垣永真之介の現在は?2026年引退の理由・妻や子供、ラグビー経歴を徹底解説
ラグビー元日本代表の垣永真之介さんは、東福岡高校、早稲田大学を経て、東京サントリーサンゴリアスで12シーズンにわたり活躍したプロップです。2026年5月10日、所属チームから2025-26シーズン限りでの現役引退が発表され、6月にプロラグビー選手としてのキャリアに幕を下ろしました。日本代表としては12キャップを記録し、2023年のラグビーワールドカップ・フランス大会にも選出されています。
一方、プライベートでは2016年に結婚し、2018年には子供が誕生しています。引退を決めた理由や妻との関係、引退後の仕事、現在の活動についても関心が集まっています。2026年11月現在の公表情報をもとに、垣永真之介さんのプロフィールから競技人生の転換点、家族、セカンドキャリアまで詳しく整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現役引退:2026年5月10日に発表され、2025-26シーズンをもって12年間所属した東京サントリーサンゴリアスを離れた。
- 引退理由:本人は取材で「心身ともに」限界を感じていたと説明。現役時代には複数回の手術も経験している。
- プロフィール:1991年12月19日生まれ。身長180cm、体重115kg。ポジションはプロップ。
- 日本代表:通算12キャップを記録し、2023年ワールドカップの日本代表メンバーに選出された。
- 家族:2016年に結婚。2018年に第1子となる息子が誕生している。
- 引退後:社員選手としての会社員生活に加え、アパレルブランド「Scrum Time」を通じたラグビー支援にも取り組んでいる。
【2026年最新】垣永真之介の現在は?5月の引退発表から6月の現役生活終了まで
垣永真之介さんは、2026年11月現在、現役ラグビー選手ではありません。2025-26シーズンを最後に競技生活を終え、東京サントリーサンゴリアスでの12年間にわたる選手生活を締めくくりました。
引退が公になったのは2026年5月10日です。東京サントリーサンゴリアスは同日、垣永選手が今シーズンをもって現役を引退すると公式発表しました。
この発表は、リーグワン2025-26シーズンのレギュラーシーズン最終節、リコーブラックラムズ東京戦後のセレモニーで行われました。垣永さんは当初から引退が発表されていた選手ではなく、この日に自ら引退を報告したことでも注目を集めました。
セレモニーでは、引退を伝えるだけでなく、歌手・山口百恵さんのラストコンサートを思わせる演出も披露。代表曲「さよならの向こう側」を歌い、最後にはマイクを置いてステージを去るパフォーマンスで会場を沸かせました。
その後、2026年6月6日のリーグワン・プレーオフ3位決定戦を経て、競技生活に区切りをつけています。6月15日にはクラブから正式な引退選手として改めて公表されました。
垣永さんが12年間在籍したのは、サントリーサンゴリアスとして知られる伝統あるチームです。2014年の加入から2026年まで、移籍することなく同じクラブでプレーを続けました。
引退後については、社員選手として入社していた経緯から、今後は会社員としての仕事に専念する方向が報じられています。サンゴリアスの運営や指導に引き続き関わるかどうかは、2026年6月時点では決まっていないと本人が説明しています。

【引退理由】垣永真之介はなぜ2026年に引退した?本人が語った決断の背景
垣永真之介さんの引退理由を考えるうえで重要なのは、2026年5月の発表後に行われた報道陣への説明です。
ラグビー専門メディア「ラグビーリパブリック」の取材では、本人が引退を決めた時期や身体的・精神的な負担について語っています。
本人によると、引退を決断する約2か月前に、自らチームへ退く意思を伝えていたとのことです。決断の理由については、次のように説明しています。
「もう限界です。心身ともに」
この言葉からは、単に年齢や競技年数だけで決めた引退ではなく、長い競技生活を通じて蓄積した心身の負担が大きかったことがうかがえます。
現役時代に経験した度重なる負傷と手術
垣永さんは、強靱な体格を生かしてスクラムの最前線で戦ってきた一方、現役生活では負傷にも悩まされました。
2026年6月のTHE ANSWERによる引退特集では、現役時代に受けた手術が合計8回に及んだことが紹介されています。2023年ワールドカップ後には首や腰の手術も経験していました。
また、2025年3月16日のリーグワン第11節で負傷し、東京サントリーサンゴリアスが同年4月8日に長期離脱を発表しています。本人も手術を受けたことを明かし、復帰までチームの練習に参加できない状況を報告していました。
プロップは、相手選手と正面から組み合うスクラムを支えるポジションです。身体への負荷が大きく、長年にわたって高い強度の試合を続けるには、日々のコンディション管理も欠かせません。
ただし、特定の負傷だけが引退の直接原因だったとする公式発表はありません。本人が語った「心身ともに限界」という説明と、これまでの負傷歴を合わせて考える必要があります。
他チームへの移籍ではなく、競技生活そのものに区切り
もう一つ注目したいのが、垣永さんが他チームへの移籍を選ばなかったことです。
THE ANSWERのインタビューでは、引退を決める際に別のチームで現役を続ける選択肢は考えていなかったと紹介されています。
2014年の入団以来、12年間をサンゴリアス一筋で過ごした垣永さんにとって、競技生活を終える場所もまた、長年所属したクラブでした。
引退セレモニーで見せた明るい演出とは対照的に、その決断には長年の身体的負担と競技人生への向き合い方が反映されていたと考えられます。
【経歴・年表】東福岡高校から早稲田大学、東京サントリーサンゴリアスへ
垣永真之介さんのラグビー人生を振り返ると、学生時代から社会人まで、一貫してプロップとして実績を積み上げてきたことが分かります。
特に東福岡高校と早稲田大学では主将を経験。選手としての能力だけでなく、チームをまとめるリーダーシップも評価されてきました。
東福岡高校時代は花園で2度の全国優勝
垣永さんが進学した東福岡高校は、全国高校ラグビー大会の優勝経験を持つ強豪校です。
森永エンゼルカレッジのプロフィールによると、高校時代には花園に3度出場し、そのうち2度の全国優勝を経験しています。2009年度には高校日本代表にも選出されました。
高校3年時には主将としてチームをけん引。全国大会で結果を残したことが、大学ラグビーの名門・早稲田大学への進学につながっていきます。
早稲田大学では第96代主将に就任
早稲田大学進学後も、垣永さんはプロップとして活躍しました。
2013年度にはラグビー蹴球部の第96代主将に就任。早稲田大学ラグビー蹴球部の公式記録にも、東福岡高校出身の垣永さんが新主将に選ばれたことが掲載されています。
大学選手権では準優勝に貢献。高校時代に続き、大学でも主将としてチームを率いた経験は、後の社会人ラグビーでも生きる財産になりました。
2014年にサントリーへ加入、12年間同じチームでプレー
大学卒業後の2014年4月、垣永さんはサントリーサンゴリアスに加入します。
日本代表としても同年にテストマッチデビューを果たし、国内外で経験を積み重ねました。2021年にはバーバリアンズにも選出されています。
トップリーグ時代からリーグワンへの移行を経験しながら、2026年まで同じクラブでプレーを継続。2025年1月には、旧トップリーグ時代を含むリーグ通算100キャップを達成したことも紹介されています。
主な経歴を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・ポイント |
|---|---|---|
| 幼稚園時代 | ラグビーを開始 | 幼稚園の先生に勧められたことがきっかけ |
| 高校時代 | 東福岡高校 | 花園3度出場、2度優勝、主将を経験 |
| 2009年度 | 高校日本代表 | 高校日本代表に選出 |
| 2013年度 | 早稲田大学 | 第96代主将、大学選手権準優勝に貢献 |
| 2014年 | サントリーサンゴリアス加入 | 社会人ラグビーでのキャリアを開始 |
| 2014年11月 | 日本代表 | テストマッチ出場 |
| 2015年 | ラグビーワールドカップ | 日本代表バックアップメンバーに選出 |
| 2023年 | ワールドカップ・フランス大会 | 日本代表登録メンバーに選出 |
| 2025年 | 東京サントリーサンゴリアス | リーグ通算100キャップを達成 |
| 2026年5月10日 | 現役引退を発表 | 2025-26シーズン限りで引退 |
| 2026年6月 | 現役生活終了 | 12シーズンの選手生活に幕 |
この年表から分かるのは、垣永さんが一時的な活躍で注目された選手ではなく、高校・大学・社会人という各段階で主将や代表選手を経験してきたことです。

【日本代表の実績】垣永真之介はワールドカップにも出場した?
垣永真之介さんは、日本代表として通算12キャップを記録した元日本代表プロップです。
初めて日本代表のテストマッチに出場したのは2014年11月のジョージア代表戦です。その後も代表活動を続け、2023年にはラグビーワールドカップ・フランス大会の日本代表登録メンバーに選ばれました。
2023年フランス大会では日本代表メンバー入り
2023年のワールドカップでは、日本ラグビーフットボール協会が発表した登録メンバーに垣永さんの名前が掲載されています。
ただし、代表メンバーに選出されたことと、大会の試合に出場したことは別です。東京都の家事・育児関連の公式インタビューでも、垣永さん自身がフランス大会では代表に選ばれたものの、試合には出場できなかったと振り返っています。
そのため、「2023年ワールドカップ日本代表メンバー」という表現は正しい一方、「フランス大会の試合に出場した」とする説明は正確ではありません。
プロップとしての持ち味はスクラムとフィールドプレー
垣永さんのポジションはPR、つまりプロップです。
プロップはフォワードの最前列に位置し、スクラムでチームを支える役割を担います。相手の最前列とぶつかり合うため、体格や筋力だけでなく、技術、判断力、チームメートとの連携も求められます。
日本ラグビーフットボール協会の選手プロフィールでは、垣永さんについてスクラムだけでなくフィールドプレーヤーとしての能力も評価されています。特にラックサイドからの突破や機動力が持ち味として紹介されています。
試合中に見せる雄叫びも特徴の一つでした。チームを盛り上げるムードメーカーとして、ファンからは「カッキー」の愛称で親しまれてきました。
【結婚・妻・子供】垣永真之介の家族構成は?2016年に結婚、2018年に第1子誕生
垣永真之介さんは既婚者です。結婚したのは2016年で、2018年には第1子となる息子が誕生しています。
この情報は、東京都が運営する「TEAM 家事・育児」の2023年12月7日公開インタビューで本人が語った内容に基づいています。
妻との結婚生活は2016年から
垣永さんは2016年に結婚。2023年のインタビューでは、結婚生活や夫婦関係について率直に語っています。
印象的なのは、アスリートの妻に対する考え方についての発言です。
アスリートの妻は夫を支えるものだという固定観念が自分にもあったと振り返り、最初は妻に対してそのような期待を押しつけてしまった部分があったと説明しています。
その後、自分の身体管理や日常生活のことは自分で責任を持つべきだと気づいたそうです。家事や育児についても夫婦で話し合いながら向き合ってきたことが紹介されています。
また、夫婦がお互いを名前で呼び合うことも明かしています。妻からは「真ちゃん」と呼ばれているそうです。
2018年に息子が誕生、子育てにも積極的に参加
2018年には第1子となる男の子が誕生しました。
2023年の東京都のインタビューでは、息子が当時5歳だったことや、電車、新幹線、ロボットなどが好きだったことを紹介しています。ヒーローごっこでは垣永さんが悪役を演じることもあるという、家庭での微笑ましいエピソードも語られていました。
さらに、子供が生まれて間もない時期には1~2週間の育児休業を取得したことも明かしています。
ラグビー選手として遠征や代表活動で家を空けることが多かった垣永さんにとって、家族との時間は大切なものでした。本人は、妻から家族がいるから大丈夫だという趣旨の言葉をかけられ、気持ちが軽くなった経験も紹介しています。
妻の名前や詳しいプロフィールは公表されている?
妻の氏名や職業など、詳しい個人プロフィールについては、広く確認できる公式情報は限られています。
一方、本人のインタビューを通じて、妻との関係や家庭での役割分担については具体的に語られています。家族の存在を大切にしながら競技生活を続けてきたことが伝わる内容です。
2026年の引退後についても、家族構成が変わったという公表情報はありません。確認できる範囲では、2016年に結婚し、2018年に息子が誕生したという家族情報が基本となります。

【引退後の現在】会社員としての仕事とアパレルブランド「Scrum Time」の活動
垣永真之介さんの引退後を考えるうえで注目したいのが、選手としての活動とは別に、現役時代から会社員としての立場を持っていたことです。
東京サントリーサンゴリアスの選手は、社員選手という雇用形態で活動するケースがあります。垣永さんも入社当初から社員契約だったと報じられており、引退後は会社の辞令に応じて社業に取り組むことになります。
2026年6月の報道では、引退後の具体的な配属先やサンゴリアスへの関与については決まっていないと説明されていました。
コーチへの転身は考えている?
長年プロップとしてプレーしてきた選手が引退後に指導者へ転身するケースはあります。しかし、垣永さんは引退後の指導者活動について、必ずしも積極的な姿勢を示していません。
ラグビーリパブリックの引退時の取材では、本格的なコーチにはなりたくないという趣旨の発言も紹介されています。
そのため、2026年11月現在、サンゴリアスのコーチや監督に就任したとする情報を事実として扱うことはできません。
2024年から展開するアパレルブランド「Scrum Time」
引退後の活動として注目したいのが、垣永さんが手がけるアパレルブランド「Scrum Time(スクラムタイム)」です。
THE ANSWERの2026年6月のインタビューによると、このブランドは2024年からTシャツやトレーナー、小物などの製作・販売を始めました。
立ち上げのきっかけになったのは、2021年に始めたラジオ活動でした。ラグビーを通じてファン同士がつながる様子を目の当たりにし、競技場の外でもラグビー好きが交流できる仕組みを作りたいと考えたことが背景にあります。
ブランドの理念は「ラグビーのうれしいをもっと日常に」。ラグビーを日常生活の中でも楽しめるようにすることを目指しています。
さらに、単なるファッション事業にとどまらない特徴があります。売り上げの一部を、部員不足や資金難に悩む高校ラグビー部やクラブチームなどへの支援に活用しているのです。
取材では、ラグビー用具を寄贈する活動や、地域のラグビースクールへのボールの提供なども紹介されました。
垣永さんは、引退後も可能な限りこの活動を続けていく意向を示しています。競技者としてプレーする立場から、ラグビーを支える立場へと活動の幅を広げている点は、セカンドキャリアを考えるうえでも興味深い部分です。
【プロの結論】垣永真之介の引退が示すものとは?競技人生から第二の人生へ
垣永真之介さんのキャリアを振り返ると、単に日本代表経験のある大型プロップという評価だけでは、その魅力を十分に説明できません。
東福岡高校で全国優勝を経験し、早稲田大学で主将を務め、社会人ではサントリーサンゴリアス一筋で12年間プレーしました。日本代表としてワールドカップのメンバーにも選ばれ、選手として長い時間をかけて実績を積み上げてきた人物です。
特に注目したいのは、引退後もラグビーとの接点を残そうとしていることです。
会社員としての仕事に加え、Scrum Timeを通じたファンとの交流や競技普及への支援は、選手としての経験を別の形で生かす取り組みです。
競技生活を終えたからといって、ラグビーとの関係まで終わるわけではありません。むしろ、プレーヤーとしての経験を土台に、競技を支える側へと役割を変えていく過程にあると見ることができます。
引退理由については、本人が語った心身の限界という言葉が重要です。複数回の手術や負傷を経験しながらもプレーを続け、最後までサンゴリアスの一員として戦ったことには、大きな意味があります。
今後注目したいのは、会社員としてどのような仕事を担当するのか、Scrum Timeの活動がどこまで広がるのか、そしてラグビー普及にどのような形で関わっていくのかという点です。
垣永真之介に関するよくある質問(FAQ)
Q1:垣永真之介は2026年に引退したのですか?
A1:はい。2026年5月10日に東京サントリーサンゴリアスが2025-26シーズン限りでの引退を発表しました。6月のシーズン終了をもって12年間の現役生活に区切りをつけています。
Q2:垣永真之介の引退理由は何ですか?
A2:本人は引退を決断した背景について、取材で「心身ともに」限界だったと説明しています。現役時代には合計8回の手術を経験したことも報じられています。
Q3:垣永真之介は結婚していますか?妻や子供はいますか?
A3:はい。2016年に結婚し、2018年には第1子となる息子が誕生しています。東京都の公式インタビューでは、妻との関係や子育てについて本人が語っています。
Q4:垣永真之介の身長・体重とポジションは?
A4:日本ラグビーフットボール協会などの選手プロフィールによると、身長180cm、体重115kgです。ポジションはPR(プロップ)で、スクラムの最前列を担当していました。
Q5:垣永真之介はワールドカップに出場しましたか?
A5:2023年のフランス大会で日本代表登録メンバーに選ばれています。ただし、本人のインタビューによると大会の試合には出場していません。日本代表の通算キャップ数は12です。
Q6:垣永真之介は引退後、コーチになったのですか?
A6:2026年11月現在、サンゴリアスのコーチや監督に就任したという公表情報は確認できません。引退後は会社員としての仕事に専念する方向が報じられており、本人は本格的なコーチになることには消極的な姿勢を示しています。
Q7:垣永真之介の現在の活動は何ですか?
A7:会社員としての仕事に加え、アパレルブランド「Scrum Time」を通じた活動が知られています。ブランドの収益の一部をラグビーの競技環境改善や用具支援に役立てる取り組みも行っています。
まとめ:垣永真之介は2026年に引退、今後は第二の人生へ
垣永真之介さんは、東福岡高校、早稲田大学を経て、2014年から2026年まで東京サントリーサンゴリアスでプレーした元日本代表プロップです。
2026年5月10日に現役引退を発表し、6月に12年間の競技生活を終えました。引退の背景には、本人が語った心身の限界や、長年の競技生活で経験した負傷と手術がありました。
プライベートでは2016年に結婚し、2018年には息子が誕生。家族との関係や育児についても、東京都の公式インタビューで率直に語っています。
引退後は会社員としての仕事に取り組む一方、Scrum Timeを通じてラグビーの魅力を広め、競技環境への支援を続ける姿勢も示しています。
高校・大学・日本代表・トップリーグ・リーグワンと、長年にわたってラグビーの第一線で活躍してきた垣永さん。現役選手としての姿は見られなくなりましたが、今後は競技を支える新しい立場でどのような活動を展開するのかにも注目が集まります。
2026年の引退はラグビー人生の終わりであると同時に、次のステージへの出発点でもあります。
主な根拠資料
- 東京サントリーサンゴリアス・2026年5月10日現役引退公式発表
- 日本ラグビーフットボール協会・選手プロフィール、2023年W杯登録メンバー
- 東京都「TEAM 家事・育児」2023年12月7日インタビュー
- 早稲田大学ラグビー蹴球部・2013年度主将発表
- THE ANSWER・2026年6月14日引退特集
- ラグビーリパブリック・2026年5月10日引退報道と本人取材
- ジャパンラグビー リーグワン・2025-26シーズン公式記録
(出典: 垣 永 真之介(Yahoo!ニュース))