凱旋門賞騎手の歴代成績を徹底解説!2026年ダリズ連覇と日本勢の挑戦全記録
凱旋門賞の歴代騎手には、世界最高峰の舞台で数々の名勝負を演じてきた名手が名を連ねている。2026年10月4日にフランスのパリロンシャン競馬場で開催された第105回凱旋門賞では、M.バルザローナ騎手が騎乗したダリズが優勝。前年に続く連覇を達成した。一方、日本勢は武豊騎手のメイショウタバルが14着、C.デムーロ騎手のアドマイヤテラが11着に終わり、日本馬初制覇は今回も持ち越しとなった。
日本人騎手の凱旋門賞挑戦を振り返ると、武豊騎手の通算12回の騎乗、蛯名正義元騎手が記録した2度の2着、そしてC.スミヨン騎手とオルフェーヴルが成し遂げた2年連続2着など、記憶に残る記録が並ぶ。歴代騎手の騎乗回数と成績、日本人騎手の最高着順、2026年の最新結果を整理すると、日本競馬が世界の頂点に挑み続けてきた歴史が見えてくる。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年の優勝騎手:M.バルザローナ騎手がダリズで優勝し、凱旋門賞を2年連続で制覇。
- 日本人騎手の記録:武豊騎手は通算12回の騎乗で最多級の挑戦回数を記録。蛯名正義元騎手は日本馬で2度の2着を達成した。
- 日本馬の最高成績:1999年エルコンドルパサー、2010年ナカヤマフェスタ、2012年・2013年オルフェーヴルの2着。2026年も日本馬の優勝はならなかった。
【2026年最新】凱旋門賞はM.バルザローナ騎手とダリズが連覇
2026年10月4日、フランスのパリロンシャン競馬場で行われた凱旋門賞は、M.バルザローナ騎手が騎乗したダリズが優勝した。
ダリズは2025年の凱旋門賞も制しており、今回で2連覇。勝ちタイムは2分27秒11で、馬場状態は稍重だった。牡馬による連覇は、1977年・1978年に優勝したアレッジド以来、48年ぶりの快挙となった。
JRAの公式レース結果による2026年の上位成績は次のとおり。
- 1着:ダリズ(M.バルザローナ)
- 2着:ベイシティローラー(O.マーフィー)
- 3着:ダイヤモンドネックレス(C.スミヨン)
- 11着:アドマイヤテラ(C.デムーロ)
- 14着:メイショウタバル(武豊)
注目したいのは、ダリズとバルザローナ騎手のコンビが2年続けて頂点に立ったことだ。バルザローナ騎手は2025年に初めて凱旋門賞を制し、2026年には連覇を達成。馬の能力を引き出す騎乗と、前年の経験を生かした大舞台での対応力が改めて注目された。
一方、日本から出走した2頭はともに上位争いに加われなかった。アドマイヤテラは好位から競馬を進めたものの11着。メイショウタバルは武豊騎手の判断で先手を取り、逃げる形でレースを進めたが14着だった。
レース後、武豊騎手はJRAを通じて、馬の状態や道中のリズムは良かったものの、最後の直線で反応がなかったと説明した。そのうえで、次のように悔しさと再挑戦への思いを語っている。
「すごく悔しいですけど、これを経験にして、また次トライしたいです。」
また、アドマイヤテラに騎乗したC.デムーロ騎手は、先行馬の後ろという理想的な位置を確保できた一方、ペースが遅く、最後は速い脚を求められる展開になったと振り返った。2026年の結果は、単純に騎手の技量だけでなく、展開や馬の適性も勝敗を左右することを示している。
これらの着順と騎手コメントは、JRAが公表した2026年凱旋門賞の公式レース結果に記録されている。

【歴代騎手ランキング】日本調教馬に騎乗した名手と成績一覧
凱旋門賞の騎手成績を比較するときは、騎乗回数と最高着順を分けて考える必要がある。特に、日本調教馬に騎乗した回数と、海外調教馬も含めた騎手本人の通算騎乗回数は同じ数字ではない。
2026年までの日本調教馬の出走履歴を騎手別に集計すると、騎乗回数では武豊騎手が最多。続いてC.ルメール騎手、蛯名正義元騎手、川田将雅騎手らが上位に位置する。
| 順位 | 騎手 | 日本調教馬への騎乗回数 | 日本馬での最高着順 | 代表的な騎乗馬 |
|---|---|---|---|---|
| 1位 | 武豊 | 7回 | 4着 | キズナ |
| 2位 | C.ルメール | 6回 | 4着 | スルーセブンシーズ |
| 3位 | 蛯名正義 | 4回 | 2着 | エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ |
| 3位 | 川田将雅 | 4回 | 6着 | ハープスター |
| 5位 | C.スミヨン | 3回 | 2着 | オルフェーヴル、キセキ |
※騎乗回数は日本調教馬への騎乗を対象とした集計。海外調教馬への騎乗は含まない。騎乗回数と最高着順は、2026年までの出走記録に基づく。
このランキングで特筆すべきなのは、武豊騎手が日本調教馬への騎乗回数で最多である一方、日本調教馬での最高着順は4着という点だ。海外調教馬も含めた通算成績では、2001年のサガシティーで3着に入っているため、集計対象によって最高着順が変わる。
また、蛯名正義元騎手は4回の騎乗で2度の2着を記録している。単純な騎乗回数では武豊騎手に及ばないものの、日本馬の最高成績という観点では歴代屈指の実績を残した。
なお、C.スミヨン騎手は日本人騎手ではないが、日本馬オルフェーヴルで2年連続2着を記録した重要な存在だ。日本馬の歴史を語るうえでは、国籍だけで騎手の実績を区切らず、どの馬に誰が騎乗したのかを見ることが欠かせない。
【日本人騎手の最高着順】蛯名正義の2着2回と武豊の3着記録
日本人騎手による凱旋門賞の最高成績を考える際、中心となるのが蛯名正義元騎手と武豊騎手だ。ただし、両者の記録には重要な違いがある。
蛯名正義はエルコンドルパサーとナカヤマフェスタで2着
蛯名正義元騎手は、1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタで、それぞれ凱旋門賞2着に入った。
1999年のエルコンドルパサーは、フランスに長期滞在して欧州競馬に適応したうえで本番に臨んだ。優勝したモンジューとの差はわずか半馬身。日本馬が世界最高峰の舞台で優勝に迫った歴史的なレースだった。
JRAの蛯名正義元騎手インタビューでも、エルコンドルパサーでのサンクルー大賞優勝と凱旋門賞2着は、自身にとって大きな意味を持つ経験として振り返られている。
2010年にはナカヤマフェスタとのコンビで再び2着を獲得。優勝馬ワークフォースに続く結果となり、蛯名騎手は異なる2頭で凱旋門賞の2着を経験した。
その後、2011年にもナカヤマフェスタに騎乗したが11着。2002年のマンハッタンカフェでは13着だった。JRA公式プロフィールによれば、蛯名元騎手の凱旋門賞騎乗は通算4回である。
武豊は2001年のサガシティーで3着
武豊騎手の凱旋門賞における最高着順は、2001年のサガシティーで記録した3着だ。
ここで押さえておきたいのは、サガシティーが日本調教馬ではなく、フランス調教馬だったという点である。武豊騎手の凱旋門賞最高着順は3着だが、日本調教馬に騎乗した場合の最高着順は、2013年のキズナによる4着となる。
日本人騎手の最高着順を整理すると、次のようになる。
- 日本人騎手が日本調教馬で記録した最高着順:2着
- 達成者:蛯名正義元騎手
- 代表的な馬:エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ
- 武豊騎手の通算最高着順:3着(2001年サガシティー)
- 武豊騎手の日本調教馬での最高着順:4着(2013年キズナ)
この違いは、騎手個人の実績と日本馬の歴史を正確に理解するうえで重要だ。海外調教馬への騎乗機会も含めると、日本人騎手が世界の舞台で積み重ねた経験は、国内の競馬ファンが想像する以上に幅広い。

【C.スミヨンとオルフェーヴル】2年連続2着が残した記録
日本馬の凱旋門賞挑戦を語るうえで欠かせないのが、2012年と2013年のオルフェーヴルだ。この2年間、騎乗したのはフランスのトップジョッキーであるC.スミヨン騎手だった。
2012年はソレミアに敗れて2着
2012年のオルフェーヴルは、直線で先頭に立ち、勝利を目前にするような競馬を見せた。しかし、最後にソレミアに差されて2着。日本馬初制覇への期待が大きかっただけに、その結果は多くの競馬ファンの記憶に残った。
この年のオルフェーヴルは、池江泰寿調教師の管理のもと、C.スミヨン騎手とのコンビでフランスの大舞台に挑んだ。勝利まであと一歩という内容だった。
2013年もトレヴの2着に終わる
翌2013年もオルフェーヴルはC.スミヨン騎手と参戦した。しかし、この年はトレヴが圧倒的なパフォーマンスで優勝し、オルフェーヴルは再び2着。日本馬として史上初の連覇制覇ではなく、2年連続の2着という記録が残った。
同じ2013年には、武豊騎手が騎乗したキズナも出走して4着に入っている。日本馬が複数参戦し、上位争いに加わった年としても重要な大会だった。
ここで誤解してはいけないのは、C.スミヨン騎手の2着2回は、日本人騎手による記録ではないということだ。日本調教馬の歴史的な好走を支えた外国人騎手の実績として位置づけるのが正確である。
JRAの歴代挑戦記録でも、2012年・2013年のオルフェーヴルはC.スミヨン騎手とのコンビで2年連続2着と記録されている。
【武豊の凱旋門賞騎乗歴】12回の挑戦と騎乗馬の変遷を全整理
武豊騎手は1994年の初騎乗から2026年まで、凱旋門賞に通算12回挑戦している。これは日本競馬を代表する騎手としての長いキャリアを象徴する記録だ。
ただし、12回すべてが日本調教馬への騎乗ではない。フランスやアイルランドなどの海外調教馬にも騎乗しており、日本調教馬への騎乗は7回となる。
武豊騎手の歴代騎乗馬と着順は次のとおり。
- 1994年:ホワイトマズル・6着
- 2001年:サガシティー・3着
- 2006年:ディープインパクト・3位入線後に失格
- 2008年:メイショウサムソン・10着
- 2010年:ヴィクトワールピサ・7着
- 2013年:キズナ・4着
- 2018年:クリンチャー・17着
- 2019年:ソフトライト・6着
- 2021年:ブルーム・11着
- 2022年:ドウデュース・19着
- 2024年:アルリファー・11着
- 2026年:メイショウタバル・14着
※2006年のディープインパクトは3着で入線したものの、レース後に失格となっている。
日本の名馬から海外調教馬まで広がった騎乗経験
武豊騎手の騎乗馬の変遷を追うと、時代ごとに異なる挑戦が見えてくる。
初挑戦の1994年はホワイトマズル。2001年にはフランス調教馬サガシティーで3着となり、騎手としての凱旋門賞最高着順を記録した。
2006年にはディープインパクト、2008年にはメイショウサムソンと、日本競馬を代表する名馬で挑戦。2010年にはヴィクトワールピサ、2013年にはキズナに騎乗した。
2018年以降はクリンチャー、ソフトライト、ブルーム、ドウデュース、アルリファーと、国内外の馬を問わず挑戦を続けている。
そして2026年にはメイショウタバルとのコンビで12回目の挑戦を迎えた。結果は14着だったが、武豊騎手は次の挑戦への意欲を示している。
この記録から分かるのは、武豊騎手の凱旋門賞への挑戦が、単に日本馬の遠征に限定されたものではないということだ。海外調教馬への騎乗も経験しながら、長年にわたって世界最高峰の舞台に立ち続けている。

【日本馬はなぜ勝てない?】騎手の技術だけでは越えられないロンシャンの壁
2026年まで日本馬は凱旋門賞を一度も制していない。1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012年・2013年のオルフェーヴルが2着に入ったものの、優勝には届かなかった。
日本馬が世界最高峰のレースで勝ち切れない理由を、騎手の技量だけに求めることはできない。舞台となるパリロンシャン競馬場には、日本の競馬場とは異なるコース形態とレース特性がある。
1. 起伏のある2400メートルコース
凱旋門賞はパリロンシャン競馬場の芝2400メートルで行われる。JRAのコース解説によれば、スタート直後の約400メートルは平坦だが、その後の向正面には最大斜度2.4%の上り坂が続く。
3コーナーを過ぎると下り坂に転じ、約600メートルの区間で10メートル下る。その後には、競馬場特有のフォルスストレートと呼ばれる区間があり、最後に533メートルの直線が待ち構えている。
このコースでは、単純なスピードだけでなく、坂を上り下りする際のリズム、道中の折り合い、最後まで脚を温存する能力が問われる。
蛯名正義元騎手はJRAのインタビューで、ロンシャンの2400メートルについて、次のように話している。
「ロンシャンの2400mはもう細かいところまでわかっています。」
4度の騎乗経験を持つ蛯名元騎手の言葉からも、同じコースを何度も経験することが騎手にとって大きな意味を持つと分かる。
2. 日本と欧州では芝の状態が異なる
日本馬の敗因としてよく挙げられるのが、欧州特有の芝への適応だ。日本の競馬場は比較的スピードが出やすい馬場になることが多い一方、欧州では芝の状態や含水率によって、馬に求められるパワーやスタミナが大きく変わる。
凱旋門賞は秋のフランスで行われるため、開催当日の天候によって馬場状態が変化する。道悪になれば、普段の日本競馬で見せている瞬発力をそのまま発揮できるとは限らない。
ただし、2026年のレースは稍重で、武豊騎手は自身が経験した凱旋門賞の中でも走りやすいコンディションだったと説明している。それでもメイショウタバルは14着だった。
この結果は、馬場の重さだけで勝敗を説明することが難しいことを示している。
3. ペースと位置取りが勝敗を左右する
2026年のアドマイヤテラは、C.デムーロ騎手が先行馬の後ろという位置を確保した。しかし、ペースが遅くなったことで、最後は瞬発力を競う展開になった。
友道康夫調教師も、レース後にスローペースによる瞬発力勝負が着順に影響したとの見解を示している。
つまり、騎手が理想的な位置を取ったとしても、展開そのものが馬の得意な走り方と合わなければ、上位進出は難しくなる。
さらに、凱旋門賞は多頭数で行われることもあり、スタート直後の位置取りや馬群での折り合いが重要になる。日本国内での実績がそのまま欧州の大舞台で再現されるわけではない。
4. 前哨戦と現地適応の重要性
過去の日本馬の好走例を見ると、現地での調整や前哨戦の経験が注目される。エルコンドルパサーはフランスに長期滞在し、現地の競馬に適応したうえで1999年の凱旋門賞に挑戦した。
ナカヤマフェスタやオルフェーヴルも、欧州の競馬環境に対応しながら本番に臨んでいる。
凱旋門賞への挑戦を評価する際には、国内G1の勝利数だけでなく、欧州での競走経験、現地の芝への適応、前哨戦の内容、騎手と馬のコンビネーションを総合的に見る必要がある。
日本馬が勝てないという結果だけを見て悲観するのではなく、2着や4着といった過去の好走から、どのような条件が世界との差を縮めるのかを考えることが大切だ。
【凱旋門賞騎手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:凱旋門賞における日本人騎手の最高着順は何着ですか?
A1:日本調教馬に騎乗した日本人騎手の最高着順は2着です。蛯名正義元騎手が1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタで達成しました。
Q2:武豊騎手は凱旋門賞に何回騎乗していますか?
A2:2026年までに通算12回騎乗しています。最高着順は2001年のフランス調教馬サガシティーで記録した3着です。日本調教馬では2013年のキズナによる4着が最高となっています。
Q3:C.スミヨン騎手とオルフェーヴルの凱旋門賞成績は?
A3:2012年と2013年にオルフェーヴルへ騎乗し、2年連続で2着となりました。いずれも勝利には届かなかったものの、日本馬の歴史に残る好成績です。
Q4:2026年の凱旋門賞で優勝した騎手は誰ですか?
A4:M.バルザローナ騎手です。ダリズに騎乗し、2025年に続く2年連続の優勝を達成しました。
Q5:2026年の武豊騎手とC.デムーロ騎手の着順は?
A5:武豊騎手が騎乗したメイショウタバルは14着、C.デムーロ騎手が騎乗したアドマイヤテラは11着でした。
Q6:日本馬は凱旋門賞で優勝したことがありますか?
A6:2026年終了時点で、日本馬の凱旋門賞優勝はありません。最高成績は2着で、エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルが記録しています。
まとめ:凱旋門賞の歴代騎手が示す日本競馬の現在地
2026年の凱旋門賞は、M.バルザローナ騎手とダリズが2連覇を達成し、欧州競馬の層の厚さを改めて印象づける大会となった。日本勢はメイショウタバルが14着、アドマイヤテラが11着で、悲願の初制覇には届かなかった。
歴代騎手の記録を振り返ると、武豊騎手は通算12回の騎乗で最多級の挑戦実績を持ち、最高3着を記録。蛯名正義元騎手はエルコンドルパサーとナカヤマフェスタで2度の2着を獲得した。C.スミヨン騎手とオルフェーヴルの2年連続2着も、凱旋門賞の歴史を語るうえで外せない記録である。
日本馬の挑戦を評価するときは、騎手の知名度や騎乗回数だけでなく、馬の欧州適性、ロンシャンのコース経験、現地での調整、当日の馬場、レース展開まで確認することが重要だ。
凱旋門賞は、騎手と競走馬、調教師、スタッフが一体となって世界の頂点を目指す舞台である。エルコンドルパサーからオルフェーヴル、そして2026年のメイショウタバルやアドマイヤテラへと続く挑戦の歴史は、まだ終わっていない。日本馬初制覇を実現する騎手と競走馬が現れるのか。次の凱旋門賞にも大きな期待が集まる。
主な情報照合先: JRA公式の2026年レース結果・歴代挑戦記録・競馬学校インタビュー、JRA-VAN World、France Galop、競馬報道各社。 (出典: 凱旋門 賞 騎手(Yahoo!ニュース))