「パンケーキ食べたい芸人」は夢屋まさる!2026年現在の活動と引退理由を徹底解説
「パンケーキ食べたい、パンケーキ食べたい!」という印象的なリズムネタで、2019年に大ブレイクした芸人を覚えているだろうか。その人物は、元サンミュージック所属のお笑い芸人・夢屋まさるだ。独特のファッションと耳に残るフレーズで一躍人気者になったが、2022年3月31日をもって芸人を引退。その翌日からは、テレビ朝日の新社会人として新たなキャリアをスタートさせた。
さらに注目したいのが、2025年11月のMANTANWEBによる報道だ。夢屋まさるはテレビ朝日で番組プロデューサーを務め、先輩芸人カズレーザーとタッグを組んだ深夜バラエティー「カズレーザー100%」を手がけていることが明らかになった。2026年現在の姿を理解するには、芸人時代のブレイクだけでなく、引退を決断した理由とテレビマンとしての歩みを知る必要がある。 HTML_BLOCK_HOLD_0 HTML_BLOCK_HOLD_7
「パンケーキ食べたい芸人」として知られる夢屋まさるは、東京都出身の元ピン芸人だ。芸名のインパクトも強いが、実際には慶應義塾大学経済学部を卒業した高学歴の持ち主でもある。
本名は鈴木優。高校在学中から芸人として活動し、2019年の「ぐるナイ おもしろ荘」出演をきっかけに全国的な知名度を獲得した。
夢屋まさるの基本プロフィール
- 芸名:夢屋まさる
- 本名:鈴木優
- 生年月日:1998年4月2日
- 出身地:東京都
- 出身大学:慶應義塾大学経済学部
- 旧所属事務所:サンミュージックプロダクション
- 芸人としての活動:2016年から2022年3月31日まで
- 現在の職業:テレビ朝日の番組制作に携わるテレビマン
夢屋まさるの特徴は、単に奇抜な衣装やリズムネタを披露するだけではなかったことだ。ジェンダーレスなファッションや独特の言葉選び、知的な受け答えなど、従来のお笑い芸人とは異なる個性を持っていた。
2019年のORICON NEWSのインタビューでは、慶應義塾大学経済学部に在学しながら芸人として活動する当時の姿が紹介されている。芸人活動と大学生活を両立させていたことも、彼の特徴だった。

【誕生秘話】パンケーキ食べたいネタはどうやって生まれた?
夢屋まさるの代表ネタ「パンケーキ食べたい」は、単純なフレーズの繰り返しに見えて、意外な日常の出来事から生まれている。
喫茶店でのネタ作りがきっかけだった
2019年2月のORICON NEWSのインタビューによると、ネタの原型が生まれたのは2018年10月ごろ。「おもしろ荘」のオーディションに向けて、喫茶店でネタを考えていたときだった。
当時、お金に余裕がなかった夢屋まさるは、コーヒー1杯で約6時間も喫茶店に滞在していたという。そこで目に入ったのが、店内に掲示されていた「期間限定のパンケーキ」というポスターだった。
さらに、きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲「原宿いやほい」を聴いていたことも、フレーズの誕生に関係していた。
お腹が空いたという日常的な感覚と、耳に残る音楽のリズムが結びつき、「パンケーキ食べたい」という言葉が生まれたのである。
誰でもまねできる簡単な振り付けが人気を後押し
ネタの初期段階では、振り付けは付いていなかった。しかし、夢屋まさるはダンスが得意ではなかったこともあり、誰でも簡単にまねできる動きを取り入れることにした。
この判断が、結果的にネタの拡散力を高めた。複雑な動きや難しい言葉を必要とせず、フレーズと簡単な振り付けだけで成立するため、テレビを見た人がすぐに再現できたのだ。
また、2019年12月の日刊スポーツのインタビューでは、本人がパンケーキを実際には好きではないという意外な一面も明かしている。芸名や代表ネタから連想されるイメージと、本人の嗜好が必ずしも一致していなかった点も興味深い。
2019年元日の「おもしろ荘」で全国区へ
大きな転機になったのは、2019年1月1日放送の日本テレビ系「ぐるナイ おもしろ荘」だった。
「おもしろ荘」は、若手芸人が全国の視聴者に名前を知ってもらうきっかけになる番組だ。これまでにも多くのブレイク芸人を輩出してきた。
夢屋まさるは、この番組で「パンケーキ食べたい」を披露。放送直後にはフレーズが話題になり、本人の2022年のnoteでも、元日にパンケーキという言葉がTwitterのトレンド入りし、LINE NEWSのトップに掲載された当時の驚きが振り返られている。
その後はテレビ出演だけでなく、商業施設のPRイベント、企業CM、映画の広報活動、出版、地方営業など、仕事の幅が一気に広がった。
【経歴・年表】夢屋まさるのブレイクから芸能界引退まで
夢屋まさるのキャリアを理解するうえで重要なのは、2019年のブレイクと2022年の引退を別々の出来事として捉えないことだ。実際には、ブレイクした時期からすでに次の人生を考えていた。
夢屋まさるの主な活動と転換点
| 時期 | 出来事 | 主な内容・意味 |
|---|---|---|
| 2016年 | 芸人活動 | 高校在学中に芸人として活動を開始。 |
| 2018年10月ごろ | ネタ誕生 | 喫茶店で「パンケーキ食べたい」の原型を考案。 |
| 2019年1月1日 | おもしろ荘出演 | 代表ネタが話題となり、一躍ブレイク。 |
| 2019年10月 | 引退を決断 | 本人のインタビューで、芸人を辞める考えを固めた時期として説明。 |
| 2021年9月 | 慶應義塾大学卒業 | 経済学部での学びを終え、社会人への準備を進める。 |
| 2022年1月29日 | 引退を発表 | サンミュージック退所と芸人引退を公表。 |
| 2022年3月31日 | 芸人引退 | 約6年間の芸人活動に終止符。 |
| 2022年4月 | テレビ朝日入社 | 新卒社員としてテレビ業界の裏方へ転身。 |
| 2023年4月 | ジェシカ美術部 | 企画・構成を担当。真空ジェシカの冠番組に携わる。 |
| 2024年 | 番組制作部門へ異動 | ADとして「ハマスカ放送部」「激レアさんを連れてきた。」に携わる。 |
| 2025年11月 | プロデューサーとして報道 | 「カズレーザー100%」を手がける活動が紹介される。 |
この年表から分かるように、夢屋まさるは人気が落ちてから引退したわけではない。むしろ、ブレイク後の早い段階で自分のキャリアを見直し、次の道を選んでいた。
なお、大学卒業については慶應塾生新聞の2022年3月のインタビューでも取り上げられており、2021年9月に卒業したことが紹介されている。

【引退理由の真相】なぜ人気絶頂期に芸人を辞めたのか?
夢屋まさるの芸人引退は、当時のファンにとって意外なニュースだった。テレビ出演が増え、代表ネタが広く知られるようになったタイミングだったからだ。
しかし、2022年2月のENCOUNTの単独インタビューでは、本人が引退を決めた時期と理由を詳しく説明している。
引退を決めたのは2019年10月だった
夢屋まさるが引退を決断したのは、2022年1月の発表時ではない。本人によると、実際に決断したのは2019年10月だった。
その年の話題の人として評価される機会を得て、自分が生み出したキャラクターとしての到達点を迎えたと感じたことが大きかったという。
「人気を維持するのは大変。この状態を越えることは難しいという思いもありました」
これはENCOUNTのインタビューで語られた引退理由の核心だ。
芸人として人気を獲得することと、その人気を何年も維持することは別の問題である。特に、特定のキャラクターや決めぜりふによって急激に知名度を得た芸人は、そのイメージを超える新しい魅力を示す必要がある。
代表ネタのイメージが強くなりすぎた
2023年のMANTANWEBのインタビューでも、夢屋まさるは芸人引退に至った背景を説明している。
本人によると、「パンケーキ食べたい」は、もともと自分が目指していた芸風そのものではなく、テレビ出演のために構成したネタだった。
ところが予想以上の反響を呼び、夢屋まさるという芸人のイメージが代表ネタに強く結びついてしまった。
その結果、今後の仕事の幅を広げられるのか、同じキャラクターを長く続けることが自分にとって最善なのかという問題が生じた。
慶應義塾大学での学びを終える時期とも重なり、芸能活動を続けるよりも、別の立場からお笑いに携わる道を選んだのである。
2022年3月31日にサンミュージックを退所
2022年1月29日、夢屋まさるは自身のnoteで、3月31日をもってサンミュージックを退所し、芸人を引退すると発表した。
さらに、3月27日には最初で最後の単独ライブを開催。芸人として長年目標にしていた大きな劇場での単独公演を実現し、最後の舞台を締めくくった。
引退発表の段階で、次の道については社会人として新しい環境で頑張りたいという意思を示していた。
したがって、引退は突然の失速や不祥事によるものではなく、本人が早い段階から考えていたキャリアチェンジだったと整理できる。
【2026年現在】夢屋まさるはテレビ朝日のプロデューサーとして活動
芸人を引退した夢屋まさるは、その後どうなったのか。現在の姿を知るうえで重要な節目は、2022年4月のテレビ朝日入社だ。
2022年4月にテレビ朝日へ新卒入社
2022年3月31日の芸人引退後、夢屋まさるは翌4月からテレビ朝日の社員として勤務を始めた。
2023年のMANTANWEBのインタビューでは、本名の鈴木優としてテレビ朝日で働く姿が紹介されている。
入社当初はビジネスプロデュース局に配属され、配信関連の業務や番組イベント、放送外収入に関する仕事などを担当。その一方で、番組企画を社内コンペに提出していた。
芸人として表舞台に立つのではなく、番組を企画する側としてお笑いに関わり続ける道を選んだのだ。
真空ジェシカの「ジェシカ美術部」で企画・構成を担当
テレビ朝日入社後、夢屋まさるの企画が採用され、2023年4月には深夜バラエティー枠「バラバラ大作戦」で放送された「ジェシカ美術部」の企画・構成を担当した。
同番組は、お笑いコンビ・真空ジェシカの初冠番組。2人がさまざまなアートやアーティストに触れ、その経験をネタに落とし込んでいく内容だった。
夢屋まさる自身が真空ジェシカのネタを好んでいたことも企画の出発点になったという。
また、芸人時代に仕事をしたディレクターたちと再び番組制作で関わるなど、以前の人脈も生かされていた。
「ハマスカ放送部」「激レアさんを連れてきた。」にも参加
その後は念願だったテレビ朝日のバラエティー制作部門へ異動。2025年11月のMANTANWEBのインタビューによると、2024年からADとして「ハマスカ放送部」や「激レアさんを連れてきた。」に携わっていた。
現場では、番組演出を担当するディレクターの仕事を間近で学んだという。一方で、映像編集や色味の調整など、技術面では自身の適性に難しさを感じたことも明かしている。
その経験を経て、自分の得意分野を生かせるプロデューサーという仕事を目指すようになった。
2025年11月、27歳で「カズレーザー100%」のプロデューサーに
夢屋まさるの現在を語るうえで、最も大きなニュースが2025年11月15日のMANTANWEBによる報道だ。
同記事では、当時27歳だった夢屋まさるがテレビ朝日のプロデューサーとして活躍し、深夜の月替わりバラエティー枠「バラバラマンスリー」で放送された「カズレーザー100%」を手がけていると紹介された。
MCを務めるのは、サンミュージック時代の先輩でもあるカズレーザー。カズレーザーが挑戦したいことを、気心の知れた仲間と楽しむ番組だ。
番組では、ママタルトの大鶴肥満とグラビアアイドルの動きを比較する企画や、まだ知られていない面白い芸人を紹介する「ヴィンテージ面白芸人」など、独特な発想を生かした企画が展開された。
夢屋まさるにとって、カズレーザーは芸人時代から親交のある先輩。引退を決めた際にも最初に相談した相手だったという。
芸人として出演していた人物が、今度は制作側として先輩芸人の番組を担当する。この関係性は、夢屋まさるのキャリアの変化を象徴している。
なお、2026年11月時点で確認できる具体的な活動報道としては、この2025年11月のMANTANWEBの記事が重要な最新情報となる。同記事でプロデューサーとしての活動は確認できるが、2026年中の担当番組や役職の変更については、追加の公表情報なしに断定できない。

【誤解を検証】夢屋まさるは消えた?芸人復帰や現在の仕事の真相
夢屋まさるについて検索すると、「芸人を辞めた後に消えた」「テレビ朝日に入社した理由は何か」「芸能界に復帰するのか」といった疑問が見られる。ここでは、報道された事実を整理しておきたい。
誤解1:テレビから消えたのは人気がなくなったから?
これは正確ではない。本人は2019年10月には引退を決断しており、2022年1月の発表までには次の進路を考えていた。
テレビへの出演が減ったのは、芸人としての活動を終え、テレビ番組を作る側へ移ったためだ。表舞台から姿を消したことと、業界から離れたことは同じではない。
誤解2:テレビ朝日では一般的な事務職だけを担当している?
これも実態とは異なる。入社当初はビジネスプロデュース局での業務を担当していたが、社内企画の採用や制作部門への異動を経て、番組の企画・構成、AD、プロデューサーへと仕事の幅を広げている。
2025年の報道では、番組プロデューサーとして具体的な番組を手がけていることまで明らかになっている。
誤解3:芸人時代の名前は完全に捨てた?
興味深いことに、2025年のインタビューでは「夢屋まさる」という芸名をSNSなどに残していることも紹介された。
2023年の取材では、本人は芸名を消したい気持ちを語っていたが、2025年には考えが変わっていた。
過去の知名度は、番組を宣伝するうえでも、スタッフとの打ち合わせで話題を作るうえでも役立つ。芸名を自分の武器の一つとして捉え直していたのだ。
【プロの結論】夢屋まさるの転身が示すテレビ業界でのキャリアの可能性
夢屋まさるの経歴で注目すべきなのは、単に人気芸人からテレビ局社員になったという肩書の変化ではない。
芸人として出演者側の経験を積み、テレビ番組の現場でスタッフとして働き、企画・構成を担当し、最終的にはプロデューサーとして番組を統括する立場に進んだことに意味がある。
特に、芸人時代に培った人脈や、出演者としてテレビ制作の現場を経験したことは、番組企画やキャスティングを考える際の強みになり得る。
また、2025年のインタビューでは、賞レースで結果を残した芸人だけでなく、まだ知られていない芸人にも活躍の機会を作りたいという考えを語っていた。
これは、2019年の自分自身が「おもしろ荘」を通じて発見された経験と重なる。
夢屋まさるのキャリアは、一度のブレイクを一生の仕事にすることだけが成功ではないと示している。自分の適性を見直し、得意な分野を見つけ直すことで、同じエンターテインメント業界の中でも新しい役割を築けるのだ。
【パンケーキ食べたい芸人】夢屋まさるに関するよくある質問(FAQ)
Q1:パンケーキ食べたい芸人の名前は何ですか?
A1:夢屋まさるです。2019年1月1日放送の日本テレビ系「ぐるナイ おもしろ荘」で「パンケーキ食べたい」というリズムネタを披露してブレイクしました。本名は鈴木優です。
Q2:夢屋まさるが芸人を引退した理由は何ですか?
A2:代表ネタのイメージが強くなり、今後の芸人活動の幅を広げることが難しいと感じたことや、人気を維持する難しさなどが理由です。本人は2019年10月には引退を決断していたと2022年のインタビューで明かしています。
Q3:夢屋まさるは2026年現在何をしていますか?
A3:テレビ朝日の社員として番組制作に携わっています。2025年11月の報道では、プロデューサーとして「カズレーザー100%」を手がけていることが紹介されました。2026年の最新の担当番組については、追加の公表情報を確認する必要があります。
まとめ:夢屋まさるは芸人からテレビ朝日のプロデューサーへ
「パンケーキ食べたい芸人」として2019年に一世を風靡した夢屋まさるは、2022年3月31日に芸人を引退し、翌4月からテレビ朝日の社員として新たな人生を歩み始めた。
引退は人気がなくなったからではなく、2019年10月の段階で本人が将来を考えて決断していたものだった。慶應義塾大学経済学部での学びを終えたことも、進路を切り替える大きな節目になった。
その後は「ジェシカ美術部」の企画・構成や「ハマスカ放送部」「激レアさんを連れてきた。」の制作に携わり、2025年には「カズレーザー100%」のプロデューサーとして紹介された。
かつて自分が「おもしろ荘」で発掘されたように、今度は制作する側から新しい芸人の魅力を世に届けようとしている夢屋まさる。パンケーキのフレーズで知られた芸人時代は終わったが、テレビの世界での挑戦は続いている。
今後、どのような番組や企画を生み出すのか。出演者から制作者へと立場を変えた彼のキャリアは、引き続き注目したいところだ。 (出典: パン ケーキ 食べ たい 芸人(Yahoo!ニュース))