【2026年最新】鳩山由紀夫の現在の役職と活動内容は?
鳩山由紀夫氏は、1947年2月11日生まれ。2026年11月現在、79歳です。第93代内閣総理大臣を務めた後、2012年12月に政界を引退しましたが、政治や外交に関する発信をやめたわけではありません。

現在の活動の中心は、2013年に設立した東アジア共同体研究所です。公式サイトや同研究所の活動記録を見ると、国際情勢に関する対談、講演、動画配信、アジア各国との交流などを継続していることが分かります。
現在確認できる主な役職
2026年時点で確認できる主な肩書は次のとおりです。
- 一般財団法人東アジア共同体研究所:理事長
- 公益財団法人友愛:代表理事
- 特定非営利活動法人日本・ロシア協会:最高顧問
東アジア共同体研究所の役員情報では、鳩山友紀夫(由紀夫)氏が理事長として掲載されています。また、公益財団法人友愛の組織概要では代表理事、日本・ロシア協会の2026年9月3日付役員紹介では最高顧問として名前が確認できます。
なお、これらは民間団体や公益団体における役職です。現職の国会議員や政府の大臣、外交担当者として活動しているわけではありません。
2026年の講演・対談・情報発信
東アジア共同体研究所の2026年の活動記録
2026年10月31日
新外交イニシアティブ代表の猿田佐世氏と鳩山友紀夫氏による対談を告知。11月2日には第654回UIチャンネルとして配信予定と案内されました。
2026年10月24日
日ソ共同宣言調印70周年を記念した講演「共同宣言の今日的意義」を掲載。
2026年10月17日
第4回ちょうびん未来塾「中国との民間交流から見えて来るもの」を開催。
2026年10月9日
元財務副大臣の藤田幸久氏と鳩山友紀夫氏による対談を掲載。
2026年10月2日
孫崎享氏と鳩山友紀夫氏による「時事放談」を配信。
これらは研究所の公式イベント記録に掲載された活動です。特にUIチャンネルは、政治、外交、安全保障、歴史認識などをテーマにした対談を継続的に発信する媒体になっています。
11月2日付の研究所公式サイトにも新しい安全保障関連の記事が掲載されており、研究所自体の情報発信も続いています。
つまり、現在の鳩山氏は選挙や国会で政策を決定する政治家ではなく、研究所や民間団体を拠点として、外交・国際交流・政策提言に関わる元首相という位置づけです。
【政治家引退の経緯】鳩山由紀夫はなぜ首相を辞め、政界を離れたのか?
鳩山氏の現在を理解するうえで欠かせないのが、2010年の首相辞任と2012年の政界引退です。この2つは別の出来事であり、辞任後も約2年半は衆議院議員として活動していました。
第93代内閣総理大臣としての266日間
2009年8月30日の衆議院議員総選挙で民主党は308議席を獲得。政権交代を実現し、鳩山氏は同年9月16日に第93代内閣総理大臣に就任しました。
当時の鳩山政権は「友愛」「地域主権」「東アジア共同体」「新しい公共」などを政策の柱に掲げていました。行政刷新会議による事業仕分けや高校授業料無償化なども、この政権期の政策として知られています。
しかし、政権の大きな課題となったのが沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題でした。鳩山氏は選挙期間中、普天間基地の県外移設を目指す考えを示していましたが、最終的には県外移設を実現できず、辺野古への移設を軸とする日米合意に戻ることになります。
2010年6月2日、鳩山氏は辞任を表明しました。沖縄県内への移設を避けられなかったことや、社民党の連立離脱などが大きな背景にありました。
鳩山氏は辞任表明の際、沖縄県外への移設を目指して努力したものの、実現できなかったという趣旨を説明しました。
首相在職期間は、2009年9月16日から2010年6月8日までの266日間です。短期間での退陣は、政権交代への大きな期待が集まっていた当時の政治状況と相まって、強い印象を残しました。
2012年の政界引退を決断した理由
首相を辞めた後も、鳩山氏は衆議院議員として活動していました。しかし、2012年11月、次期衆議院議員総選挙への不出馬と政界引退を表明します。
直接的な背景には、当時の民主党執行部との政策対立がありました。野田佳彦首相が進めていた消費税増税や環太平洋経済連携協定(TPP)への参加方針に対し、鳩山氏は反対の立場を取っていました。
民主党は次期衆院選の公認に際して党方針への同意を求めていましたが、鳩山氏はこれを受け入れませんでした。その結果、2012年11月21日に野田首相へ不出馬と引退の意向を伝えました。
2012年11月27日の記者会見では、民主党を自ら立ち上げたことや首相を務めたことへの責任を意識し、党を離れるのではなく、自分の主張を曲げて政治家を続けることも選ばないという考えを説明しています。
その後、2012年12月の総選挙に出馬せず、国政から退きました。
この経緯から分かるのは、鳩山氏の政治家引退が単純な高齢による引退ではなかったということです。党の政策路線との対立、自身の政治理念、民主党創設者としての立場が重なった決断でした。
【人物・団体の関係一覧】鳩山由紀夫をめぐる重要な転換点
鳩山氏の経歴を整理すると、政治家としての活動から、研究・国際交流を中心とする現在の活動へ移行したことが分かります。関連する人物や団体の関係も含めて整理します。
| 時期・主体 | 関係・出来事 | 現在につながる意味 |
|---|---|---|
| 2009年9月 | 第93代内閣総理大臣に就任 | 東アジア共同体構想を政策の柱に掲げる |
| 2010年6月 | 普天間問題などを背景に首相辞任 | 国政の最高責任者としての活動が終了 |
| 2012年12月 | 衆議院選挙に出馬せず政界引退 | 選挙政治から距離を置く |
| 2013年3月 | 東アジア共同体研究所を設立 | 外交・地域協力の研究と発信を継続 |
| 2013年 | 「由紀夫」から「友紀夫」の表記へ | 友愛理念を前面に出した活動を展開 |
| 2013年6月 | 日本友愛協会の理事長に就任 | 友愛理念の普及や国際交流に関与 |
| 2025年9月 | 北京の抗日戦争勝利80周年記念式典に出席 | 歴史認識と日中関係に関する発信 |
| 2026年9月 | 北京の香山フォーラムに参加 | 台湾問題や東アジア安全保障について発言 |
| 2026年10〜11月 | 研究所の対談・講演・動画配信に関与 | 民間レベルの外交・政策発信を継続 |
この年表は、鳩山会館、東アジア共同体研究所、公益財団法人友愛、報道各社の記録をもとに整理したものです。
鳩山友紀夫への改名はなぜ?
検索されることが多いのが、「鳩山由紀夫」と「鳩山友紀夫」という2つの表記です。
鳩山氏は2013年、友愛の理念を世界に広めたいという思いから、「由紀夫」から「友紀夫」へと表記を変更しました。友愛の「友」という字を名前に取り入れたものです。
本人の公式サイトでも、2013年の改名について説明されています。一方、2013年のJ-CASTニュースによる本人出演番組の報道では、本人が戸籍上の名前は変更していないと説明したことが紹介されています。
したがって、現在見かける「鳩山友紀夫(由紀夫)」という表記は、友愛理念を示す活動上の名前として理解すると分かりやすいでしょう。
【東アジア共同体構想】鳩山由紀夫が首相退任後も取り組む外交テーマ
鳩山氏の現在の活動を理解するうえで、東アジア共同体構想は最も重要なキーワードです。これは単なる中国との友好関係を意味するものではありません。
東アジア共同体構想とは何か
東アジア共同体構想は、東アジアの国々が経済、教育、環境、エネルギー、人の交流など幅広い分野で協力し、地域全体の平和と繁栄を目指す考え方です。
鳩山氏は2009年11月のシンガポールでのアジア政策講演で、この構想の基本理念として「開かれた地域協力」を掲げました。
具体的には、貿易や投資、金融、教育などの分野で協力関係を積み重ね、機能的な共同体のネットワークをつくるという発想です。日本と中国だけでなく、韓国やASEAN諸国なども視野に入れた地域構想でした。
当時の外務省資料にも、東アジア共同体構想のもとで、貿易・投資、金融、環境、エネルギー、教育、人の交流などを進める方針が記録されています。
東アジア共同体研究所を設立した理由
2013年3月15日、鳩山氏は一般財団法人東アジア共同体研究所を設立しました。首相時代に実現できなかった東アジア共同体構想を、政界引退後も前進させることが目的でした。
研究所は東京・永田町に拠点を置き、アジアの平和構築や地域統合に関する情報発信を続けています。
また、2014年4月には沖縄県那覇市に琉球・沖縄センターを開設しました。沖縄の安全保障や地域の歴史、東アジアとの関係などを扱う活動も展開しています。
首相時代と現在では活動方法が違う
ここには大きな変化があります。
首相時代の鳩山氏は、日本政府の代表として政策を実行する立場でした。一方、現在は研究所の理事長や民間団体の代表として、講演や対談、政策提言を通じて考え方を発信する立場です。
政府の外交交渉と民間の国際交流では、使える権限も責任も異なります。現在の活動は、日本政府の外交方針を決定するものではなく、民間の立場から国際関係に働きかける取り組みです。
この変化こそ、鳩山氏の首相退任後のキャリアを理解する重要なポイントです。
【中国訪問・日中関係】2025年と2026年の外交発言を検証
鳩山氏の首相退任後の活動で、特に国内外の関心を集めているのが中国との関係です。中国訪問や台湾問題、歴史認識をめぐる発言は、元首相という肩書きもあってたびたび報道されています。
2025年9月:中国の抗日戦争勝利80周年記念式典に出席
2025年9月3日、鳩山氏は中国・北京で開催された抗日戦争勝利80周年記念式典に出席しました。
中国政府から招待を受けたもので、日本政府の公式代表として参加したわけではありません。中国との交流を続けてきた元首相としての参加でした。
鳩山氏は式典後、自身の発信を通じて、歴史を正視することの重要性を強調しました。また、中国側が日本の軍国主義者と一般の日本人を区別して語った点に注目したと説明しています。
一方、この出席には国内から異論も出ました。長男の鳩山紀一郎氏は、父親に出席の取りやめを要請したことを明らかにし、日本の元首相が中国政府主催の戦勝記念行事に参加する必要はないとの考えを示しました。
この出来事は、鳩山氏が現在も中国との交流を重視していることと、その外交姿勢が日本国内で議論を呼ぶことの両方を示しています。
2026年9月:中国主催の香山フォーラムに参加
2026年9月15日から北京で開催された第13回香山フォーラムにも、鳩山氏が参加しました。
香山フォーラムは、安全保障やアジア太平洋地域の情勢を議論する国際会議です。共同通信の報道によると、約100の国・地域や国際機関の代表が参加しました。
ただし、今回の会議では日本政府関係者の参加が実現せず、鳩山氏は元首相として民間側から参加していました。政府代表と元首相個人の参加は、明確に区別する必要があります。
台湾問題をめぐる発言と国内での議論
2026年9月16日、テレビ朝日系の報道では、鳩山氏が高市首相の台湾に関する発言を批判し、撤回するか、日本が「一つの中国」政策を尊重していることを示すべきだと主張したことが伝えられました。
さらに、中国メディアのインタビューでは、日本の戦争の歴史教育についても言及しています。過去の侵略や植民地支配の歴史を次世代に伝える必要があるという趣旨の発言でした。
これらの発言は、鳩山氏が現在も日中関係の改善や歴史認識を外交上の重要課題と考えていることを示しています。
一方、台湾問題は日本の安全保障にも直結するため、発言の妥当性や中国側の外交的立場との距離について、異なる見方が生じるテーマでもあります。
鳩山氏の中国外交をどう見るべきか
鳩山氏の中国との交流を評価するときには、次の3点を分けて考える必要があります。
- 民間交流の側面: 国交や政府間交渉とは別に、人と人との対話を維持する取り組み。
- 歴史認識の側面: 過去の戦争や植民地支配をどのように認識し、将来の関係に生かすかという問題。
- 安全保障の側面: 台湾問題や日米同盟、日本の防衛政策などを含む国家安全保障の問題。
対話を続けること自体と、相手国の主張をそのまま受け入れることは同じではありません。また、元首相の発言が現在の日本政府の公式見解を示すわけでもありません。
鳩山氏の外交発言を読む際には、誰の立場で発言したのか、どの会議で何を主張したのかを確認することが大切です。
【首相退任後の評判】鳩山由紀夫への評価が分かれる理由
鳩山氏の評価は、首相時代と政界引退後で大きく変化しています。現在も外交発言が報道されるたびに賛否が分かれるのは、首相としての実績と、その後の政治的な発信が密接に結びついているためです。
首相時代は政権交代への期待と失望が交錯
2009年の政権交代は、日本の政治にとって大きな転換点でした。民主党が308議席を獲得し、鳩山氏が首相に就任した当初は、政治の刷新や政策転換への期待が集まっていました。
しかし、普天間基地の移設問題や政治とカネをめぐる問題などが政権運営の重荷となりました。
2010年5月31日にAFPが報じた朝日新聞の世論調査では、鳩山内閣の支持率は17%、不支持率は70%でした。政権発足時の期待が大きかっただけに、支持率の低下は当時の政治的な失望を象徴する数字となりました。
このため、首相時代については、政権交代を実現した政治家としての評価と、普天間問題を収拾できなかった首相としての批判が併存しています。
政界引退後は外交・歴史認識をめぐる発信が中心に
政界を引退した後は、国会での政策決定や政党運営から離れ、東アジア共同体構想や友愛理念を軸にした活動へ移行しました。
特に中国との交流や歴史認識に関する発言は、元首相という立場から注目されます。2025年の北京での記念式典、2026年の香山フォーラムへの参加は、その代表例です。
こうした活動については、国際対話を続ける姿勢を評価する視点がある一方、日本の安全保障や政府の外交方針との整合性を重視する立場から、批判的に受け止める見方もあります。
重要なのは、現在の鳩山氏が政府を代表する外交官ではないという点です。発言の影響力は元首相としての知名度に由来しますが、その発言に政府としての決定権が伴うわけではありません。
鳩山由紀夫の活動を評価するための3つの判断基準
現在の鳩山氏について情報を調べる場合は、次の3つの視点を持つと、報道やSNSの見出しに左右されにくくなります。
1.政治的な実績と現在の主張を分ける
普天間問題をめぐる首相時代の判断と、現在の東アジア外交に関する主張は、別の時期の出来事です。過去の失政だけで現在の活動すべてを評価することも、現在の平和外交の理念だけで過去の政権運営を評価することも適切ではありません。
2.民間活動と政府の公式外交を区別する
中国訪問や国際会議への参加は、政府の正式な外交使節としての行動なのか、元首相個人としての参加なのかを確認する必要があります。肩書きだけを見て日本政府の代表と判断すると、事実関係を誤る可能性があります。
3.活動実績は公式記録で確認する
講演や対談、研究所のイベント、役職などは、東アジア共同体研究所や公益財団法人友愛などの公式情報を確認すると、実際の活動内容を把握しやすくなります。
この3つを意識すると、鳩山氏の現在を単なる「中国寄りの元首相」という一面的な見方にとどめず、政治家引退後の活動全体から捉えられます。
【鳩山由紀夫の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鳩山由紀夫は2026年現在、何をしていますか?
東アジア共同体研究所の理事長として、外交・安全保障・国際交流に関する情報発信を続けています。講演や対談、UIチャンネルへの出演なども活動の中心です。
Q2:鳩山由紀夫は現在も政治家ですか?
いいえ。2012年12月の衆議院議員総選挙に出馬せず、政界を引退しています。現在は国会議員や現職の政府要職ではなく、民間団体を中心に活動しています。
Q3:鳩山由紀夫の現在の役職は何ですか?
東アジア共同体研究所の理事長、公益財団法人友愛の代表理事、日本・ロシア協会の最高顧問などです。それぞれの団体の公式役員情報で確認できます。
Q4:鳩山友紀夫に改名した理由は何ですか?
2013年に、友愛の理念を世界に広めたいという思いから「由紀夫」を「友紀夫」と表記するようになりました。報道では戸籍上の名前は変更していないと説明されています。
Q5:鳩山由紀夫はなぜ中国を訪問しているのですか?
東アジアの平和構築や日中交流、歴史認識に関する考えを発信するためです。2025年9月には北京の抗日戦争勝利80周年記念式典、2026年9月には香山フォーラムに参加しました。
Q6:鳩山由紀夫は首相時代に何日間在職しましたか?
2009年9月16日から2010年6月8日までの266日間です。普天間基地の移設問題や政治とカネをめぐる問題などを背景に、2010年6月に辞任しました。
【プロの結論】まとめ:鳩山由紀夫の現在は政治家から民間外交・研究活動へ
2026年11月現在、鳩山由紀夫氏は79歳。政界を引退してから約14年が経過していますが、東アジア共同体研究所の理事長として、外交や国際交流に関する活動を続けています。
現在の活動を整理すると、次のようになります。
- 政治家として: 2012年に政界を引退し、国会議員としての活動は終了。
- 研究・政策提言: 東アジア共同体研究所の理事長として活動。
- 友愛理念の普及: 公益財団法人友愛の代表理事として関与。
- 国際交流: 中国を含むアジア各国との交流や講演を継続。
- 外交関連の発言: 台湾問題、日中関係、歴史認識、安全保障について発信。
鳩山氏のキャリアを振り返ると、首相時代に掲げた東アジア共同体構想が、政界引退後の活動の中心に残り続けていることが分かります。政治の表舞台から退いた後も、研究所や民間団体を通じて自らの理念を発信する道を選んだのです。
一方、2025年の中国訪問や2026年の香山フォーラムでの発言が示すように、その外交姿勢には賛否があります。対話を重視する姿勢をどう評価するかは、日本の安全保障や外交のあり方をどう考えるかによっても変わります。
今後の動向を追う際には、東アジア共同体研究所の活動記録、本人の公式サイト、公益財団法人友愛の発信、そして国内外の報道を照らし合わせることが重要です。
鳩山由紀夫氏の現在を一言で表すなら、政界を引退しても外交・国際交流への関心を失わず、東アジア共同体構想と友愛理念の発信を続ける元首相です。
主な参照資料:首相官邸「歴代内閣」、鳩山由紀夫公式サイト、鳩山会館、一般財団法人東アジア共同体研究所、公益財団法人友愛、日本・ロシア協会、外務省、琉球朝日放送、共同通信、テレビ朝日、TBS、AFPなど。 (出典: 鳩山 由紀夫 現在(Yahoo!ニュース))