【料理研究家から社会活動家へ】チームむかごとビッグイシュー基金で残した功績

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【料理研究家から社会活動家へ】チームむかごとビッグイシュー基金で残した功績
【料理研究家から社会活動家へ】チームむかごとビッグイシュー基金で残した功績
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枝元さんを語るうえで、料理研究家としての経歴だけを取り上げるのは十分ではありません。

彼女は食を通じて人と人をつなぎ、農業支援、貧困問題、食品ロス削減にも取り組んできました。

NHK「きょうの料理」で親しまれたエダモン


枝元なほみさんのプロフィール

- 生年:1955年
- 出身:神奈川県・横浜
- 職業:料理研究家
- 最終年齢:69歳
- 愛称:エダモン
- 主な活動:テレビ出演、料理書籍、農業支援、社会貢献活動


明治大学を卒業した枝元さんは、1981年に太田省吾さんが主宰する劇団「転形劇場」に入団しました。

劇団員として活動する傍ら、レストランで料理の仕事にも携わっていました。

32歳のときに劇団が解散したことをきっかけに料理の道へ本格的に進み、1987年に料理家としてデビューしています。

その後はNHK「きょうの料理」や「ひとりでできるもん!」、CBCの「キユーピー3分クッキング」などに出演。親しみやすい語り口と、家庭でも取り入れやすい自由な料理提案で幅広い世代から支持されました。

チームむかごで農業と生活者をつなぐ

枝元さんは農業支援活動団体「チームむかご」を立ち上げ、生産者と消費者をつなぐ活動にも力を注いでいました。

単に農産物を販売するだけでなく、農業の現場を知り、食材がどのように作られ、食卓に届くのかを伝えることを大切にしていました。

東日本大震災の被災地支援にも参加し、現地の人々と一緒に料理を作る活動を行っています。

ビッグイシュー基金と夜のパン屋さん

枝元さんとビッグイシューとの関係は、2004年の取材をきっかけに始まりました。

2005年から『ビッグイシュー日本版』で料理と人生相談に関わる連載を続け、2007年に設立されたビッグイシュー基金では理事として活動。2019年には共同代表に就任しました。

特に大きな功績として挙げられるのが、2020年に始まった「夜のパン屋さん」です。

この事業には、二つの目的がありました。

1. パン屋で売れ残りそうなパンを再販売して食品ロスを減らす。
2. 生活に困窮している人などに販売の仕事を提供する。

つまり、余ったパンを売るだけの事業ではありません。食べ物を無駄にしない仕組みと、人が働ける場所を同時につくる取り組みでした。

さらに2022年には「夜パンカフェ」も始まり、食事を囲んで多様な人が交流できる場所へと活動が広がりました。

ビッグイシュー基金は、2025年3月12日の訃報発表の中で、枝元さんが立ち上げた夜のパン屋さんなどの事業を継続すると表明しています。

枝元さんが残したものは、レシピや料理番組での出演実績だけではありません。人が食べ、働き、つながるための社会的な仕組みでもあったのです。

【最後の活動と2026年現在】亡くなる直前まで続けた発信と社会への思い

枝元さんの最期を振り返る際に注目されているのが、2025年2月の本人の発信です。

2024年12月にも料理を披露していた

日本女医会が2025年3月12日に掲載した追悼記事によると、枝元さんは2024年12月の講演会でも料理を披露していました。

講演会のテーマは「病で得た食と命への気づき~『食べる』と『生きる』はくっついている~」。

体調が優れない中でも、酸素吸入器を「ポチ」と呼び、参加者に料理を披露していたといいます。

この講演会は、2024年12月2日から9日まで期間限定でアーカイブ配信されました。

病気を経験した本人だからこそ伝えられる、食事と命についての講演だったといえます。

2025年2月16日の公式Xが最後の発信に

2025年2月16日、枝元さんの公式Xには、体調が厳しい状況にあることを伝える投稿が掲載されました。

投稿では、今後どこまで回復できるのか分からないという不安と、それでも頑張っていられるのは周囲からの愛情や応援のおかげだという感謝がつづられていました。

この投稿は、ねとらぼの報道によって、生前最後の投稿だったことが伝えられています。

注目したいのは、病状の厳しさを伝えるだけでなく、周囲への感謝も忘れていなかったことです。

枝元さんは、闘病中も自分の経験を発信し、同じように病気と向き合う人たちにメッセージを送り続けていました。

2025年2月18日公開のインタビューにも注目

亡くなる9日前の2月18日には、『クロワッサン』のインタビュー記事が公開されています。

ただし、この記事は2025年2月に新たに取材したものではありません。撮影・取材は2024年8月に行われていました。

記事では、病気になっても自分にできる活動を発信し、周囲の人とつながり続けたいという思いが紹介されています。

その中で、枝元さんは次のように話しています。

「病気をしながらでも、何かやれることはあるんだよ」

これは、病気を隠すことなく、自分の経験を誰かの励みに変えようとした枝元さんの考え方を象徴する言葉です。

2025年2月27日、間質性肺炎のため69歳で逝去

2025年3月12日、チームむかごのスタッフ一同とビッグイシュー基金が訃報を公表しました。

公式発表によると、枝元さんは2025年2月27日、間質性肺炎のため入院先の病院で亡くなりました。享年69歳でした。

通夜と葬儀は、本人と遺族の意向により近親者で執り行われたと報告されています。

ビッグイシュー基金は、長年の活動に対する感謝とともに、枝元さんが大切にしていた事業を引き継ぐ方針を示しました。

2026年現在、枝元なほみさんの活動はどうなっている?

2026年11月現在、枝元さんはすでに逝去しており、本人の新たな料理活動やテレビ出演はありません。

一方、彼女が立ち上げた活動は関係団体に引き継がれています。

2026年3月12日付のビッグイシュー基金の公式案内では、夜のパン屋さんが都内4か所で営業していることや、4月11日に夜パンカフェを開催する予定が告知されていました。

また、2025年の活動報告では、枝元さんを偲ぶメモリアルコーナーが設けられたことも紹介されています。

つまり、2026年の枝元さんの現在を知るうえで大切なのは、本人の近況を探すことではなく、彼女が作り上げた活動がどのように受け継がれているかを見ることです。

【プロの結論】枝元なほみさんの闘病から分かる3つの重要な事実

枝元さんの病気と人生を振り返ると、検索上で混同されやすい情報と、実際に公表されている事実を区別する必要があります。

1. 死因は新型コロナではなく間質性肺炎

2023年の新型コロナ感染は、枝元さんの肺の状態を悪化させた大きな出来事でした。

しかし、2025年2月27日の死去について、ビッグイシュー基金が公式に公表した死因は間質性肺炎です。

コロナ感染があったことと、最終的な死因を同一視するのは正確ではありません。

2. 特発性間質性肺炎と特発性肺線維症を混同しない

病名についても注意が必要です。

病名意味
間質性肺炎肺の間質に炎症や損傷が生じる疾患群
特発性間質性肺炎原因が特定できない間質性肺炎の総称
特発性肺線維症特発性間質性肺炎に含まれる病型の一つ

枝元さん本人が明かした診断名は特発性間質性肺炎です。個別の病型まで特定する情報は公表されていません。

3. 病気によって活動を完全に止めたわけではない

枝元さんは酸素吸入が必要になってからも、料理や社会活動を続けました。

ただし、以前と同じ働き方を無理に続けたわけではありません。軽い調理器具を使い、体調に合わせて料理を作り、人の助けを借りることも受け入れていました。

ここには、病気を抱えた人が社会とつながり続けるための、一つの具体的な姿があります。

枝元さんの功績を評価するうえで重要なのは、病気に打ち勝ったかどうかではなく、病気と向き合いながら、食を通じて人と社会をつなぐ活動を続けたことです。

【枝元なほみさんの病気】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:枝元なほみさんの病名は何ですか?

枝元なほみさんは2019年に特発性間質性肺炎と診断されました。2025年2月27日の死去について、公式発表では間質性肺炎が死因とされています。

Q2:枝元なほみさんは新型コロナに感染していたのですか?

はい。2023年初頭に新型コロナウイルスに感染し、間質性肺炎が悪化しました。一時は集中治療室で治療を受け、約1か月入院しています。

Q3:枝元なほみさんは2026年現在も活動していますか?

2025年2月27日に69歳で亡くなっています。本人の活動は終了していますが、夜のパン屋さんなど、枝元さんが立ち上げた事業はビッグイシュー基金などによって引き継がれています。

まとめ:枝元なほみさんの病気と最後まで貫いた生き方

枝元なほみさんは、2019年に特発性間質性肺炎と診断され、2023年の新型コロナ感染によって肺の状態が悪化しました。

酸素吸入が必要な生活になってからも、料理家としての仕事や社会貢献活動に取り組み、2025年2月27日に69歳で逝去しました。

彼女の人生を振り返ると、料理は単に食事を作る技術ではなく、人と人をつなぎ、社会の問題に向き合うための手段でもあったことが分かります。

NHK「きょうの料理」で親しまれた料理家としての顔、チームむかごの代表として農業を支えた顔、ビッグイシュー基金の共同代表として困窮する人々に寄り添った顔。そのすべてが枝元なほみさんという一人の人物を形作っていました。

病気を抱えながらも、自分にできることを探し、周囲と助け合う道を選んだ枝元さん。

2026年になった今も、彼女が残したレシピと「食べることは生きること」という思い、そして夜のパン屋さんの活動は、多くの人に受け継がれています。 (出典: 枝 元 なほみ 病気(Yahoo!ニュース))

枝元なほみ病気
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