索する人が最も知りたいのは、伝説となったM字開脚を誰が考案し、誰がその名前を付けたのかという疑問ではないだろうか。
結論からいえば、M字開脚のポーズを考えたのはインリン本人であり、「M字開脚」というキャッチコピーを広めたのは『週刊プレイボーイ』だった。2026年8月の双葉社のインタビューや、同年10月31日深夜放送のテレビ東京系『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』でも、本人が誕生の経緯を改めて語っている。
2000年代に「インリン・オブ・ジョイトイ」としてグラビア界を席巻した彼女は、2025年9月にデジタル写真集『BACK TO THE M』を発売。49歳で再びM字開脚を披露し、2026年には50歳を迎えてテレビや配信番組でも活動している。台湾での生活や3児の母としての現在も含め、伝説の誕生から最新の芸能活動までを整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
【検証資料 1】インリン m 字の当時の様子・関連報道写真(出典:スポーツ報知 / Yahoo!ニュース)
- M字開脚の発案者:撮影時に「カッコ良くしゃがんで」と言われ、本人が脚を開くポーズを考案した。
- 名前の由来:『週刊プレイボーイ』が「M字開脚」というキャッチコピーを付け、本人も雑誌を見て初めて知った。
- 2025年の復帰:9月29日に小学館からデジタル写真集『BACK TO THE M』を発売した。
- 2026年の現在:台湾を生活拠点としながら、テレビ・ABEMA・雑誌・イベントなどで活動している。
【誕生秘話】インリンのM字開脚は本人発案だった!週刊プレイボーイが名付けた経緯
インリンのM字開脚は、撮影スタッフから完成形を指定されたポーズではなかった。
2026年8月15日公開の双葉社「THE CHANGE」のインタビューでは、誕生当時のグラビア界の雰囲気についても説明している。
当時は内股のポーズが多く、上品さや癒やし系のイメージが人気だった。そんななか、インリンは周囲と同じ表現ではなく、自分にしかできないポーズを考えようとしていたという。
「誰も真似できないことをやろうとは思いました」
この発想が、後に芸能史に残るポーズにつながった。
撮影現場で生まれた意外なアイデア
2026年10月31日深夜放送の『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』では、より具体的な誕生エピソードが紹介された。
当時、撮影現場で求められたのは「カッコ良くしゃがんで」という指示だった。
しかし、インリンは普通にしゃがむだけでは格好良く見せるのが難しいと感じた。
そこで、脚を閉じるよりも開いた方が格好良く、強そうに見えるのではないかと考え、自分なりのポーズを作った。
つまり、撮影現場での具体的な指示はしゃがむこと。その表現方法として脚を開くアイデアを出したのが本人だった。
「M字開脚」と名付けたのは週刊プレイボーイ
さらに興味深いのは、ポーズの名前も本人が考えたわけではないという点だ。
撮影後、その写真を掲載した『週刊プレイボーイ』が、大きく「インリン、M字開脚!」というキャッチコピーを掲げた。
インリンは2026年8月のインタビューで、コンビニの雑誌コーナーでその誌面を見て、最初は何のことかわからなかったと振り返っている。
よく見ると、両脚の形がアルファベットのMに見える。そのことから、M字開脚という表現が生まれた。
本人が後から名前の意味を理解したというのは、意外な誕生秘話だ。
「エロテロリスト」も雑誌のキャッチコピーだった
もう一つ、誤解されやすいのが「エロテロリスト」という呼び名である。
インリンは2026年の双葉社のインタビューで、この言葉も自分で考えたものではなく、雑誌のキャッチコピーだったと説明している。
M字開脚が注目されるようになり、その後「エロテロリスト」というイメージも広がった。
この呼び名が定着すると、写真集の増刷がかかり、『踊る!さんま御殿!!』などのテレビ番組への出演機会も増えたという。
M字開脚というポーズだけでなく、雑誌の編集者が付けた言葉までが、彼女の芸能人生を変えるブランドになったのである。
【芸能活動の経緯】インリン・オブ・ジョイトイはどう誕生した?
インリンは1976年2月15日、台湾・台北市生まれ。10歳のときに家族とともに日本へ移住した。
中国語、台湾語、日本語を話すトライリンガルであり、日本と台湾の両方に関わりながら芸能活動を続けてきた人物だ。
短大時代の読者モデルから芸能界へ
芸能界入りのきっかけは、短大在学中に始めたファッション誌の読者モデルだった。
本人は2022年の文春オンラインのインタビューで、もともとモデルの仕事に憧れがあり、自分で応募して読者モデルを経験したと話している。
その仕事を通じて、後にJOYTOYのユニットを組むことになるカメラマンと知り合った。
当時、そのカメラマンは中華系の女性モデルを探しており、台湾出身という経歴が注目されたことから、インリンとして活動する話が進んだ。
1995年にはグラビアアイドルとしてデビュー。マルチメディアユニット「JOYTOY」にメインモデル兼ボーカリストとして参加し、インリン・オブ・ジョイトイの名前で活動を始めた。
グラビア全盛期は癒やし系とは異なる独自路線
2000年代初頭、インリンは独特の世界観で注目を集める。
当時のグラビア界では、明るい笑顔や爽やかな水着姿、癒やし系のイメージが人気だった。
一方、インリンの写真には黒い衣装やボンデージ風のファッション、挑発的な表情が多く使われていた。
本人は2026年の文春オンラインのインタビューで、当初は男性向けの写真を狙っていたのではなく、女性の自立や強さを表現したかったと説明している。
撮影場所も南国の海ではなく、廃墟や薄暗い場所が中心だった。
このように、単純なセクシー路線とは異なるビジュアル戦略が、ほかのグラビアタレントとの差別化につながった。
テレビやプロレスにも活動を拡大
グラビアでの人気が高まると、バラエティー番組への出演も増えていった。
また、2004年からはプロレス「ハッスル」にも参戦。リング上では「インリン様」として活動し、グラビアとは異なるキャラクターを確立した。
テレビ、写真集、プロレスと、複数のジャンルで活躍したことも、当時の知名度を押し上げた要因だった。
【年表・関係性一覧】インリンのM字開脚から2026年までの活動
インリンの経歴を整理すると、グラビアでのブレイク、台湾への生活拠点の移動、ソロ活動への転換、そして写真集による再挑戦という流れが見えてくる。
| 時期 | 出来事・関連人物・作品 | 関係性・意味 |
|---|---|---|
| 1976年 | 台湾・台北市で誕生 | 2月15日生まれ |
| 1995年 | JOYTOYに参加 | メインモデル兼ボーカリストとして活動 |
| 2000年代初頭 | M字開脚、エロテロリスト | グラビア界で独自の存在感を確立 |
| 2004年 | プロレス「ハッスル」 | インリン様としても活動 |
| 2008年 | 日本人一般男性と結婚 | 台湾へ生活拠点を移す |
| 2014年 | 美容・中華料理の資格を取得 | 台湾で新たな分野にも挑戦 |
| 2016年3月 | JOYTOYを脱退 | 芸名を「インリン」としてソロ活動開始 |
| 2023年 | 14年ぶりのグラビア写真集 | グラビア活動への再挑戦 |
| 2025年9月29日 | 『BACK TO THE M』発売 | 49歳でM字開脚を再披露 |
| 2026年10月31日 | 『二軒目どうする?』出演 | M字開脚の誕生秘話を再び紹介 |
| 2026年12月22日 | 国境またぎの都市伝説2026 | インリン出演予定のイベント |
公式プロフィールや双葉社のインタビュー、写真集の発売情報を照合すると、インリンの活動は単純なグラビア引退・復帰という流れではないことがわかる。
特に重要なのは、2016年のJOYTOY脱退と、2023年以降のグラビア再挑戦だ。活動名や生活環境を変えながらも、芸能活動そのものを完全に終えたわけではなかった。
【撮影裏話】M字開脚の裏側は華やかさだけではなかった
インリンのグラビア全盛期を語るうえで欠かせないのが、撮影現場での苦労である。
完成した写真では堂々とした姿が印象的だが、実際の撮影は身体的にも精神的にも簡単なものではなかった。
M字開脚は身体的に負担の大きいポーズ
2022年2月の文春オンラインのインタビューで、インリンはM字開脚の撮影がかなり大変だったと明かしている。
当時は撮影前に十分なストレッチをしていたわけではなく、股関節を大きく開く姿勢を何度も求められた。
さらに、ピンヒールを履いた状態でバランスを取る必要があり、脚や身体が震えることもあったという。
太ももの筋肉を使うため、翌日に筋肉痛になることもあった。
M字開脚が彼女の代名詞になったことで、さまざまな撮影現場から同じポーズを求められたことも負担につながった。
衣装や撮影場所にも独自のこだわり
2026年2月の文春オンラインのインタビューでは、当時の衣装についても語っている。
前後どちらが正しいのかわからないようなデザインの衣装を渡され、着方に戸惑ったこともあったという。
それでも、スタッフがインリンのために特別な衣装を用意してくれることに応えようと、海外のグラビアや映像を借りて研究していた。
また、撮影場所も独特だった。
ほかのタレントが南国の海や明るいリゾートで撮影する一方、インリンは廃墟や薄暗い場所を選ぶことが多かった。
写真の表情も笑顔より、見る人に挑むような視線を重視していた。
過激なグラビアにも本人なりのNG基準があった
インリンの写真は大胆な衣装で知られるが、本人には明確な基準があった。
2022年のインタビューでは、下品に見えると感じた衣装やアングルは避けていたと説明している。
また、バストトップやヘアの露出はNGとしていた。
同じM字開脚でも、撮影する角度によって格好良く見える場合と、そうでない場合があるという考え方だった。
これは、単にスタッフの指示に従っていたのではなく、完成する写真の表現に本人が主体的に関わっていたことを示している。
当時の評判は称賛だけではなかった
インリンのM字開脚は大きな話題になった一方、世間の反応は一様ではなかった。
2026年2月の文春オンラインのインタビューでは、当時のネット掲示板で多くのスレッドが立ち、批判的な書き込みや国籍に関する差別的な言葉もあったと振り返っている。
彼女が表現しようとしていた女性の自立や強さが、従来の癒やし系グラビアを好む層には受け入れられにくい面もあった。
つまり、M字開脚の話題性は、単に露出度が高かったから生まれたものではない。
既存のグラビアのイメージを覆す表現だったからこそ、強い支持と反発の両方を集めたのである。
【2025〜2026年最新】BACK TO THE Mでグラビア復帰!現在は台湾在住の3児の母
2025年9月29日、インリンは小学館からデジタル写真集『インリン BACK TO THE M』を発売した。
49歳でのグラビア再登場ということで、往年のファンを中心に注目を集めた。
写真集『BACK TO THE M』の内容
作品の基本情報は以下のとおり。
- 作品名:インリン BACK TO THE M
- 発売日:2025年9月29日
- 出版社:小学館
- レーベル:週刊ポストデジタル写真集
- 撮影:野村誠一
- ページ数:81ページ
作品では、大人の衣装を身にまとい、往年のM字開脚も披露している。
タイトルにある「BACK TO THE M」は、彼女の代表的なポーズとグラビア時代を想起させるものだ。
なお、2023年には14年ぶりのグラビア写真集を出版している。そのため、2025年の『BACK TO THE M』は、2000年代から一度も活動していなかった彼女が初めて復帰した作品というわけではない。
2023年以降の再挑戦を経て、2025年に49歳の姿で再びM字開脚を披露した作品として捉えるのが正確だ。
2026年のテレビ・配信・雑誌出演
2026年には日本のメディアへの出演も続いている。
インリン公式サイトに掲載された活動情報を整理すると、次のようになる。
- 9月4日〜6日:ABEMA『LDH PERFECT SHINE旅行』
- 9月8日・29日:ABEMA『愛のハイエナ』
- 10月1日:YouTube『島田秀平のお怪談巡り』
- 10月11日:日本テレビ『限界インストール24』
- 10月30日:白夜書房『BUBKA』インタビュー掲載
- 10月31日深夜:テレビ東京『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』
特に『二軒目どうする?』への出演では、松岡昌宏と博多大吉を相手に、M字開脚が生まれた当時の話を披露した。
博多大吉は、初めてインリンのグラビアを見た際の衝撃を振り返り、一般的な雑誌で大胆なポーズを見せる姿に驚いたと語っている。
松岡昌宏も、M字開脚が彼女の専売特許のようになったと表現した。
また、インリン自身もM字開脚が浸透した後、スタッフからそれを超える新しいポーズを求められたことを告白。逆立ちをするとW字になるというアイデアまで出たという。
2026年9月11日には、公式サイトで12月22日開催予定の「インリン・リリカの国境またぎの都市伝説2026」も発表されている。
50歳を迎えた2026年も、テレビ、配信、雑誌、イベントと活動の幅を広げていることがわかる。
台湾での現在と3児の母としての生活
インリンは2008年に日本人一般男性と結婚し、その後、故郷の台湾へ生活拠点を移した。
公式プロフィールによると、現在は3人の子どもの母親でもある。
2014年には台湾で美容と中華料理の調理師免許資格を取得。芸能活動だけにとどまらず、新しい分野にも挑戦してきた。
2016年3月にはJOYTOYを脱退し、インリンとしてソロ活動を開始している。
2026年の文春オンラインのインタビューでも、台湾で家事や育児をしながら生活していることが紹介された。
現在の彼女は、かつてのグラビアタレントという肩書きだけでは説明できない存在になっている。
台湾での家庭生活を大切にしつつ、日本での芸能活動にも継続的に取り組んでいる。
【プロの結論】インリンのM字開脚が今も語り継がれる本当の理由
インリンのM字開脚が20年以上にわたって語り継がれている理由は、単に大胆なポーズだったからではない。
その背景には、本人の発想、雑誌編集者によるネーミング、独自のビジュアル戦略という3つの要素があった。
第一に、本人が既存のグラビア表現とは異なるポーズを考えたこと。
第二に、『週刊プレイボーイ』がそのポーズに「M字開脚」という覚えやすい名前を付けたこと。
第三に、黒い衣装や廃墟での撮影、挑発的な表情など、ポーズ以外にも一貫した世界観を持っていたことだ。
この3つが組み合わさったことで、単発のグラビア写真が本人の代名詞へと変化した。
また、インリン自身が撮影のアングルや衣装にNG基準を設けていたことも見逃せない。過激な表現を選びながら、自分が納得できる見せ方を守っていた点に、表現者としての主体性が見える。
2025年の『BACK TO THE M』も、単なる懐古企画ではない。49歳という年齢で、過去の代表的な表現に再び挑戦したという意味を持つ。
2026年のインリンを理解するうえで大切なのは、次の3点だ。
- 誕生の真相を知りたい人:本人がポーズを考案し、週刊プレイボーイが名前を付けたという役割の違いを押さえる。
- グラビア全盛期を振り返りたい人:M字開脚だけでなく、女性の自立や強さを表現した独自の世界観にも注目する。
- 現在の活動を知りたい人:2025年の写真集だけでなく、2026年のテレビ出演や台湾での生活も確認する。
インリンのM字開脚は、本人のアイデアがメディアの言葉によって社会的なイメージへ成長した、印象的な芸能史の一例なのである。
【インリンのM字開脚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:インリンのM字開脚は誰が考案したの?
A1:インリン本人が考案した。撮影現場で「カッコ良くしゃがんで」と言われ、脚を開いた方が格好良く、強そうに見えると考えたことがきっかけだった。
Q2:M字開脚という名前を付けたのは誰?
A2:『週刊プレイボーイ』の編集側である。インリン自身は雑誌のキャッチコピーを見て初めてM字開脚という名前を知ったと、2026年のインタビューで説明している。
Q3:インリンは2025年にグラビア復帰したの?
A3:2025年9月29日に小学館のデジタル写真集『BACK TO THE M』を発売した。2023年にも14年ぶりのグラビア写真集を出版しており、段階的に活動を再開している。
Q4:インリンは2026年現在、何をしている?
A4:台湾を生活拠点に3人の子どもを育てながら、テレビ、ABEMA、雑誌、イベントなどに出演している。2026年10月31日深夜にはテレビ東京系『二軒目どうする?』にも出演した。
まとめ:インリンのM字開脚の真相と今後の活動
インリンのM字開脚は、撮影スタッフから完成形を指定されたものではなく、本人が「格好良く見せたい」という発想から生み出したポーズだった。
その写真に『週刊プレイボーイ』が「M字開脚」という名前を付けたことで、彼女の代名詞として定着した。
2000年代のグラビア全盛期、プロレスやテレビへの進出、2008年の結婚と台湾移住、2016年のソロ活動開始。そして2025年の『BACK TO THE M』と2026年のメディア出演。
こうして振り返ると、インリンは過去のイメージだけにとどまらず、ライフステージに合わせて活動の形を変えてきたことがわかる。
M字開脚の伝説は、偶然生まれたポーズだけの話ではない。本人の創意工夫とメディアの編集力が結び付いて生まれた、インリンという表現者の象徴なのである。
2026年以降も、台湾と日本をつなぐ活動や新しい出演企画に注目したい。
主な事実確認資料: インリン公式サイト、双葉社「THE CHANGE」2026年8月15日インタビュー、日刊スポーツ2026年11月1日報道、文春オンライン2026年2月7日インタビュー、2025年発売の写真集情報。 (出典: インリン m 字(Yahoo!ニュース))