山川穂高の「どすこい」はいつから?2026年の封印解除と誕生秘話を徹底解説
山川穂高の代名詞ともいえる本塁打パフォーマンス「どすこい」。右足を高く上げて四股を踏み、両手を前に突き出す豪快なポーズは、埼玉西武ライオンズ時代に誕生し、福岡ソフトバンクホークスへ移籍した後もファンに親しまれてきた。しかし、2026年シーズンは開幕から封印され、もう見られないと思われていた。
その流れを変えたのが、2026年10月25日の日本シリーズ第2戦だった。DeNAとの試合で山川が土壇場の同点本塁打を放つと、柳田悠岐が背中を押し、封印していた「どすこい」が復活。試合後、山川本人も再開を前向きに語った。
そもそも、このポーズはいつ生まれ、松田宣浩の「熱男」とどのような関係があるのか。なぜ一度やめる決断をし、2026年の大舞台で再び披露したのか。西武時代からソフトバンク移籍後、そして2026年11月現在の状況まで、本人の発言と報道された試合記録をもとに整理する。
📌 この記事の重要ポイントまとめ
- 誕生時期: 2018年オフにファンの前で初披露。実戦では2019年2月24日に初めて披露した。
- 由来: 松田宣浩の「熱男」に刺激を受け、相撲の四股を取り入れて生まれた。
- 封印と復活: 2025年11月に本人が終了を宣言。2026年10月25日、柳田悠岐の後押しで日本シリーズ中に復活した。
【誕生秘話】山川穂高の「どすこい」はいつから?西武時代の2018年に始まった
山川穂高の「どすこい」が生まれたのは、埼玉西武ライオンズに所属していた時代だ。
その起源をたどると、2018年オフのファン向けイベントに行き着く。
当時の山川は、2018年シーズンに47本塁打を記録して自身初の本塁打王を獲得。打線の中心選手として存在感を高めていた。
実は、それ以前の山川には別のホームランパフォーマンスがあった。人気お笑い芸人のゆりやんレトリィバァのネタ「調子乗っちゃって」を取り入れたポーズだ。
そこから新しいパフォーマンスへ移行するきっかけになったのが、ソフトバンクで活躍していた松田宣浩の存在だった。
スポニチの2019年以前の経緯を振り返った報道によると、山川は松田の「熱男」ポーズに刺激を受け、独自のパフォーマンスを考案。相撲の御嶽海に似ていると言われることもヒントになり、四股を踏む動きを取り入れた。
実戦で初めて披露したのは2019年2月24日
2018年オフにファンの前で披露されたポーズは、翌2019年に実戦でも登場する。
2019年2月24日、埼玉西武ライオンズと千葉ロッテマリーンズの練習試合。山川は初回に本塁打を放ち、ベンチ前で右足を高く上げて四股を踏み、両手を前に突き出した。
これが実戦での「どすこい」初披露だった。
当時のスポニチの報道によると、山川は約7000人の観衆から歓声を浴び、次のように語っている。
「(ファンに)浸透するまでやっていきたい」
さらに、同年3月29日のソフトバンクとの開幕戦では満塁本塁打を放ち、公式戦でも初めてパフォーマンスを披露した。
つまり、正確には次のように整理できる。
- 2018年オフ:ファンの前で初披露
- 2019年2月24日:実戦で初披露
- 2019年3月29日:公式戦で初披露
「2019年から始まった」という説明は間違いではないが、考案・初披露の経緯まで含めるなら2018年オフにさかのぼる。
【ポーズの意味】どすこいは相撲が由来?松田宣浩の「熱男」との関係
「どすこい」という言葉から連想されるのは相撲だろう。実際、山川のパフォーマンスには相撲の動作が取り入れられている。
ただし、単に相撲好きだから始めたという話ではない。そこには、プロ野球をファンと一緒に盛り上げたいという発想と、先輩選手へのリスペクトがあった。
四股を踏んで両手を突き出す動き
どすこいポーズの基本形は、次の3つの動作で構成される。
1. 本塁打を放ち、ホームインする。
2. ベンチ前で右足を高く上げ、四股を踏む。
3. 両手を前方に突き出し、「どすこい!」という掛け声で盛り上げる。
相撲を連想させる豪快な動きは、山川の体格や力強い打撃スタイルともよく合っていた。
さらに、観客が同じ動きをすることで、選手とスタンドが一体になれる点も特徴だ。
松田宣浩の「熱男」が与えた影響
山川が影響を受けた人物として挙げているのが、元福岡ソフトバンクホークスの松田宣浩だ。
松田の代名詞だった「熱男」は、本塁打や好プレーの後に選手が拳を突き上げ、球場全体を盛り上げるパフォーマンスとして知られていた。
山川は2024年2月の取材で、どすこいの誕生について松田の「熱男」をまねて始めたと説明している。
また、パフォーマンスの目的についても、球場全体で一緒に盛り上がれることに魅力を感じたと語った。
ここで重要なのは、山川が松田の動きをそのまま再現したわけではないことだ。
松田の「熱男」が持っていた観客との一体感を参考にしながら、相撲の四股という独自の動きを組み合わせた。結果として、山川本人を象徴するパフォーマンスに育ったのである。
【西武からソフトバンクへ】移籍後も続いたどすこいの歴史と転換点
山川のどすこいは、西武時代だけのパフォーマンスではない。
2023年オフにFA権を行使して福岡ソフトバンクホークスへ移籍すると、新天地でもその存在感を発揮した。
特に注目されたのが、移籍後初本塁打を放った2024年2月24日の練習試合だ。
柳田悠岐との共演で新天地でも定着
ソフトバンク移籍後初出場となった楽天モンキーズとの練習試合で、山川は第2打席に本塁打を放った。
ホームイン後、二塁走者だった柳田悠岐と一緒にどすこいポーズを披露したのである。
山川は試合後、柳田から「どすこい見たい」と声をかけられたことを明かした。
このエピソードから分かるのは、どすこいが山川個人だけの自己表現ではなく、チームメートにも親しまれていたということだ。
西武時代に生まれたパフォーマンスが、ソフトバンクではチームのコミュニケーションにもなっていた。
山川穂高のどすこい年表・関係者一覧
これまでの経緯を時系列で整理すると、次のようになる。
この年表から見えてくるのは、どすこいが球団をまたいで継続したパフォーマンスであること、そして2025年から2026年にかけて本人の意識によって大きな転換を迎えたことだ。
【封印の理由】なぜ山川穂高は2025年にどすこいをやめたのか
山川穂高がどすこいを封印した理由は、球団から禁止されたからでも、パフォーマンスに問題があったからでもない。
本人が打撃に集中するため、自らやめる決断をしたというのが正確な経緯だ。
その背景には、2025年シーズンの成績に対する強い反省があった。
2025年は日本シリーズMVPでもレギュラーシーズンに課題
2025年の山川は、レギュラーシーズンで130試合に出場したものの、打率.226、23本塁打、62打点という成績だった。
本塁打王を複数回獲得してきた山川にとって、本人が納得できる数字ではなかった。
一方、日本シリーズでは大きな活躍を見せ、MVPを獲得している。
つまり、ポストシーズンで結果を残したことと、レギュラーシーズンへの反省は別の問題だった。
2025年11月2日付のスポニチの報道によると、山川はシーズン終了後、翌年からどすこいをやめると宣言した。
その際の発言が印象的だ。
「来年からは“どすこい”をやめます。絶対に今年の成績を許してはならない」
パフォーマンスを楽しむことよりも、まずは打者としての結果を出す。その強い意識が封印につながった。
2026年3月27日には今季初本塁打でも披露せず
封印の決意は、2026年シーズンが始まってからも変わらなかった。
3月27日の日本ハム戦で、山川は今季初本塁打となる同点ソロを放った。しかし、ホームラン後にどすこいを披露することはなかった。
従来なら、ファンが期待するおなじみの動きが見られる場面だった。
それでも山川はポーズをせず、集中した表情でベンチに戻った。
この行動は、2025年オフの封印宣言を実際の試合でも継続していたことを示している。
封印はファンサービスを否定するものではなかった
ここで押さえたいのは、山川がどすこいそのものを嫌いになったわけではないという点だ。
もともと本人は、ファンと一体になって盛り上がれることを理由にパフォーマンスを始めていた。
しかし、成績が思うように伸びない状況では、喜びを表現することより打撃の改善を優先したかった。
これはパフォーマンスを続けるかどうかという問題以上に、プロ選手として何を優先するかという判断だった。
2026年の復活劇を理解するうえでも、この封印の背景は欠かせない。
【2026年10月25日】日本シリーズでどすこい復活!柳田悠岐が背中を押した瞬間
2026年10月25日、横浜スタジアムで行われたSMBC日本シリーズ第2戦。
この日、山川穂高のどすこいが再び注目を集めることになった。
試合はDeNA対ソフトバンク。ソフトバンクが1点を追う9回表、1死の場面で代打として山川が打席に入った。
相手はDeNAの守護神レイノルズ。
山川は外角の141キロのカットボールを強振し、打球は左翼方向へ大きく伸びて場外へ。土壇場で試合を振り出しに戻す同点ソロ本塁打となった。
そして、本塁打の直後に起きた出来事が話題を呼んだ。
柳田悠岐が山川にどすこいを促した
本塁打を放った山川は、ベンチ前に戻ろうとしていた。
そこで動いたのが柳田悠岐だった。
柳田は山川を呼び止め、どすこいパフォーマンスをするように促した。山川は今季封印していたポーズを披露し、柳田も一緒に盛り上げた。
この場面について、山川は試合後、柳田への感謝を込めて次のように話している。
「ギー(柳田)さんに」
柳田本人も、なぜ山川の背中を押したのかについて、鷹フルの2026年10月26日の取材で説明している。
「もう起死回生のホームランだったんで。はい。勝手に体が動いたみたいな感じです」
柳田の行動は、封印を解かせようと事前に計画したものではなく、劇的な本塁打を見て自然に出た祝福だったという。
ここに2026年の復活劇の大きな意味がある。
単に昔のパフォーマンスを再現したのではない。苦しんでいたチームメートの一発を、仲間として心から喜んだ瞬間だったのだ。
山川本人も「復活させますか」と前向きな姿勢
試合後、日刊スポーツの取材に対し、山川は次のように語った。
「復活させますか。スタンドもやってくれてましたもんね」
この発言は、2025年11月の封印宣言からの大きな変化を示している。
特に注目したいのは、山川がスタンドのファンにも言及していることだ。
どすこいは、選手だけが行うパフォーマンスではない。観客が一緒にポーズを取り、掛け声を合わせることで完成する部分がある。
山川自身も、その一体感を再び意識したと考えられる。
試合は延長10回にソフトバンクが勝利
この日の試合は、山川の同点本塁打だけで終わらなかった。
9回に追いついたソフトバンクは、延長10回に川村友斗が決勝ソロを放ち、DeNA3-4ソフトバンクで勝利した。
山川の一発は、チームが敗れる可能性もあった土壇場で試合の流れを変える重要な一打だった。
なお、2025年の日本シリーズMVPを獲得した山川が、翌年の日本シリーズでも大きな場面で存在感を示したことも印象的だ。
この10月25日の出来事によって、どすこいは単なる過去の名物パフォーマンスから、再び現在進行形のチームの象徴へと戻るきっかけを得た。
【2026年11月現在】山川穂高の最新成績とどすこいの今後
2026年11月6日現在、山川穂高は福岡ソフトバンクホークスに所属する内野手だ。
パ・リーグ公式選手名鑑によると、1991年11月23日生まれ、沖縄県出身。右投右打で、2014年から2023年まで西武、2024年からソフトバンクでプレーしている。
2026年シーズンは苦しい一年となった。
2026年レギュラーシーズンの成績
パ・リーグの選手成績および日刊スポーツの報道で確認できる2026年レギュラーシーズンの数字は次のとおりだ。
| 項目 | 2026年成績 |
|---|---|
| 出場試合 | 58試合 |
| 打率 | .178 |
| 安打 | 32本 |
| 本塁打 | 11本 |
| 打点 | 28打点 |
| OPS | .675 |
打率1割7分8厘という数字は、過去に本塁打王を4度獲得した山川の実績を考えると厳しいものだ。
また、出場試合数も58試合にとどまり、移籍後では最も少ないシーズンとなった。
10月31日付の日刊スポーツによると、山川は今季に向けて10キロ以上減量していたことにも触れ、体重を落としすぎた可能性を振り返っている。
2027年に向けてはバットを約1カ月間封印
2026年シーズン終了後、山川が発表した新たな取り組みも注目されている。
それは、年内はバットを握らず、打撃について考えを整理する時間を設けることだ。
これまで山川は、2日以上バットを握らなかったことがないほど練習を重ねてきた。
しかし、今季の不振を受け、あえて練習方法を変える決断をした。
日刊スポーツの10月31日付報道では、本人の次の発言が紹介されている。
「今の段階でバットを触ってもうまくならない」
体の使い方について専門家から助言を受けながら、2027年シーズンに向けて打撃理論や体の状態を整理する考えだ。
一塁のポジション争いもあり、チーム内での競争は簡単ではない。若手の台頭も進む中、山川に求められるのは実績だけでなく、再び結果を残すことだ。
どすこいは完全復活したのか?
ここは慎重に区別したい部分だ。
2026年10月25日に、どすこいが復活したことは事実であり、本人も再開に前向きなコメントを残している。
一方、パフォーマンスの復活と打撃成績の完全復活は同じではない。
2026年のレギュラーシーズン成績は打率.178、11本塁打。日本シリーズでの劇的な一発はあったものの、シーズン全体の不振が解消されたと判断するには、2027年の実戦での結果を待つ必要がある。
今後の注目点は次の3つだ。
- パフォーマンスの継続: 2027年シーズンも本塁打後にどすこいを披露するのか。
- 打撃の復調: 打率や本塁打数をどこまで改善できるのか。
- チーム内での役割: 若手との競争の中で、再び主軸として定着できるのか。
2026年10月25日の復活は、山川にとってファンや仲間とのつながりを再確認する出来事だった。そして次に求められるのは、プレーそのもので存在感を示すことだろう。
【よくある質問】山川穂高のどすこいに関するFAQ
Q1:山川穂高のどすこいはいつから始まった?
A1:2018年オフのファン向けイベントで初披露され、2019年2月24日の西武の練習試合で実戦初披露となった。公式戦では2019年3月29日に初めて披露している。
Q2:どすこいの由来は松田宣浩の熱男?
A2:松田宣浩の「熱男」に刺激を受けたことがきっかけ。そこに相撲の四股を踏む動きを取り入れ、山川独自のパフォーマンスに仕上げた。
Q3:山川穂高がどすこいを封印した理由は?
A3:2025年シーズンの成績に納得できず、翌年は打撃に集中するため。球団から禁止されたわけではなく、本人が自ら終了を宣言した。
Q4:2026年のどすこい復活はいつ?
A4:2026年10月25日の日本シリーズ第2戦。DeNA戦で9回に同点本塁打を放った後、柳田悠岐に促されて披露した。
Q5:柳田悠岐はなぜ山川のどすこい復活を後押しした?
A5:山川の劇的な同点本塁打を見て、祝福したいという気持ちから自然に体が動いたと柳田本人が説明している。
Q6:2026年11月現在、山川穂高はどこの球団に所属している?
A6:福岡ソフトバンクホークス。2024年から同球団に所属している。2026年シーズン終了後は、2027年に向けて打撃の立て直しに取り組む方針を示している。
まとめ:山川穂高のどすこいは復活、次の注目は2027年の打撃
山川穂高の「どすこい」は、2018年オフに誕生し、2019年に実戦で定着した本塁打パフォーマンスだ。
松田宣浩の「熱男」に刺激を受け、相撲の四股を取り入れた独自の動きは、西武時代からソフトバンク移籍後まで、多くのファンに親しまれてきた。
しかし、2025年シーズンの成績に対する反省から、山川は2026年のパフォーマンス封印を決断。打撃に集中するため、ホームラン後の恒例行事を自らやめた。
その決断を変えるきっかけとなったのが、2026年10月25日の日本シリーズ第2戦だった。
9回の同点場外弾、柳田悠岐の後押し、そして山川本人の「復活させますか」という言葉。これらが重なり、どすこいは再び球場に戻ってきた。
今回の復活劇で最も重要なのは、どすこいが単なるホームラン後のポーズではないということだ。
松田へのリスペクトから始まり、西武時代のファンとの一体感、ソフトバンクでのチームメートとの交流、そして2026年の柳田との共演へと、その意味は少しずつ広がっている。
2027年シーズン、山川がどのような姿で打席に立ち、どすこいを披露するのか。ファンにとっては、豪快な本塁打とともに、その復活の続きを見届ける楽しみが残されている。 (出典: 山川 穂高 どすこい(Yahoo!ニュース))