朝青龍の現在は?2026年の実業家活動と草原火災、引退後の歩みを徹底解説
2026年11月現在、元横綱・朝青龍ことドルゴルスレン・ダグワドルジ氏は、母国モンゴルを拠点に実業家として活動している。現役引退後は銀行経営、不動産、観光ビジネスなど複数の分野に関わり、相撲界とは異なる場所で存在感を示してきた。近年は自身のX(旧Twitter)で日本やモンゴルの社会問題について発信する姿も目立つ。
とりわけ2026年10月には、モンゴル東部で発生した大規模な草原火災を巡ってXで相次いで意見を表明し、被災地域の現地写真も公開した。日本の報道機関でもその動きが大きく取り上げられている。第68代横綱として幕内優勝25回を記録した朝青龍は、引退から16年を経た今、何をしているのか。実業家としての歩み、銀行や観光事業の実態、2026年の最新動向、2010年の引退理由まで整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の活動:モンゴルを拠点に銀行、不動産、観光関連などの事業に携わる実業家。
- 2026年の最新動向:10月のモンゴル草原火災を巡りXで発信し、現地の自然保護区の写真も公開した。
- 相撲時代の実績:第68代横綱として幕内優勝25回を記録。2010年2月に引退を表明した。
【2026年最新】朝青龍の現在はモンゴルの実業家!銀行・不動産・観光ビジネスの実態
朝青龍の現在を知るうえで欠かせないのが、力士から実業家への転身だ。現役時代の知名度を生かすだけでなく、モンゴル国内で複数の事業分野に関わってきた。
引退後は母国モンゴルで実業家に転身
2010年2月に引退を表明した朝青龍は、その後、母国モンゴルを拠点に新たな活動を始めた。
2017年には、集英社の「週プレNEWS」がモンゴルの首都ウランバートルで本人や関係者を取材し、実業家としての活動を紹介している。
当時報じられた事業には、投資銀行、不動産、商業施設、レストラン、サーカス施設、農業などが含まれていた。親族とともにASAグループを形成し、多角的な事業を展開していたことも伝えられている。
また、同年のデイリースポーツの報道では、朝青龍本人がテレビ番組でモンゴル国内の富裕層ランキングにおける自身の順位について言及したほか、銀行経営や不動産開発について説明していた。
こうした報道から分かるのは、朝青龍が単なる元スポーツ選手ではなく、引退後に企業活動へ本格的に軸足を移した人物だということだ。
朝青龍の銀行経営とは?投資銀行に関わった過去
朝青龍の実業家活動で特に注目されてきたのが銀行経営である。
2017年の週プレNEWSの現地取材では、モンゴルの投資銀行NIBankについて、朝青龍が筆頭株主として58%の株式を保有していたと紹介された。銀行事業への関与は、単なる広告塔や名義上の役職という説明ではなく、実際の出資を伴うものとして報じられている。
さらに2022年12月、フジテレビ系の番組「爆買い☆スター恩返し」に出演した際にも、朝青龍本人が現在の活動について説明している。
「銀行を経営しています。不動産やっています。観光ビジネスやっています」
これは番組出演時に紹介された本人の発言であり、複数の事業分野に関わっていることを自ら明かしたものだ。
ただし、2017年に報じられた銀行の株式保有状況と、2026年現在の株主構成や経営上の役職が同一であるとは限らない。現在の銀行の経営状況や最新の出資比率について、一般に確認できる最新の詳細資料は限られている。
観光ビジネスや不動産にも進出
朝青龍が手掛けてきたとされる事業は金融だけではない。
2022年のテレビ出演では、不動産と観光ビジネスについても本人が言及した。2017年の取材では、ウランバートルの商業施設や飲食関連施設、イベント施設などへの関与も報じられている。
観光ビジネスは、モンゴルの広大な自然や文化、都市部の商業施設などを活用できる分野だ。モンゴルは草原、遊牧文化、歴史的遺産などを観光資源として持つため、国内外から旅行者を呼び込む事業には幅広い可能性がある。
ただし、朝青龍が2026年現在、どのホテルや旅行会社を直接経営しているのか、具体的な施設名や売上高まで明らかになっているわけではない。
本人が過去に公表した事業内容と、現在も継続している事業を区別して理解することが大切だ。

【2026年10月の最新ニュース】朝青龍がモンゴル草原火災を巡ってXで発信、現地写真も公開
2026年秋、朝青龍の名前が日本のニュースで再び大きく取り上げられた。きっかけは、モンゴル東部で発生した大規模な草原火災だった。
10月8日に発生したヌムルグ自然保護区の大規模火災
2026年10月8日、モンゴル東部ドルノド県ハルハゴル郡にあるヌムルグ自然保護区で大規模な草原火災が発生した。
AFPやFNNプライムオンラインなどの報道によると、火災は約8日間にわたって燃え続け、約53万ヘクタールが焼失したとされる。これは東京都の面積の約2.4倍に相当し、自然保護区の約8割に被害が及んだと報じられた。
この火災に関連して名前が挙がったのが、日本の通信大手KDDIの子会社で、モンゴルの通信事業者であるモビコムだった。
KDDIが2026年10月23日に公表した説明によると、モビコムの社員7人は、同月6日から8日にかけて、通信ネットワークの開通式典や4G通信の品質確認などを目的に自然保護区を訪問していた。
移動中、枯れ草を除去するために停車したところ、社員が乗る車両の下部から煙が出ていることを確認。その後、現地当局と社員が消火活動を行ったものの、周囲の草に燃え移り、広範囲に延焼したという。
KDDIは火災について謝罪し、被害を受けた自然環境の状況把握や回復、地域の環境保全に取り組む考えを示した。また、モンゴルの関係当局による火災原因の調査は継続中としている。
同社は、社員によるその他の法令違反行為は確認していないとも説明した。したがって、出火の具体的な原因や責任の所在については、当局の調査結果と企業側の説明を分けて捉える必要がある。
朝青龍はXで日本人だけに責任を負わせる見方に疑問
こうした状況の中、朝青龍ことドルゴルスレン・ダグワドルジ氏は10月21日、自身のXで火災を巡る議論に言及した。
特に注目されたのが、日本人だけに責任を負わせるような議論への疑問だった。
「一方的な日本人が悪いじゃなくて、現地で連れて行ったモンゴル国会議員たちは言わないの?」
この投稿は、日刊スポーツなど複数の報道機関によって紹介された。
さらに10月23日には、報道のあり方に疑問を呈する投稿を行い、26日には次のような内容を発信した。
「モンゴル側、日本側の双方で、圧力をかけてこの件を風化させ、問題を沈静化させようとする動きが非常に強まっています。現在、この件について、すべての内容を確認し、詳しく精査しているところです」
同日には、日本の内閣総理大臣官邸を訪問する意向も投稿した。
「近い内に内閣総理大臣官邸に足運ぼうと考えております」
ただし、投稿で言及した圧力の具体的な内容や、その存在を裏付ける証拠は公表されていない。FNNの報道では、総理周辺も官邸訪問について「全く聞いていない」と話したとされる。
10月27日・28日には現地の写真と歴史への思いを投稿
朝青龍の発信はSNS上の意見表明だけでは終わらなかった。
10月27日には、火災被害を受けた場所とみられる地域の写真をXに掲載。逃げ遅れた動物の死骸とみられる写真も公開し、現地の惨状を伝えた。
翌28日には、モンゴル東部のハルハ・ヌムルグ自然保護区について説明し、中国との国境に接する厳重な保護・管理区域であることを紹介した。
さらに、同地域がノモンハン事件に関係する歴史的な場所であることにも触れ、戦争で命を落とした若者たちへの思いをつづった。
この一連の投稿は、日刊スポーツやJ-CASTニュースなどでも報じられた。
2026年11月5日時点で大きく報道されている一連の発信では、朝青龍は火災現場の情報を伝えるとともに、日蒙両国の関係者や報道のあり方にも問題提起している。
一方、火災の原因や責任の所在については現地当局の調査が続いている。朝青龍の意見表明と、企業や当局によって確認された事実は分けて理解したい。
【朝青龍の経歴・年表】2010年の引退から2026年まで何があった?
朝青龍の現在を理解するには、現役時代から引退後までの転換点を押さえておく必要がある。土俵上で圧倒的な強さを誇った一方、引退後は実業家、モンゴルの社会的な発信者という異なる顔を持つようになった。
第68代横綱として幕内優勝25回を達成
朝青龍は1980年9月27日、モンゴルのウランバートルで生まれた。本名はドルゴルスレン・ダグワドルジ。16歳で来日し、高知県の明徳義塾高校で相撲を学んだ。
1999年1月場所で初土俵を踏み、2001年1月場所で新入幕。2002年9月に大関へ昇進し、2003年3月場所には第68代横綱となった。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、幕内優勝は25回。横綱在位は2003年3月から2010年1月までで、生涯戦歴は669勝173敗76休だった。
特に2005年には年間6場所すべてで優勝するという圧倒的な成績を残した。スピード、瞬発力、攻めの多彩さを武器に、平成の大相撲を代表する横綱として記憶されている。
朝青龍のキャリアと人生の転換点
| 時期 | 出来事 | 主な意味・実績 |
|---|---|---|
| 1980年9月27日 | モンゴル・ウランバートルで誕生 | 本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ |
| 1996年前後 | 16歳で来日 | 明徳義塾高校で相撲を学ぶ |
| 1999年1月 | 初土俵 | 大相撲の力士としてスタート |
| 2001年1月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 2002年9月 | 大関昇進 | 横綱への足掛かりを築く |
| 2003年3月 | 第68代横綱に昇進 | モンゴル出身力士として初の横綱 |
| 2005年 | 年間6場所すべてで優勝 | 圧倒的な強さを示す |
| 2010年2月4日 | 現役引退を表明 | 暴行問題を巡る騒動が背景 |
| 2017年 | モンゴル大統領府の日本担当外交顧問に指名 | 両国関係に関わる活動にも進出 |
| 2017年 | 実業家としての活動が日本でも紹介される | 銀行、不動産、農業などの事業が報道される |
| 2022年12月 | テレビ番組で事業内容を説明 | 銀行、不動産、観光ビジネスへの関与を明かす |
| 2025年1月 | 甥の豊昇龍が第74代横綱に昇進 | 横綱経験者を叔父に持つ新横綱が誕生 |
| 2026年10月 | モンゴル草原火災を巡りXで発信 | 現地写真の公開や日本政府への働きかけを表明 |
この年表から見えてくるのは、朝青龍が引退後もモンゴルと日本の両方に関係する活動を続けてきたことだ。
相撲界で築いた知名度を事業活動や社会的な発信に生かし、2017年には外交顧問への指名も経験している。現役時代の実績だけでは説明できない、引退後のキャリアが形成されている。

【引退理由の真相】朝青龍はなぜ2010年に突然引退したのか?
朝青龍の引退は、相撲ファンに大きな衝撃を与えた。引退を発表した2010年2月4日まで、本人は現役続行を望んでいたと報じられている。
きっかけは2010年1月場所中の暴行問題
問題が表面化したのは2010年1月だった。
同年1月16日未明、朝青龍が泥酔して暴れ、知人男性に暴行したとする報道が出た。日本相撲協会は事態を重く受け止め、本人や関係者から事情を聴くなど対応に動いた。
当初、朝青龍側の説明や報道内容を巡って混乱があり、被害を受けたとされる人物についても報道の過程で情報が修正された。
朝青龍は問題が報じられた直後の初場所で25回目の幕内優勝を達成している。実力面では依然としてトップクラスだったが、土俵外の問題が大きくなり、協会との関係は厳しい局面を迎えた。
相撲協会の引退勧告を受け入れた
2010年2月4日、日本相撲協会は理事会で処分について協議した。解雇も辞さない姿勢で引退を勧告し、朝青龍は最終的にこれを受け入れて引退を表明した。
翌5日付の日刊スポーツは、本人が現役続行を望んでいたものの、最悪の処分を避けるために引退勧告を受け入れた経緯を伝えている。
つまり、朝青龍の引退は単純な成績不振や体力の衰えによるものではない。土俵外の問題と、日本相撲協会による処分を巡る判断が直接的な背景にあった。
当時29歳だった朝青龍は、横綱としてまだ競技を続けられる年齢だった。実際、引退直前の初場所で優勝していたことからも、競技能力の低下が引退の主因だったとは考えにくい。
引退後は相撲界に残らず母国へ
朝青龍は日本国籍を取得しておらず、引退後に日本相撲協会の親方として残る道も選ばなかった。
その後はモンゴルへ活動の軸を移し、実業家としての道を進んでいく。
2010年の引退は、横綱としてのキャリアの終わりであると同時に、モンゴルで新しい人生を始める転換点でもあった。
【豊昇龍との関係】朝青龍は叔父!第74代横綱を生んだ相撲一家
朝青龍の現在を語る際に欠かせない人物が、甥にあたる豊昇龍だ。
豊昇龍は2025年1月29日に第74代横綱への昇進が正式に承認された。叔父の朝青龍に続き、同じ一族から横綱が誕生したことで、日本の相撲ファンからも注目を集めた。
豊昇龍が横綱を目指すきっかけにもなった叔父
豊昇龍はモンゴル出身で、本名はスガラグチャー・ビャンバスレン。来日当初はレスリングを学ぶ目的で日本に渡り、その後、相撲の道へ進んだ。
叔父が朝青龍だったことは、豊昇龍の競技人生に大きな影響を与えた。朝青龍の存在は、相撲という競技を身近に感じるきっかけの一つになったと報じられている。
ただし、豊昇龍自身は叔父と比較されることを意識してきた。実績や知名度が大きいだけに、単に「朝青龍の甥」という評価から抜け出すことも重要な課題だった。
2025年の横綱昇進時には久しぶりに電話
2025年1月、豊昇龍が横綱昇進を決めた際には、朝青龍との関係も報じられた。
日刊スポーツによると、豊昇龍は昇進伝達式後の取材で、叔父と久しぶりに電話で話したことを明かした。
その際、朝青龍から「強くなったな」と声を掛けられたという。また、横綱は相撲協会の看板力士であるため、しっかり考えて行動するよう助言されたと伝えられている。
一方、2025年1月の報道では、2人の関係が一時的に疎遠になっていたことも紹介された。親族でありながら、競技に対する考え方や距離感には複雑な部分もあったようだ。
現在の両者の関係を考えるうえでは、叔父と甥という血縁だけでなく、それぞれが横綱として独立したキャリアを築いている点にも注目したい。

【年収・資産の真相】朝青龍はモンゴルの大富豪?収入や財産の実態
朝青龍の現在を検索すると、年収や総資産に関する情報も多く見つかる。銀行や不動産を経営しているという話から、巨額の財産を保有しているとのイメージが広がっている。
モンゴル国内の富裕層として紹介された過去
2017年3月、デイリースポーツは日本テレビ系のテレビ番組に出演した朝青龍が、モンゴル国内の富裕層ランキングで47~48位に位置すると説明したことを報じた。
同じ報道では、投資銀行の経営や首都中心部の不動産開発など、複数の事業についても紹介されている。
さらに2017年の週プレNEWSの取材では、投資銀行の株式保有状況や商業施設、農業などの事業が具体的に取り上げられた。
こうした情報は、朝青龍が実業家として相当な規模の事業に関わってきたことを示す材料になる。
朝青龍の年収はいくら?正確な金額は公表されている?
結論からいえば、2026年現在の朝青龍の正確な年収や総資産額を確定できる公的資料は確認できない。
ネット上では年収数億円、総資産数十億円から100億円以上といった数字が紹介されることもある。しかし、こうした数字について、本人の公式発表や監査済みの財務資料による裏付けは確認できない。
銀行経営、不動産、観光、農業など複数の事業に関わっていたとしても、企業の売上高がそのまま個人の年収になるわけではない。
株式の保有比率、借入金、事業経費、共同経営者との利益配分などによって、個人の実際の所得は大きく変わる。
資産情報を見るときの判断基準
朝青龍の資産について情報を調べる場合は、次の3点を意識すると誤解を避けやすい。
- 本人がテレビやインタビューで説明した事業内容なのか。
- 報道機関が現地取材や企業情報に基づいて紹介した内容なのか。
- 根拠が示されていない年収・資産の推定額なのか。
特に、2017年に紹介された富裕層ランキングや銀行の株式保有状況を、そのまま2026年の資産額として扱うことはできない。
朝青龍が事業家として成功してきたことと、現在の正確な資産総額が判明していることは別の話だ。
【朝青龍の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:朝青龍は2026年現在、何をしている?
A1:母国モンゴルを拠点に、実業家として活動している。過去のテレビ出演では銀行、不動産、観光ビジネスへの関与を本人が説明している。また、2026年10月には草原火災を巡る情報発信でも注目された。
Q2:朝青龍は現在も銀行を経営している?
A2:2022年のテレビ番組で本人が銀行経営について説明している。2017年にはモンゴルの投資銀行NIBankへの出資も報じられた。ただし、2026年現在の具体的な役職や株式保有状況は、最新の公的資料で確認できる範囲が限られている。
Q3:朝青龍の年収や総資産はいくら?
A3:正確な年収や総資産額は公表されていない。富裕層ランキングへの言及や複数の事業報道はあるものの、ネット上の具体的な資産額は確定情報として扱えない。
Q4:朝青龍の引退理由は何だった?
A4:2010年1月場所中に報じられた知人男性への暴行問題が背景にある。日本相撲協会から引退を勧告され、2010年2月4日に引退を表明した。引退直前の初場所では25回目の幕内優勝を達成していた。
Q5:朝青龍と豊昇龍はどのような関係?
A5:豊昇龍は朝青龍の甥にあたる。豊昇龍は2025年1月29日に第74代横綱へ昇進した。横綱昇進時には朝青龍から祝福と助言を受けたことを明かしている。
Q6:2026年のモンゴル草原火災で朝青龍は何を発信した?
A6:10月21日以降、火災を巡る責任論や報道についてXで意見を発信した。27日には被害現場とみられる写真を公開し、28日にはヌムルグ自然保護区の歴史的背景や戦争で亡くなった人々への思いを投稿した。
まとめ:朝青龍の現在は実業家、そしてモンゴルと日本をつなぐ発信者へ
2026年11月現在の朝青龍は、かつての横綱という肩書だけでは語れない人物になっている。
2010年の引退後、母国モンゴルへ活動の軸を移し、銀行、不動産、観光ビジネスなど複数の事業に関わってきた。2017年には実業家としての活動が日本のメディアで大きく紹介され、2022年のテレビ出演でも本人が事業内容を説明している。
また、2025年には甥の豊昇龍が第74代横綱となり、朝青龍の一族から2人目の横綱が誕生した。
そして2026年10月には、モンゴル東部の大規模草原火災を巡ってXで意見を発信し、自ら現地の写真を公開する動きも見せた。火災の責任や原因については現地当局の調査が続いているものの、朝青龍が母国の問題に強い関心を示していることは、今回の一連の投稿からもうかがえる。
【プロの結論】
朝青龍の現在を理解するための重要な視点は、現役時代の知名度、引退後の経済活動、そしてモンゴル社会における発信力を切り離さずに見ることだ。
幕内優勝25回という圧倒的な競技実績を築いた人物が、引退後には金融や不動産などの事業に関わり、さらに両国関係や社会問題について意見を発信している。その歩みは、トップアスリートが競技人生の後にどのような社会的役割を担えるのかを考える材料にもなる。
今後注目したいのは、モンゴルの草原火災に関する調査と復興への動き、朝青龍の事業活動の具体的な展開、そして豊昇龍との関係だ。
土俵を離れて16年。朝青龍は今もなお、日本とモンゴルの双方で話題を集める存在であり続けている。
主な情報源・確認資料
- 日本相撲協会「歴代横綱・朝青龍明徳プロフィール」
- KDDI「2026年10月23日 モンゴルのヌムルグ自然保護区において発生した草原火災についてのお詫び」
- FNNプライムオンライン(2026年10月28日)
- 日刊スポーツ(2010年2月、2025年1月、2026年10月)
- デイリースポーツ(2017年3月、2022年12月)
- 週プレNEWS(2017年6月)
- J-CASTニュース(2026年10月28日) (出典: 朝 青龍 現在(Yahoo!ニュース))