ヘキサゴン松岡卓弥の現在は?サーターアンダギー解散からMATSURI再デビューまで徹底解説
2026年11月現在、かつて『クイズ!ヘキサゴンII』から誕生したサーターアンダギーのメンバーとして知られた松岡卓弥は、秋元康プロデュースの6人組歌謡グループ「MATSURI」のメンバーとして活動している。1989年8月1日生まれで、現在37歳。2026年には日本テレビ系ドラマ『10回切って倒れない木はない』で連続ドラマ初出演を果たし、音楽活動に加えて俳優としても新しい一歩を踏み出した。
2009年のヘキサゴンオーディションでグランプリを獲得し、2010年にサーターアンダギーとしてデビュー。その後、2013年の解散、ソロ歌手としての活動、突発性難聴の可能性を伴う耳の不調による活動休止など、決して平坦ではない道を歩んできた。2023年には秋元康プロデュースのオーディションに挑戦し、MATSURIのメンバーに選出。2025年に再デビューを果たしている。2026年の最新活動まで、松岡卓弥の16年以上にわたる芸能人生を時系列で整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在: 2026年11月現在、秋元康プロデュースのMATSURIで歌手活動を続け、テレビ出演や俳優業にも挑戦している。
- 転機: サーターアンダギー解散後のソロ活動、2023年の耳の不調による活動休止を経て、再び大規模オーディションに挑戦した。
- 最新情報: 2026年10月14日にMATSURIの3rdシングル「恋の中央線」を発売。ドラマ初出演や全国ツアーなど、活動の幅を広げている。
【現在】松岡卓弥は何をしている?2026年はMATSURIと俳優業で活躍
松岡卓弥の現在を一言で表すなら、歌手として再び大きな舞台に立ち、俳優としても新しいキャリアを築いている段階だ。
現在の活動の中心は、秋元康がプロデュースする昭和歌謡・昭和ポップスを現代に届ける6人組グループ「MATSURI」。渡辺真、橋爪健二、小野寺翼、松岡卓弥、鈴木渉、柳田優樹の6人で構成されている。
2026年10月に3rdシングル「恋の中央線」をリリース
2026年の大きな動きとして注目されるのが、MATSURIの3rdシングル「恋の中央線」だ。
同作は2026年10月14日に発売された。秋元康プロデュースのグループらしい親しみやすさと、昭和歌謡を現代的に表現する音楽性を打ち出した作品である。
さらに、JR東日本八王子事業本部とのタイアップも実現。中央線の15駅を対象にしたデジタルスタンプラリーや、駅構内での特別放送などが展開されている。単なるCD発売にとどまらず、鉄道と音楽を組み合わせた地域連動型の企画に発展した点も特徴だ。
MATSURIの2ndコンサートツアーも開催
2026年8月から12月にかけては「MATSURI 2nd コンサートツアー ~歌う門には福来る~」を開催。愛知、宮城、山梨、兵庫、岡山、群馬、大阪、福島、福岡、東京を巡る全国規模のツアーとなっている。
11月6日には大阪のZepp Osaka Bayside公演が予定されており、その後も11月23日の福島公演、11月29日の福岡公演、12月6日のZepp DiverCity(TOKYO)公演が控えている。
2026年はテレビの個人出演も増加
松岡はグループ活動だけでなく、個人でのメディア出演にも取り組んでいる。
2026年10月25日には、テレビ朝日系『ポツンと一軒家』への出演がMATSURI公式サイトから告知された。また、8月5日には「コブクロ JUKE BOX reading musical“FAMILY”vol.3」に出演している。
こうした活動からも、現在の松岡卓弥は、かつてのバラエティー番組発の歌手という枠にとどまらず、歌唱、舞台、テレビ出演を横断するタレント・俳優として活動領域を広げていることが分かる。

【原点】松岡卓弥とヘキサゴンの関係とは?2009年のオーディションで人生が変わった
松岡卓弥が芸能界で広く知られるようになったきっかけは、フジテレビ系の人気番組『クイズ!ヘキサゴンII』だった。
1989年8月1日、兵庫県に生まれた松岡は、もともと歌手を目指してさまざまなオーディションに挑戦していた。大きな転機となったのが、2009年に開催された「ヘキサゴンで歌いたい人オーディション2009」である。
応募総数1万1354人の中からグランプリを獲得
このオーディションは、『クイズ!ヘキサゴンII』から新しい歌手を発掘する企画として実施された。
オリコンの2010年の報道によると、松岡は応募総数1万1354人の中からグランプリを獲得。一般応募者から芸能界への道を切り開いた。
その後、山田親太朗、森公平とともに3人組ユニット「サーターアンダギー」を結成することになる。
2010年2月にサーターアンダギーとしてデビュー
2010年2月10日、サーターアンダギーはシングル「ヤンバルクイナが飛んだ」でCDデビューした。
山田親太朗は沖縄をイメージした楽曲の中心的存在となり、森公平は新選組リアンでも活動していたメンバー。そして松岡は、ヘキサゴンオーディション2009のグランプリという経歴を持つ最年少メンバーだった。
番組内では歌唱パフォーマンスだけでなく、クイズの解答者としても出演。親しみやすいキャラクターが受け入れられ、グループの知名度とともに松岡個人の認知度も上がっていった。
フジテレビの番組出演者情報にも、松岡卓弥(サーターアンダギー)の名前が掲載されている。ヘキサゴンファミリーの一員として、番組と音楽活動の両面で存在感を示していた。
【経歴年表】ヘキサゴンからMATSURIまで、松岡卓弥の転機を総整理
松岡卓弥のキャリアは、大きく分けると「ヘキサゴン時代」「ソロ活動時代」「活動休止と再挑戦」「MATSURI時代」の4段階に整理できる。
それぞれの時期に所属したグループや活動形態、本人にとっての意味をまとめた。
| 時期 | 出来事・作品 | 関係・意味 |
|---|---|---|
| 2009年 | ヘキサゴンで歌いたい人オーディション2009 | 応募総数1万1354人からグランプリを獲得 |
| 2010年2月 | サーターアンダギー結成・デビュー | 「ヤンバルクイナが飛んだ」で歌手デビュー |
| 2011年9月 | クイズ!ヘキサゴンII終了 | グループを支えた番組の後ろ盾を失う |
| 2012年12月 | サーターアンダギー解散決定 | 年間CD出荷目標の未達が直接の決定要因 |
| 2013年2月 | サーターアンダギー最終ライブ | グループ活動終了 |
| 2013年5月 | ソロアルバム「SECOND DEPARTURE」 | ソロ歌手として再出発 |
| 2023年2月 | 耳の不調による活動休止を発表 | 治療を優先するため歌手活動を一時休止 |
| 2023年 | 夢をあきらめるな!男性グループオーディション | MATSURIのメンバーに選出 |
| 2025年1月 | 「アヴァンチュール中目黒」発売 | MATSURIとしてメジャーデビュー |
| 2026年 | ドラマ出演・3rdシングル発売・全国ツアー | 音楽と俳優業の両面で活動を拡大 |
【解散の真相】サーターアンダギーはなぜ解散した?番組終了との関係
松岡卓弥の過去を振り返る際、避けて通れないのがサーターアンダギーの解散だ。
同グループは2012年12月15日、翌2013年2月をもって解散することを発表した。突然の発表にファンだけでなくメンバーも驚いたと、当時の日刊スポーツなどが報じている。
解散の直接的な理由は4つの年間目標のうち1つが未達だったこと
実は、サーターアンダギーは2012年に4つの年間目標を掲げていた。それは、目標を達成できなければ解散するという公約付きの挑戦だった。
日刊スポーツが報じた実績は次のとおりだ。
- ライブ総動員数:目標1万人に対して1万324人
- イベント総動員数:目標3万人に対して3万5545人
- 配信総数:目標5万ダウンロードに対して6万5546ダウンロード
- CD総出荷枚数:目標10万枚に対して8万2173枚
注目すべきは、4項目のうち3項目は目標を達成していたことだ。しかし、CD総出荷枚数だけが目標に届かなかったため、公約どおり解散が決定した。
つまり、サーターアンダギーの解散は単純に人気がなくなったからでも、メンバー同士の不仲が原因だったわけでもない。公表された解散の直接的な理由は、設定していた年間目標の未達成だった。
ヘキサゴン終了がグループに与えた影響
もう一つ見逃せないのが、2011年9月の『クイズ!ヘキサゴンII』終了である。
2026年のENCOUNTのインタビューで松岡は、サーターアンダギーはヘキサゴンという後ろ盾があって成立していたユニットだったと振り返っている。番組終了後、グループとしての活動も長くは続かなかったという。
これは解散の公式な決定理由とは区別して考える必要がある。番組終了はグループの活動基盤やファンとの接点に影響を与えた一方、2012年の解散決定にはCD出荷目標の未達という明確な経緯が存在する。
2013年2月24日にラストライブを開催
サーターアンダギーは2013年2月20日にベストアルバムを発売し、同月24日にラストライブを開催した。
約3年間にわたるグループ活動はここで終了。山田親太朗、森公平、松岡卓弥は、それぞれ異なる道を歩み始めることになった。
松岡にとっては、テレビ番組をきっかけに獲得した知名度を、今度は自分自身の名前と実力で維持していかなければならない新しい段階の始まりだった。
【ソロ活動と活動休止】松岡卓弥を襲った突発性難聴の可能性と苦難
サーターアンダギー解散後、松岡卓弥はソロ歌手として活動を開始した。
2013年5月に「SECOND DEPARTURE」でソロデビュー
2013年5月15日、ファーストソロアルバム「SECOND DEPARTURE」を発売した。
タイトルには、グループ活動を終えた後の新しい出発という意味が込められている。収録曲には「スタートライン」「茜色」「瞬間」「月の剣」などが並び、松岡自身の歌声と音楽性を前面に出した作品となった。
同年11月には2ndソロアルバム「You & I」も発売。2014年以降はボーカルユニット・コタクラでも活動するなど、音楽活動を継続していた。
ソロ活動では観客が5人という厳しい時期も
ソロになってからの道のりは、決して順調ではなかった。
2026年7月のENCOUNTのインタビューで松岡は、ヘキサゴンという番組の看板を含めて応援していたファンが、ソロになった自分から離れていった経験を明かしている。
毎週ライブを開催しても、観客が5人ほどという状況が珍しくなかったという。グループ時代は寮生活だったが、独立後は家賃を支払う余裕もなくなり、キャリーケースを持って友人宅を転々とする生活が約半年続いたと振り返っている。
それでもアルバイトには頼らず、芸能活動を続けてきたというエピソードからは、歌手としての仕事にかける思いの強さが伝わる。
2023年に活動休止を発表した理由は耳の不調
松岡にとって大きな転機となったのが、2023年の活動休止発表だった。
2023年2月、本人はオフィシャルブログで、前年から続いていた耳の不調を悪化させないため、治療に専念すると発表。2023年4月から歌手活動を一時休止し、同年3月末には約5年間所属したMプロダクションを退所することも報告した。
本人の説明によると、症状は左耳が聞こえにくくなることや、長く続く耳鳴りなど。ステージ上で歌う際にも影響が出ることがあったという。
特に重要なのは、医師による検査を受けたものの原因は特定されず、重症ではないものの突発性難聴の可能性があると説明されたという点だ。
後年のENCOUNTのインタビューでは、この活動休止について突発性難聴によるものと紹介されている。ただし、本人の2023年の発表では、確定診断ではなく可能性として説明されていた。
活動休止は引退を意味するものではなかった。本人はブログで、歌うことやステージに立つことが嫌いになったわけではないと説明し、SNSでの発信も続ける意向を示していた。
当初は引退も考えたものの、歌が好きな気持ちやファンの存在が踏みとどまる理由になったという。
その後、治療を優先しながら次のチャンスを探すことになる。この休止期間が、後にMATSURIへの加入につながっていく。

【再デビュー】秋元康プロデュースのMATSURIに松岡卓弥が加入した経緯
2023年、松岡卓弥は再び大きなオーディションに挑戦する。
それが、秋元康がプロデュースする「夢をあきらめるな!男性グループオーディション」だった。
応募条件25歳以上という異例のオーディション
このオーディションは、一般的な若年層中心の男性アイドルオーディションとは異なり、25歳以上を応募条件とした企画だった。
2023年7月のFRIDAYデジタルの報道によると、応募者は3000人以上。最終候補者12人が発表され、松岡もその一人に選ばれた。
芸能活動の経験者や、別の仕事を経験してきた人など、さまざまな経歴を持つ参加者が集まった点も特徴だった。
「これがダメだったら地元に帰る」という覚悟
2026年7月のENCOUNTのインタビューで松岡は、当時のオーディションについて率直に語っている。
33歳になり、応募できるオーディションも少なくなっていた時期に、25歳以上という応募条件を見つけたという。
本人は、この挑戦が失敗したらSNSをすべて消して引退しようと決めていたと明かした。選考の場でも、地元に帰る覚悟で来たことを伝えていたという。
最終審査には秋元康もサプライズで登場。松岡は生歌唱を披露し、その後、合格者12人の一人に選ばれた。
この12人を中心に、SHOW-WAとMATSURIという2つのグループがスタート。松岡はMATSURIのメンバーとして新しい活動を始めることになった。
2025年1月22日に「アヴァンチュール中目黒」でデビュー
MATSURIは昭和歌謡や昭和ポップスを現代にリバイバルすることをコンセプトに掲げている。
グループとしての活動を重ねた後、2025年1月22日にデビューシングル「アヴァンチュール中目黒」を発売した。
発売元のエイベックスによると、同作には表題曲のほか、「今さらカッコつけてられねえ」やSHOW-WAとの合同曲「汚れちまった涙」などを収録。テレビ番組『ぽかぽか』のエンディングや全国のイオンモールツアーなどで披露してきた楽曲も収められている。
さらに、MATSURIはSHOW-WAとともに第67回日本レコード大賞の新人賞を受賞した。これは2025年12月に発表された実績であり、最優秀新人賞とは別の賞区分である。
松岡卓弥にとってMATSURIは3度目のデビュー
松岡のキャリアを振り返ると、サーターアンダギーでのデビュー、ソロ歌手としての再出発、そしてMATSURIでの再デビューという3つの節目がある。
本人もENCOUNTの取材で、MATSURIのメンバーはそれぞれ異なる経歴や挫折を経験してきた仲間だと説明している。
また、MATSURIでの個人活動については、演技を磨いてグループに貢献したいという考えも示している。将来的にはドラマで主演を務め、その作品の主題歌をMATSURIが担当することが夢だという。
かつては番組の看板に支えられていた歌手活動だったが、現在は個々の経験や能力を持ち寄るグループの一員として、新しい価値を生み出そうとしている。
【プロの結論】松岡卓弥のキャリアから見える3つの重要な転換点
松岡卓弥の芸能人生を振り返ると、単純な成功と失敗の繰り返しではなく、活動の土台を何度も作り直してきたキャリアであることが分かる。
1. ヘキサゴンという番組ブランドから個人の実力へ
サーターアンダギー時代の松岡は、人気番組の企画から生まれたグループの一員として認知度を獲得した。しかし番組終了後、その知名度を個人の活動に結び付けることは容易ではなかった。
これはテレビ番組発のアーティストに共通する課題でもある。番組の視聴者が必ずしも個人の音楽活動まで追い続けるとは限らないからだ。
松岡がソロ活動で経験した観客動員の減少は、知名度と固定ファンの獲得が別の課題であることを示している。
2. 活動休止は引退ではなく、活動を続けるための選択だった
2023年の活動休止については、単に仕事がなくなったからという説明では正確ではない。本人が公表した理由は、耳の不調を悪化させないために治療を優先することだった。
歌手にとって聴覚は、音程やリズムを把握し、ステージでパフォーマンスするうえで大切な要素だ。健康面を優先して一度立ち止まる判断には、長く活動を続けるための意味があった。
また、本人が当時から引退を最終決断しなかったことも、その後の再挑戦につながる重要なポイントだ。
3. MATSURIでは個人の経験がグループの強みになる
MATSURIは、25歳以上を対象にしたオーディションから誕生したグループであり、メンバーそれぞれが異なる人生経験を持っている。
松岡にはヘキサゴン時代のテレビ出演、サーターアンダギーでの音楽活動、ソロ歌手としての経験、そして舞台やドラマへの挑戦という積み重ねがある。
2026年のドラマ初出演は、その経験を新しい分野に生かす機会となった。個人の知名度を高めるだけでなく、俳優業を通じてMATSURIを知る人を増やすという相乗効果も期待できる。
松岡自身が個人活動をグループへの貢献につなげたいと語っていることからも、現在の活動方針は明確だ。
なお、松岡の近況を確認する際は、次の3点を区別すると情報を整理しやすい。
- グループ活動:MATSURIの公式サイトに掲載されるリリース情報やライブ日程。
- 個人活動:テレビ出演、ドラマ、朗読劇などの出演情報。
- 健康情報:本人が発表した耳の不調や治療に関する内容と、後年の報道による説明。
特に健康面については、2023年の本人発表にある「突発性難聴の可能性」と、その後の報道上の表現を混同しないことが大切だ。現在の具体的な聴力や治療状況について、新たな本人発表がない限り、回復した、あるいは完治したと断定することはできない。
ヘキサゴン松岡卓弥の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松岡卓弥は2026年現在、何をしている?
A1:秋元康プロデュースの6人組グループMATSURIのメンバーとして活動している。2026年10月14日には3rdシングル「恋の中央線」を発売し、全国ツアーやテレビ出演、俳優業にも取り組んでいる。
Q2:サーターアンダギーが解散した理由は?
A2:2012年に掲げた4つの年間目標のうち、CD総出荷枚数10万枚を達成できなかったことが直接の理由。実績は8万2173枚で、2012年12月に解散が決定し、2013年2月24日のラストライブをもって活動を終了した。
Q3:松岡卓弥は突発性難聴で引退したの?
A3:引退はしていない。2023年に耳の不調を理由として歌手活動を一時休止した。本人の当時の発表では、医師から突発性難聴の可能性を指摘されたものの原因は特定されていなかった。その後、2023年のオーディションを経てMATSURIに加入し、2025年に再デビューしている。
まとめ:松岡卓弥はヘキサゴンからMATSURIへ、2026年も新たな挑戦を続ける
松岡卓弥は、2009年のヘキサゴンオーディションでグランプリを獲得して以来、16年以上にわたり音楽と芸能の世界で活動してきた。
2010年のサーターアンダギーデビュー、2013年の解散とソロ活動、2023年の耳の不調による活動休止。そして秋元康プロデュースのMATSURIへの加入と2025年の再デビュー。華やかなテレビ出演の裏側には、知名度の低下や生活面の苦労、健康上の問題など、さまざまな転機があった。
2026年はMATSURIの3rdシングル「恋の中央線」の発売、全国ツアー、ドラマ『10回切って倒れない木はない』への初出演など、活動の幅がさらに広がった年でもある。
本人は今後の目標として朝ドラ出演やドラマ主演、そしてMATSURIによる作品主題歌の担当を掲げている。
かつて『クイズ!ヘキサゴンII』で親しまれた松岡卓弥は、懐かしい元メンバーというだけの存在ではない。過去の経験を糧に、37歳となった2026年も歌手・俳優として新しいキャリアを築いている。これからのMATSURIでの活動と、個人としての俳優業の両方に注目したい。
主な確認資料: フジテレビ、オリコン、日刊スポーツ、松岡卓弥本人の公式ブログ、ENCOUNT、MANTANWEB、FRIDAYデジタル、エイベックス、JR東日本、日本作曲家協会の公表情報・報道。
(出典: ヘキサゴン 松岡 卓弥(Yahoo!ニュース))