「たくろうきむらバンド」の正体は?本名・年齢・愛媛での経歴からM-1優勝後の2026年まで徹底解説

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「たくろうきむらバンド」の正体は?本名・年齢・愛媛での経歴からM-1優勝後の2026年まで徹底解説
「たくろうきむらバンド」の正体は?本名・年齢・愛媛での経歴からM-1優勝後の2026年まで徹底解説
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🎵 「たくろうきむらバンド」の正体は?本名・年齢・愛媛での経歴からM-1優勝後の2026年まで徹底解説

「たくろうきむらバンド」と検索している人が気になっているのは、M-1グランプリ2025で優勝したお笑いコンビ「たくろう」のツッコミ担当、きむらバンドの人物像ではないでしょうか。本名は木村太一。1990年1月28日生まれで、愛媛県にゆかりを持ち、松山大学の落語研究部や高校時代のバンド活動を経て、お笑い芸人の道へ進みました。

相方は、滋賀県出身の赤木裕。NSC大阪校の先輩・後輩として出会った2人は2016年3月にコンビを結成し、約9年間の挑戦を経て、2025年12月21日のM-1グランプリで第21代王者に輝きました。2026年4月には活動拠点を東京へ移し、新たなステージに進んでいます。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 正体:きむらバンドは本名・木村太一。1990年1月28日生まれの36歳で、吉本興業所属の芸人。
  • 経歴:愛媛でのバンド活動、松山大学の落語研究部を経てNSC大阪校36期へ。赤木裕と2016年に「たくろう」を結成。
  • 実績:M-1グランプリ2025で優勝。2026年4月から東京を拠点に活動し、11月には大型イベント「たくろう万博」も開催。

【正体を解明】たくろうのきむらバンドとは何者?本名やプロフィールを紹介

まず押さえておきたいのは、「きむらバンド」は音楽グループの名前ではなく、お笑いコンビ「たくろう」で活動する芸人の芸名だという点です。

コンビでは主にツッコミを担当し、相方・赤木裕の独特な言動や挙動不審に見えるキャラクターを、柔らかい言葉遣いとテンポのよい掛け合いで受け止めます。

きむらバンドの基本プロフィール

吉本興業の公式プロフィールやM-1グランプリ公式サイトに掲載されている情報を中心に整理すると、次のようになります。

  • 芸名:きむらバンド
  • 本名:木村太一(きむら・たいち)
  • 生年月日:1990年1月28日
  • 年齢:36歳(2026年11月6日時点)
  • 出身地:愛媛県松山市(吉本興業公式プロフィールの表記)
  • 血液型:A型
  • 身長:170cm
  • 所属事務所:吉本興業
  • 養成所:NSC大阪校36期
  • コンビ:たくろう
  • 担当:ツッコミ
  • 趣味:ボートレース、木村拓哉鑑賞、ドライブ、ジャパハリネット
  • 特技:ギター、ベースなど

本名の木村太一は、吉本漫才劇場の公式インタビューでも本人が明かしています。NSC卒業後、芸名を付ける前には本名で舞台に立っていたそうです。

年齢は36歳!生年月日は1990年1月28日

きむらバンドの誕生日は1990年1月28日です。2026年11月6日時点で36歳になります。

M-1グランプリ2025の決勝当時は35歳。30代半ばで漫才日本一の称号を手にしたことになります。

若手芸人として早くから注目された時期もありましたが、M-1優勝までには長い試行錯誤がありました。年齢を重ねながら経験を積み、コンビとして完成度を高めてきたことも、現在の活躍を理解するうえで見逃せないポイントです。

芸名「きむらバンド」の由来は?

芸名の名付けには、芸人仲間のチェリー大作戦・宗安聖が関係しています。

吉本漫才劇場の公式企画「マンゲキサインヒストリー」での本人の説明によると、きむらバンドはもともとバンド活動をしていたことから、音楽関係の仕事にもつながるような名前として「きむらバンド」を提案されたそうです。

当時は「バンドワゴン」というコンビを組んでいた時期もありましたが、解散後も芸名はそのまま使い続けました。つまり、現在の芸名は音楽経験と芸人仲間との縁から生まれたものです。

木村拓哉の大ファンという一面も

きむらバンドを語るうえで外せないのが、俳優・木村拓哉の熱心なファンであることです。

2021年の週刊プレイボーイのインタビューでも、本人は木村拓哉の大ファンであることを語っています。2026年3月の「愛でたい四国」のインタビューでも、相方の赤木裕が、きむらの自宅に木村拓哉の写真集などが飾られていたエピソードを紹介しています。

単なる芸名の由来にとどまらず、本人の趣味や日常にもつながるほどの熱量があるようです。

たくろうきむらバンドの当時の様子・関連報道写真
【検証資料 1】たくろうきむらバンドの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【愛媛での学生時代】松山大学の落語研究部と高校時代のバンド経験

きむらバンドの芸人としての原点をたどると、愛媛県で過ごした学生時代に行き着きます。

現在の漫才では軽快なツッコミや会話のテンポが印象的ですが、もともと音楽活動をしていた経験があり、大学では落語研究部に所属していました。音楽と笑いという2つの経験が、現在の表現力につながっています。

高校時代はバンドマン!ベースを担当していた

2026年3月19日に公開された四国電力関連メディア「愛でたい四国」の本人インタビューでは、高校時代にバンドを組んでいたことが明かされています。

きむらバンドは当時、ベースを担当。ほかのバンドが5曲演奏するところを、自分たちは3曲にして、その分ステージ上で話す時間を増やすような活動をしていたと振り返っています。

「一番おもしろいベーシストになろうと思ってたんです」

この言葉から見えてくるのは、音楽そのものだけでなく、人を楽しませることにも強い関心を持っていたということです。

演奏技術だけで勝負するのではなく、トークも含めて観客を楽しませる。その発想は、現在の漫才師としての姿にも通じています。

なお、吉本興業の公式プロフィールでも、特技としてギターとベースが紹介されています。

松山大学へ進学!落語研究部が人生の転機に

高校卒業後は地元の松山大学に進学しました。大学時代に所属したのが落語研究部です。

本人のインタビューによると、入部のきっかけは当時の部長からの熱心な勧誘でした。部員が少なく、廃部寸前だった落語研究部を存続させるため、新入生を探していたそうです。

その熱意に心を動かされたきむらバンドは入部。そこで漫才やコントに触れ、お笑いの世界に本格的に興味を持つようになりました。

入部後は活動を盛り上げ、部の再建にも貢献したと紹介されています。

学生時代から地元メディアで活躍

松山大学在学中には、落語研究部の活動だけでなく、地元のケーブルテレビに出演するなど、学生タレントのような活動も経験しました。

週刊プレイボーイの2021年のインタビューでは、大学の落語研究会に所属しながらテレビ出演や大学のミスコンの司会を担当し、営業でネタを披露して報酬を得ることもあったと語っています。

愛媛で人前に立つ経験を重ねたことは、NSCへ進む前の大切な準備期間だったのでしょう。

なお、松山大学については本人が進学・在籍経験を語っていますが、大学を卒業したという情報とは区別する必要があります。出身大学という検索だけで卒業まで断定するのは適切ではありません。

愛媛県松山市と鬼北町、2つの故郷とのつながり

出身地については、吉本興業の公式プロフィールでは愛媛県松山市とされています。

一方、2026年3月の「愛でたい四国」のインタビューでは、幼少期に愛媛県鬼北町で過ごし、小学4年生まで鬼北町に住んでいたことも本人が語っています。その後、松山市でも生活していたため、両地域に思い出があるそうです。

同インタビューでは、愛媛の人々の温かさや地元への愛着についても触れています。M-1優勝後には愛媛県内での凱旋ロケや県庁訪問なども行われ、地元から大きな歓迎を受けました。

東京を活動拠点に移した2026年以降も、愛媛とのつながりはきむらバンドの人物像を理解する重要な要素です。

【相方・赤木裕との関係】NSC大阪36期と37期から生まれたコンビ結成秘話

きむらバンドの相方は、ボケ担当の赤木裕です。2人はNSC大阪校の先輩・後輩という関係で、きむらバンドが36期、赤木裕が37期にあたります。

赤木裕のプロフィール

赤木裕は1991年10月24日生まれ、滋賀県大津市出身の芸人です。2026年11月6日時点では35歳になります。

  • 名前:赤木裕(あかぎ・ゆう)
  • 生年月日:1991年10月24日
  • 年齢:35歳
  • 出身地:滋賀県大津市
  • 所属事務所:吉本興業
  • 養成所:NSC大阪校37期
  • 身長:171cm
  • 血液型:O型
  • 趣味:野球、空手、ゲーム、ONE PIECEなど

赤木の持ち味は、独特の表情や予測しにくい言動を生かしたボケです。きむらバンドが会話を整理しながらツッコミを入れることで、2人ならではの漫才が成立しています。

2人を結びつけたのはチェリー大作戦・宗安聖

コンビ結成のきっかけを作ったのは、芸人仲間の紹介でした。

2024年に吉本漫才劇場が公開した「マンゲキサインヒストリー」のインタビューでは、きむらバンドがチェリー大作戦の宗安聖を「キューピット」と表現しています。

当時、きむらバンドは以前のコンビを解散し、新しい相方を探していました。そこでNSCの後輩たちをよく知る宗安から、1期下の赤木を紹介されたのです。

きむらバンドは赤木と会ったことがない状態で連絡を取り、心斎橋で待ち合わせました。初対面で赤木の独特な雰囲気に惹かれ、ファミリーレストランで自分の得意分野などをアピールしたといいます。

週刊プレイボーイの2021年のインタビューでも、きむらバンドは赤木の第一印象に強いインパクトを受けたことを振り返っています。

コンビ名「たくろう」の由来は木村拓哉とイチロー

ここで、検索ユーザーが混同しやすい2つの名前を整理しておきましょう。

「きむらバンド」は本人の芸名であり、「たくろう」は赤木裕と組んだコンビ名です。それぞれ由来が異なります。

コンビ名については、きむらバンドが木村拓哉のファンであり、赤木裕が野球選手のイチローのファンだったことから、2人の好きな人物の名前を組み合わせて名付けたと、本人たちがインタビューで説明しています。

吉田拓郎やGLAYのTAKUROに由来するという説ではありません。

芸名・人物・関係者の相関関係を一覧で整理

きむらバンドを中心とした人物や組織の関係をまとめると、次のようになります。

人物・組織関係性確認できる内容
きむらバンド本人本名は木村太一。NSC大阪36期。
赤木裕相方NSC大阪37期。2016年に「たくろう」を結成。
チェリー大作戦・宗安聖紹介者・芸名の名付けに関与赤木を紹介し、「きむらバンド」という芸名の誕生にも関係。
松山大学落語研究部お笑いの原点大学時代に所属。漫才やコントに取り組むきっかけとなった。
木村拓哉きむらバンドの憧れの人物コンビ名「たくろう」の由来の一人。
イチロー赤木裕の憧れの人物コンビ名「たくろう」の由来の一人。
吉本興業・NSC大阪校所属事務所・養成所先輩後輩として出会う環境を作った。
M-1グランプリ2025最大の転機結成10年目に初の決勝進出を果たし、優勝。

この関係を知ると、現在のコンビ名や芸名が偶然に付けられたものではなく、2人の趣味、音楽経験、芸人仲間とのつながりから生まれたことが分かります。

たくろうきむらバンドの活動歴およびメディア掲載記録
【検証資料 2】たくろうきむらバンドの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【M-1グランプリ2025優勝】たくろうが漫才日本一になるまでの軌跡

きむらバンドと赤木裕のキャリアを語るうえで最大の転換点となったのが、2025年12月21日に開催されたM-1グランプリです。

たくろうは結成10年目にして初めて決勝へ進出し、並み居る実力派コンビを破って第21代王者に輝きました。

2016年結成から2025年優勝までの歩み

M-1公式サイトや吉本興業のプロフィール、過去のインタビューを整理すると、主なキャリアの転換点は次のとおりです。

  • 2016年3月9日:赤木裕ときむらバンドが「たくろう」を結成。
  • 2016年:結成から約5カ月で、よしもと漫才劇場のネタバトル「Kakeru翔グランプリ」で優勝。
  • 2018年:M-1グランプリで準決勝進出。
  • 2019年:第8回ytv漫才新人賞決定戦で準優勝。
  • 2024年:第54回NHK上方漫才コンテストで準優勝。
  • 2025年12月21日:M-1グランプリ2025で初優勝。
  • 2026年3月15日:よしもと漫才劇場で卒業単独ライブを開催。
  • 2026年4月:活動拠点を大阪から東京へ移す。

注目したいのは、結成直後から順調だったわけではないことです。2018年にM-1準決勝まで進んだものの、その後は準々決勝や3回戦で敗退する時期が続きました。

2026年3月の「愛でたい四国」のインタビューでも、本人たちは長い低迷期を振り返っています。周囲の先輩の言葉を支えに、さまざまな挑戦を続けたことが、2025年の結果につながりました。

M-1グランプリ2025の決勝結果は?

2025年大会には過去最多となる1万1521組がエントリーしました。

たくろうはファーストラウンドで861点を獲得し、エバースに次ぐ2位で最終決戦へ進出。ドンデコルテ、エバースとの最終決戦を制し、審査員9人中8人の票を獲得して優勝しました。

M-1公式の大会記録でも、ファーストラウンド2位、最終決戦1位という結果が確認できます。

決勝で披露したネタのうち、リングアナウンサーを題材にしたネタや、ビバリーヒルズに住むことをテーマにしたネタなどが話題になりました。

なぜ、たくろうの漫才は評価されたのか

たくろうの漫才の魅力は、赤木裕の予測しにくい言動と、きむらバンドの柔らかなツッコミの組み合わせです。

週刊プレイボーイの2021年のインタビューでは、2人とも結成当初は憧れの芸人のスタイルを意識していたものの、無理をせず自然体で漫才をする方向に変化したと説明しています。

この変化は重要です。赤木の独特な間や言葉遣いを無理に整えず、きむらバンドがそれを受け止めることで、ほかのコンビにはないテンポが生まれました。

きむらバンドの音楽経験や学生時代からの司会・トーク経験も、漫才の進行を支える土台になっていると考えられます。

単にツッコミが上手いというだけではなく、相方の個性を生かす役割を理解している点が、コンビの強みです。

【2026年最新】東京進出後の活動と現在の出演情報

M-1優勝によって大きく環境が変わったたくろうは、2026年4月から活動拠点を東京へ移しました。

大阪の劇場を中心に活動してきた2人にとって、東京進出はキャリアの新しい段階です。2026年11月6日時点では、テレビ出演、ラジオ、劇場活動に加えて、自分たちの名前を冠した大型イベントにも取り組んでいます。

2026年2月に東京進出を発表!4月から活動拠点を変更

東京進出を発表したのは、2026年2月8日。コンビのYouTubeチャンネルでの生配信でした。

きむらバンドが4月から東京に拠点を移すと発表し、赤木裕も大阪の仕事を続けながら活動する方針を説明しています。

また、3月15日には大阪・よしもと漫才劇場で卒業単独ライブを開催しました。

これは大阪との関係を断ち切るための移籍ではありません。長く活動してきた劇場への感謝を示しつつ、東京で新しい仕事の機会を広げていくための拠点変更です。

2026年10月31日には「アナザースカイ」に出演

2026年10月31日放送の日本テレビ系「Google Pixel presents ANOTHER SKY」には、たくろうの2人がゲストとして登場しました。

番組では、コンビ結成のきっかけとなった大阪のファミリーレストランや、赤木の衣装を購入した店などを訪問。結成直後の好スタートから一転して、長い下積み時代を過ごした大阪での思い出を振り返りました。

特に注目されたのは、M-1優勝までの約10年間にわたる歩みです。単なる成功者としてではなく、結果が出ない時期にも賞レースに挑戦し続けた2人の姿が紹介されました。

11月6日から「M-1ラジオ」に登場

2026年11月6日には、ABCラジオの「M-1ラジオ~〇〇のチカラ~」がスタートします。

初回のゲストは、M-1グランプリ2025王者のたくろう。2017年王者のとろサーモン・久保田かずのぶとの対談が予定されています。

番組は毎週金曜日の24時30分から25時まで放送され、歴代王者やファイナリストがM-1の舞台裏や漫才への思いを語る内容です。

前年度王者として出演するたくろうにとって、2026年大会を盛り上げる役割も担う機会となります。

11月7日・8日は大型イベント「たくろう万博 TAKURO EXPO '26」

2026年の活動で特に注目されるのが、11月7日(土)・8日(日)に大阪府吹田市の万博記念公園で開催される「たくろう万博 TAKURO EXPO '26」です。

これはM-1優勝賞金1000万円の使い道について、赤木裕が語った夢をきっかけに企画された大型エンターテインメントイベントです。

漫才だけでなく、音楽、盆踊り、パビリオン、グルメなど、多彩な企画を組み合わせた内容となっています。

公式イベント情報では、両日ともたくろうの出演が予定されています。11月8日には、たくろうとRunny Noizeによる音楽企画も組まれています。

このイベントから見えてくるのは、M-1優勝後のたくろうが、テレビや劇場への出演だけでなく、自分たちの世界観を形にする企画にも挑戦していることです。

東京進出後も大阪・愛媛とのつながりは続く

東京を拠点にしたからといって、関西や四国での活動がなくなるわけではありません。

実際に、たくろう万博は大阪で開催されます。また、愛媛県では長年にわたってテレビ番組への出演や地域での活動を続けてきました。

きむらバンドにとって愛媛は、自分の芸人としての原点がある場所です。東京で知名度を高めながら、地元や大阪との関係を維持することも、今後の活動を考えるうえで大切な要素になります。

たくろうきむらバンドに関する近況・インタビュー報道記録
【検証資料 3】たくろうきむらバンドに関する近況・インタビュー報道記録(出典:ORICON NEWS / Yahoo!ニュース)

【よくある質問】たくろうのきむらバンドに関するFAQ

Q1:きむらバンドの本名は何ですか?
A1:本名は木村太一(きむらたいち)です。吉本漫才劇場の公式インタビューで本人が明かしています。

Q2:きむらバンドは何歳ですか?
A2:1990年1月28日生まれで、2026年11月6日時点では36歳です。

Q3:きむらバンドの出身地はどこですか?
A3:吉本興業の公式プロフィールでは愛媛県松山市とされています。本人のインタビューでは、小学4年生まで鬼北町で過ごし、その後松山市でも生活したことが紹介されています。

Q4:きむらバンドの出身大学は松山大学ですか?
A4:松山大学に進学し、落語研究部に所属していました。大学時代に漫才やコントに取り組み、お笑いへの関心を深めています。

Q5:きむらバンドは高校時代にバンドを組んでいたのですか?
A5:はい。高校時代にバンド活動をしており、ベースを担当していました。本人は当時から、面白いベーシストを目指していたと語っています。

Q6:きむらバンドと赤木裕はどのように出会ったのですか?
A6:NSC大阪校の先輩・後輩で、芸人仲間のチェリー大作戦・宗安聖らの紹介をきっかけに出会いました。2016年3月9日にコンビ「たくろう」を結成しています。

Q7:コンビ名「たくろう」の由来は何ですか?
A7:きむらバンドが好きな木村拓哉と、赤木裕が好きなイチローの名前を組み合わせたものです。芸名「きむらバンド」とは別の由来です。

Q8:たくろうはM-1グランプリ2025で優勝したのですか?
A8:はい。2025年12月21日の決勝で第21代王者に輝きました。ファーストラウンドでは861点を獲得し、最終決戦では審査員9人中8人の票を集めました。

Q9:たくろうは2026年に東京進出したのですか?
A9:はい。2026年2月8日に発表し、同年4月から東京へ活動拠点を移しています。大阪での仕事や公演も続けています。

Q10:2026年現在、たくろうは何をしていますか?
A10:東京を拠点にテレビ、ラジオ、劇場などで活動しています。10月31日には「アナザースカイ」に出演し、11月6日にはABCラジオの「M-1ラジオ」に登場。11月7日・8日には大阪で「たくろう万博 TAKURO EXPO '26」を開催予定です。

まとめ:きむらバンドの正体は木村太一!愛媛からM-1王者、東京進出へ

「たくろうきむらバンド」の正体は、吉本興業所属のお笑いコンビ「たくろう」のツッコミ担当、きむらバンドです。本名は木村太一、1990年1月28日生まれの36歳。愛媛県松山市を出身地とし、高校時代のバンド活動や松山大学の落語研究部での経験を経て、芸人の道へ進みました。

NSC大阪校36期のきむらバンドと、37期の赤木裕が出会ったのは芸人仲間の紹介がきっかけです。2016年3月9日に結成した「たくろう」は、2018年のM-1準決勝進出などを経て、2025年12月21日に念願の漫才日本一を獲得しました。

そして2026年4月からは東京へ活動拠点を変更。10月の「アナザースカイ」出演、11月のM-1ラジオ、そして大型イベント「たくろう万博」など、活躍の場を広げています。

今後のたくろうを見るうえで注目したいのは、M-1王者としてのテレビ出演だけではありません。赤木裕の独特なボケと、きむらバンドの音楽経験やトーク力を生かしたツッコミが、東京のテレビ・劇場という新しい環境でどのように進化するかです。

愛媛で育ち、大阪で漫才を磨き、東京へ進出したきむらバンド。長い下積みを経てつかんだM-1優勝は、2人のキャリアにおけるゴールではなく、新しい挑戦の始まりになっています。 (出典: たくろう きむら バンド(Yahoo!ニュース))

たくろうきむらバンド
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