【紀元前245年から221年まで】キングダムの作中年表を時系列で総整理
『キングダム』の物語を理解するうえで最初に押さえたいのは、秦王・嬴政の即位と、信が天下の大将軍を目指し始める時期です。
史実では嬴政は紀元前246年に秦王となり、翌年にあたる紀元前245年ごろが漫画の物語の出発点です。原作の出来事は史記に記録された秦の軍事行動や政治事件を土台に進みますが、戦闘の順序や人物の関係には独自の脚色があります。
まずは、物語の流れと中国史の出来事を並べた年表を確認しましょう。
この年表の根拠となる中心史料は、司馬遷の『史記』に収められた「秦始皇本紀」「白起王翦列伝」「廉頗藺相如列伝」などです。特に嬴政の即位、麃公の出陣、合従軍の侵攻、六国の滅亡については、歴史上の出来事と漫画の展開を照合できます。
なお、表の紀元前234年前後という年代は、桓騎の趙侵攻と黒羊丘編を関連づけて整理したものです。黒羊丘という地名や戦役が史書にそのまま記録されているわけではありません。
【物語の始まりを理解する】長平の戦いと戦国七雄の関係
信と嬴政が登場する紀元前245年ごろを理解するには、その約15年前に起きた長平の戦いを知っておく必要があります。
長平の戦いは紀元前260年に起きた秦と趙の決戦
長平の戦いは紀元前260年、秦と趙が現在の中国山西省付近で激突した戦いです。
秦は将軍・白起を中心に趙軍を打ち破りました。趙側は廉頗による持久戦から趙括の積極攻勢へと方針を転換しましたが、結果として大敗します。
この敗北によって趙は多数の兵士と軍事力を失い、秦との勢力差がさらに広がりました。
『キングダム』では、廉頗や白起、王齕などの過去の将軍たちが語られる場面があります。彼らが戦った時代は、信たちが活躍する物語の前史にあたります。
つまり、長平の戦いは単なる過去の戦争ではありません。秦が中華統一へ進むための軍事的な基盤を築き、趙が秦に対抗するうえで大きな制約を受けるきっかけとなった出来事です。
戦国七雄とは?秦と六カ国の勢力関係
戦国七雄とは、戦国時代末期に中国で強い勢力を持っていた七つの国を指します。
- 秦:西方から勢力を拡大し、中華統一を目指す国。
- 趙:廉頗や李牧などの名将を擁する北方の強国。
- 魏:秦と国境を接し、山陽攻略などで重要な舞台となる国。
- 韓:秦と隣接し、統一戦争で最初に滅ぼされる国。
- 楚:広大な領土と軍事力を持つ南方の大国。
- 燕:北東部に位置し、秦への対抗策を模索する国。
- 斉:東方の国で、最後まで秦に抵抗する国。
物語では、秦が単純に軍事力だけで六カ国を圧倒するわけではありません。外交、同盟、軍事補給、各国の内部対立など、複数の要素が勝敗を左右します。
特に趙は、李牧という優れた将軍の存在によって、秦にとって最後まで大きな障壁となります。魏や楚も、それぞれ異なる軍事的な強みを持っていました。
【人物相関と史実を比較】信・嬴政・呂不韋・王騎・李牧は実在した?
『キングダム』の魅力は、史実に名を残した人物と、作品独自の人物が同じ戦場や政治の舞台で活躍する点にあります。
登場人物を史実との関係で整理すると、作品のどこまでが歴史に基づき、どこからが創作なのかが見えてきます。
信(李信)と嬴政の関係
信の史実上のモデルは、秦の将軍・李信です。嬴政は後の始皇帝であり、二人は秦の統一事業を担う中心人物として描かれています。
ただし、史実の李信について残っている記録は、漫画ほど詳細ではありません。李信が戦災孤児として育ったことや、嬴政と少年時代から親交を結んだことを裏づける史料はありません。
『史記』の「白起王翦列伝」には、李信が若く勇敢な将軍として登場します。後年、燕の太子丹を追撃して捕らえた功績を認められ、楚攻略の将軍に抜擢されました。
しかし、楚攻略では李信の率いる20万の軍が項燕に大敗します。その後、王翦が60万の軍を率いて楚を攻略する展開は、史実に残る重要なエピソードです。主人公のモデルとなった人物が、必ずしも歴史上の戦いですべて勝利したわけではありません。
呂不韋は嬴政の後見人だった実在の政治家
呂不韋は実在した秦の政治家です。嬴政が即位した当初は、若い王に代わって政治を主導する立場にありました。
『キングダム』では、呂不韋は強大な経済力と政治的影響力を持ち、嬴政と権力を争う人物として描かれます。
史実でも呂不韋は秦の相国として大きな権勢を持ちました。しかし、嬴政が親政を進めるにつれて立場を失い、最終的には蜀への移住を命じられ、紀元前235年ごろに自害したと伝えられています。
この権力移行は、秦が他国攻略へ本格的に集中するための政治的な転換点でした。
王騎は史実の王齮と同じ人物なのか
王騎は『キングダム』を代表する将軍ですが、史実との関係には注意が必要です。
『史記』には王齮という秦の将軍の名前が登場し、紀元前244年に死亡した記録があります。また、王齕という将軍も登場し、古い注釈では王齮と王齕を同一人物とする説明があります。
一方、漫画の王騎は独自の人物像を持ち、馬陽の戦いで龐煖と対決して命を落とします。この戦い方や最期が史実に記録されているわけではありません。
史実の王齮・王齕と漫画の王騎を、細部まで同一視するのは適切ではありません。名前の類似や史料の表記を踏まえながら、作品独自の人物造形として楽しむのが妥当です。
李牧は趙を代表する実在の名将
李牧は実在した趙の将軍です。『キングダム』では秦の中華統一を阻む最大級の敵として描かれています。
史実の李牧は北方の防衛で匈奴を破り、その後、秦との戦いでも重要な役割を担いました。特に宜安方面では桓齮の軍を破り、秦軍の進撃を食い止めています。
しかし、秦は趙王の側近に働きかけるなど、軍事以外の方法も利用しました。李牧は趙王の疑念を受けて処刑され、その後、趙は王翦らの攻撃によって滅亡へ向かいます。
この経緯は、戦争において優れた将軍が存在するだけでは国を守り切れないという、趙の悲劇を象徴しています。
【史実との違いを検証】合従軍編・黒羊丘の戦い・王騎の最期は本当なのか
『キングダム』を読む際に混乱しやすいのが、史実の出来事と漫画独自の戦闘が入り交じっている点です。
歴史の大きな流れは実際の中国史を踏まえていますが、戦闘の詳細や人物同士の関係は、物語として再構成されています。
合従軍編は史実にも存在した
合従軍とは、秦の勢力拡大を食い止めるため、複数の国が協力して秦に対抗する軍事同盟です。
紀元前241年には、韓・魏・趙・衛・楚の五カ国が秦を攻めた記録が『史記』に残っています。
漫画では合従軍編として、函谷関の攻防や蕞の防衛などが大きなスケールで描かれています。各国の将軍の対決や秦王・嬴政の決断は作品独自の演出を含みますが、秦を包囲する多国間の軍事連携という骨格は史実に基づいています。
なお、漫画の連合軍の参加国や戦場での展開は、史記に記録された五カ国の連合と完全には一致しません。史実と漫画の違いを知るうえで、特に重要な比較ポイントです。
黒羊丘の戦いは史実に存在したのか
黒羊丘の戦いは、桓騎軍と趙軍が激突する作中の重要な戦役です。信の飛信隊が桓騎軍の指揮下に入り、慶舎や紀彗らと戦います。
しかし、黒羊丘の戦いそのものは史実に記録されていません。黒羊丘や離眼という地名、紀彗という将軍も、漫画独自の設定です。
一方、桓騎のモデルにあたる桓齮は実在しました。史記には、秦軍が趙の平陽などを攻め、趙の将軍・扈輒を破った記録があります。李牧との戦いでも桓齮の名前が登場します。
つまり、黒羊丘の戦いは、実際に起きた秦と趙の戦争を背景に、原作者が人物関係や戦術、戦場を組み立てた物語です。
慶舎についても実在した趙の将軍ですが、漫画で描かれる黒羊丘での最期が史実というわけではありません。
嬴政の即位と成蟜の反乱には年代の違いがある
もう一つ見落とせないのが、物語の序盤に起きる王弟・成蟜の反乱です。
映画版の公式ストーリー紹介では、紀元前245年を舞台に、信と漂の出会い、王宮のクーデター、嬴政との関係が描かれています。
しかし、史記の「秦始皇本紀」では、成蟜の反乱は紀元前239年の出来事として記録されています。つまり、映画・漫画の物語序盤では、史実上の事件が異なる時期に配置されています。
この違いは、物語の導入部分に歴史上の複数の出来事を組み込み、信と嬴政の関係を早い段階で描くための構成と考えられます。
史実と漫画を見分けるための3つの判断基準
歴史との違いを調べる際には、次の3点を意識すると混乱しにくくなります。
- 人物が実在したか:信のモデルである李信、李牧、呂不韋などは史書に登場する。
- 戦いそのものが記録されているか:長平の戦いや合従軍の侵攻は史実だが、蛇甘平原や黒羊丘の戦いは漫画独自の戦闘。
- 出来事の年代が一致するか:実在した事件でも、漫画では物語の都合に合わせて発生時期や順序が変更される場合がある。
この3つを分けて考えると、『キングダム』を歴史漫画として楽しむ視点と、史実を学ぶ視点を両立できます。
【秦の中華統一までの経緯】戦国七雄が滅亡した順番を解説
嬴政が目指した中華統一は、一度の大勝利で完成したものではありません。秦は軍事力と外交力を組み合わせながら、六カ国を順番に制圧していきました。
戦国七雄の滅亡順は、韓・趙・魏・楚・燕・斉です。
1番目:韓の滅亡(紀元前230年)
最初に滅亡したのは韓です。
韓は秦と地理的に隣接しており、秦の東方への進出を考えるうえで重要な位置にありました。秦は韓を制圧することで、東方への軍事行動を進めやすくしました。
漫画でも韓攻略は秦の統一戦略における大きな節目として描かれています。
2番目:趙の滅亡(紀元前228年)
趙は李牧や廉頗などの名将を輩出した国です。秦にとっては、軍事面で最も厄介な相手の一つでした。
紀元前229年に始まる趙完全攻略戦では、王翦を中心とする秦軍が李牧らの防衛網と対峙します。
史実では、趙王が李牧を処刑したことが趙の防衛力低下につながりました。翌紀元前228年、秦は邯鄲を攻略し、趙王を捕らえます。
なお、趙の残存勢力はその後も抵抗し、紀元前222年に代の勢力も制圧されます。
3番目:魏の滅亡(紀元前225年)
魏の攻略では、王賁が大きな役割を果たしました。
秦軍は魏の都・大梁を水攻めによって追い込み、魏王を降伏させます。強固な城を正面から攻めるだけでなく、地形や水利を利用した戦略が勝敗を分けました。
4番目:楚の滅亡(紀元前223年)
楚は広大な領土と大きな軍事力を持つ国であり、秦にとって最後まで油断できない相手でした。
史実では、李信が20万の兵を率いて楚を攻めましたが、項燕の反撃によって大敗します。
その後、王翦が60万の兵を率いて再び楚に侵攻し、最終的に楚を滅ぼしました。
このエピソードは、信のモデルとなった李信が歴史上どのような将軍だったのかを知るうえで重要です。漫画で信が天下の大将軍を目指す姿と、史実の李信の成功と失敗を重ねて読むと、作品の先にある歴史の展開にも興味が湧きます。
5番目:燕の滅亡(紀元前222年)
燕は秦に対抗するため、荊軻による嬴政暗殺計画を実行しました。しかし暗殺は失敗し、秦は燕への攻撃を強めます。
秦軍の攻撃を受けた燕は、紀元前222年に滅亡しました。
6番目:斉の滅亡(紀元前221年)
最後に滅亡したのが斉です。
秦は他の六カ国を制圧した後、斉へ進軍しました。斉は十分な軍事的抵抗を行えないまま降伏し、紀元前221年に秦による中華統一が完成します。
嬴政は新たな君主の称号として「皇帝」を採用し、自らを始皇帝と称しました。ここで秦王としての時代から、皇帝による統一王朝の時代へと移行します。
【2026年最新】キングダムの現在地は紀元前229年!最新刊80巻の展開
著者:原泰久/集英社
発売日:2026年8月19日
作中年代:紀元前229年
趙完全攻略戦を収録。李牧の防衛網と秦軍の攻防が中心となる。
2026年11月6日時点で、集英社から発売されている最新の単行本は80巻です。81巻は2026年11月18日発売予定と案内されています。
80巻の舞台は紀元前229年。物語は趙完全攻略戦の真っただ中にあります。
集英社の公式紹介では、李牧が仕掛ける秦軍への挟撃策と、それを阻止しようとする玉鳳軍の動きが描かれています。また、飛信隊は中華十弓・青華雲を討ち取った後、蒙恬の楽華軍、羌瘣の軍と連携した三軍攻撃に乗り出します。
つまり、2026年の作中の現在地は、韓攻略を終えた秦が趙の完全制圧を目指す段階です。史実上では、秦が趙の都・邯鄲を攻略する紀元前228年が目前に迫っています。
ただし、単行本の収録範囲と週刊連載の最新掲載範囲は同じではありません。ここでは発売済みの単行本を基準に現在地を整理しています。
今後の歴史で注目したい5つのポイント
史実の年表を踏まえると、これからの物語では次の出来事が重要になります。
- 趙の完全攻略:李牧と司馬尚を中心とする趙の防衛を秦が突破できるか。
- 王翦の軍略:趙攻略から燕・楚攻略へと続く秦の軍事戦略。
- 李信の成長:史実では楚攻略で大敗を経験する将軍が、作品でどのように描かれるか。
- 楚との決戦:項燕が率いる楚軍と秦軍の戦い。
- 中華統一:紀元前221年の斉攻略と、嬴政が始皇帝となる瞬間。
史実を知っている読者にとっては、結果が分かっている戦いであっても、誰がどのような選択をするのかが大きな見どころです。歴史の結末と、漫画が描く人物の感情や人間関係を重ねて読むことができます。
【キングダム年表】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:キングダムの物語は何年から始まりますか?
A1:紀元前245年ごろです。信と漂が登場し、秦王・嬴政との運命的な出会いから物語が動き始めます。
Q2:嬴政が秦王に即位したのは何年ですか?
A2:紀元前246年です。13歳で即位し、当初は呂不韋ら重臣が政治を主導しました。
Q3:キングダムの中華統一は何年ですか?
A3:史実では紀元前221年です。秦が最後に斉を滅ぼし、嬴政が始皇帝を称しました。
Q4:戦国七雄が滅亡した順番は?
A4:韓、趙、魏、楚、燕、斉の順番です。韓が紀元前230年に最初に滅び、斉が紀元前221年に最後に滅びました。
Q5:合従軍編は史実にあった出来事ですか?
A5:はい。紀元前241年に複数の国が連合して秦を攻めた記録が『史記』に残っています。ただし、漫画の参加国や戦闘の詳細には脚色があります。
Q6:黒羊丘の戦いは史実ですか?
A6:いいえ。黒羊丘という戦場や戦いそのものは漫画独自の創作です。ただし、桓齮と趙の戦いには史実上の背景があります。
Q7:信のモデルである李信は実在しましたか?
A7:実在しました。秦の将軍として燕攻略や楚攻略に参加した人物です。特に楚攻略では20万の兵を率いましたが、項燕の軍に敗れています。
Q8:王騎は史実上の人物ですか?
A8:『史記』には王齮という秦の将軍が登場します。王騎との関係には名前や史料の表記をめぐる議論がありますが、漫画で描かれる人物像や馬陽での最期が史実に記録されているわけではありません。
Q9:2026年現在、キングダムは何巻まで発売されていますか?
A9:2026年11月6日時点では80巻まで発売されています。81巻は2026年11月18日発売予定です。80巻の作中年代は紀元前229年で、趙完全攻略戦が描かれています。
Q10:長平の戦いはキングダムの物語より前ですか?
A10:はい。紀元前260年に起きた戦いで、物語が始まる紀元前245年ごろより約15年前です。秦の白起が趙軍を破り、趙の軍事力に大きな打撃を与えました。
まとめ:キングダム年表は史実と作中の違いを押さえるとさらに面白い
『キングダム』の物語は、紀元前245年ごろの信と嬴政の出会いから始まり、紀元前221年の秦による中華統一へとつながる壮大な歴史ドラマです。
年表を理解するうえで特に重要なのは、嬴政の即位が紀元前246年、合従軍の侵攻が紀元前241年、韓の滅亡が紀元前230年、そして最終的な中華統一が紀元前221年という歴史上の節目です。
また、信(李信)、嬴政、呂不韋、李牧、王騎などの人物についても、実在した人物と創作上の人物像を区別することで、物語の奥行きが深まります。
特に2026年の最新刊80巻では、物語は紀元前229年の趙完全攻略戦まで進んでいます。史実では趙の滅亡まであと1年、秦の中華統一まであと8年という重要な局面です。
これから読む際には、単に勝敗を追うだけでなく、史実で知られる結果に対して、信や嬴政、王翦、李牧たちがどのような道筋をたどるのかにも注目してみてください。歴史の大きな流れと登場人物の選択を重ねることで、『キングダム』をより深く楽しめます。 (出典: キングダム 年 表(Yahoo!ニュース))