【入来兄弟とは】兄・智と弟・祐作の生年月日、年齢、兄弟関係

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【入来兄弟とは】兄・智と弟・祐作の生年月日、年齢、兄弟関係
【入来兄弟とは】兄・智と弟・祐作の生年月日、年齢、兄弟関係
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入来兄弟として知られる二人は、宮崎県出身の実の兄弟である。兄が入来智、弟が入来祐作で、いずれも右投右打の投手としてプロ野球の舞台に立った。

二人の基本プロフィールは次のとおり。

項目兄・入来智弟・入来祐作
生年月日1967年6月3日1972年8月13日
出身地宮崎県宮崎県
年齢55歳没54歳(2026年11月時点)
投打右投右打右投右打
出身校鹿児島実業高校PL学園高校・亜細亜大学
社会人時代三菱自動車水島本田技研
ドラフト1989年6位1996年1位
主な所属球団近鉄・広島・巨人・ヤクルト巨人・日本ハム・横浜
NPB通算勝利35勝35勝

二人の年齢差は約5歳2か月。兄の智は1967年生まれ、弟の祐作は1972年生まれだ。

特筆すべきなのは、NPBでの通算勝利数が二人とも35勝という共通点である。異なる時代、異なる球団でプレーしながら、プロ野球公式記録に残る勝利数が一致している。

なお、智には祐作のほかに末弟の博之もいたことが、2001年当時の『Number』の記事で紹介されている。「入来兄弟」という呼称は、主にプロ野球選手として活躍した智と祐作を指すものだ。

【兄・入来智の球歴】近鉄から巨人、ヤクルトへ!NPB通算35勝の実績

入来智は1989年度ドラフト6位で近鉄バファローズに入団した。鹿児島実業高校から社会人野球の三菱自動車水島を経てプロ入りした投手である。

140キロ台後半の直球を武器に、先発、中継ぎ、抑えとさまざまな役割を経験した。プロ生活では複数球団を渡り歩き、環境が変わっても現役を続けた。

近鉄・広島・巨人で積み重ねたキャリア

智のNPBでの所属球団と主な転換点は次のとおり。

- 1990年:近鉄でプロデビュー。 1989年ドラフト6位で入団し、プロのキャリアをスタート。
- 1991年:4勝を記録。 防御率2.44と安定した投球を見せた。
- 1994年:近鉄で44試合に登板。 リリーフとしても起用され、幅広い役割を担った。
- 1996年:広島東洋カープへ移籍。
- 1997~1998年:近鉄に復帰。
- 1999~2000年:読売ジャイアンツに在籍。 弟・祐作との同時在籍が実現した。

その後、2000年オフに巨人を自由契約となり、ヤクルトスワローズへ移籍する。

ここが智の野球人生における大きな転換点だった。巨人を離れた後、新天地で再び結果を残す機会を得たのである。

2001年ヤクルトで自己最多の10勝

入来智のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2001年のヤクルトでの活躍だ。

この年の成績は次のとおり。

- 登板:24試合
- 勝利:10勝
- 敗戦:3敗
- 防御率:2.85
- 投球回:129回1/3

自己最多となる10勝を挙げ、ヤクルトのリーグ優勝に貢献した。

巨人を離れた翌年に新天地で結果を出したことから、当時の『Number』は智を「リストラの星」として取り上げている。

特に捕手・古田敦也とのバッテリーは、復活を支えた要素の一つだった。智は古田のリードに応えながら投球を組み立て、以前とは違う形で勝利を積み重ねた。

2001年は智にとって、プロ入り後初のオールスター出場を果たした記念すべきシーズンでもある。

入来智のNPB通算成績

日本野球機構(NPB)の個人年度別成績によると、智の通算記録は以下のとおり。

記録項目通算成績
登板214試合
勝利35勝
敗戦30敗
セーブ2
投球回605回2/3
奪三振422
防御率4.25
勝率.538

注目したいのは35勝という数字だけではない。近鉄、広島、巨人、ヤクルトと所属先が変わり、先発・救援の両方を経験しながら、通算214試合に登板したことだ。

なお、この成績はNPBでの公式記録である。2003年の韓国プロ野球・斗山ベアーズ、2004年の台湾プロ野球・ラニューでのプレーは含まれない。智は海外でのプレーを経て、2004年に現役を引退した。

【巨人で同時在籍】2001年オールスターで実現した伝説の兄弟継投

入来兄弟の名前が野球ファンに広く知られるようになった理由の一つが、巨人での同時在籍だ。

弟の祐作は1997年に巨人へ入団。兄の智は1999年に巨人へ移籍した。

そのため、1999年と2000年の2シーズン、二人は同じ読売ジャイアンツのユニホームを着てプレーした。

ただし、兄弟が同じ球団に所属していたことと、同じ試合で継投したことは別の出来事だ。実際にプロ野球の歴史に残る兄弟継投が実現したのは、智がヤクルトに移籍した後の2001年だった。

2001年7月21日、福岡ドームで起きた歴史的な出来事

2001年7月21日、福岡ドームで開催されたサンヨーオールスターゲーム第1戦。

この試合で、弟・祐作がセ・リーグ選抜の先発投手として登板し、その後を兄・智が引き継いだ。

NPB公式の試合記録には、巨人の入来とヤクルトの入来が連続して投手として記録されている。

投球内容を確認すると、次の順番だった。

1. 弟・入来祐作(巨人):2回2/3を投球。
2. 兄・入来智(ヤクルト):続いて2回1/3を投球。

異なる球団に所属する兄弟が、オールスターという特別な舞台でリレーしたのである。

報道では、この出来事は史上初のオールスター兄弟継投として紹介された。

兄弟の成績と関係者・球団の関係一覧

人物・出来事所属・関係主な記録・内容
入来智兄・ヤクルト2001年10勝3敗、防御率2.85
入来祐作弟・巨人2001年13勝4敗、防御率3.71
巨人での同時在籍兄弟が同じ球団に所属1999~2000年
2001年オールスター第1戦兄弟継投7月21日、福岡ドーム
兄弟のNPB通算勝利それぞれの公式記録智35勝、祐作35勝

この表からも分かるように、二人は同じ投手でもそれぞれ異なる道を歩んでいた。

2001年の祐作は巨人で13勝を挙げ、智はヤクルトで10勝を記録した。二人とも同じ年に結果を残し、オールスターという舞台で再び交わったのである。

兄弟の絆を伝える2001年当時のエピソード

スポーツ総合誌『Number』が2023年の追悼記事で再掲載した2001年当時の記録には、兄弟の関係を伝えるエピソードもある。

記事によると、祐作は試合に勝つと兄の智に電話をすることが多かったという。

また、オールスターへの出場が決まった際には、二人で両親を試合に招待する話をしていたことも紹介されている。

こうしたエピソードは、単に同じ競技で活躍した兄弟というだけではない、二人のつながりを伝えている。

兄弟継投が印象深いのは、珍しい記録だったからだけではない。プロ野球選手としてそれぞれの道を歩んだ二人が、同じ舞台で同じチームの勝利を目指した瞬間だったからだ。

【入来智の訃報】2023年の交通事故と55歳で迎えた突然の別れ

2023年2月11日、東京ヤクルトスワローズは球団OBの入来智が亡くなったことを発表した。

智が亡くなったのは2023年2月10日。55歳だった。

プロ野球で長年活躍した投手の突然の訃報は、球界に大きな衝撃を与えた。

事故が起きたのは宮崎県都城市

報道によると、事故が発生したのは2023年2月10日の午後9時50分ごろ。

場所は宮崎県都城市内の市道で、智が運転していた軽乗用車と普通乗用車が交差点で出合い頭に衝突した。

智は病院に搬送されたものの、同日午後11時45分に死亡が確認された。

死因は重症頭部外傷と発表されている。

事故については警察による調査が行われ、当時の報道では詳しい原因は捜査中と伝えられた。

引退後は故郷の都城市で介護士として勤務

智は2004年に現役を引退した後、プロ野球のユニホームを脱ぎ、故郷の宮崎県都城市で生活していた。

訃報を伝えたテレビ朝日やデイリースポーツなどの報道によると、引退後は介護士として働いていた。

近鉄、広島、巨人、ヤクルトでプレーし、韓国や台湾でも野球を続けた選手が、引退後には地元で別の仕事に就いていたことになる。

プロ野球選手としてのキャリアだけでなく、引退後の人生にも大きな転換があった。

兄を亡くした祐作と、球界に残る記憶

兄の訃報は、弟の祐作にとっても突然の別れとなった。

当時の報道では、祐作が兄の通夜に参列したことや、突然の出来事に心の整理がついていないと語ったことが伝えられている。

二人が同じ巨人でプレーした時代や、2001年のオールスターで実現した兄弟継投は、智の野球人生を振り返る際にも繰り返し取り上げられている。

智が残した35勝という数字とともに、弟と同じ舞台に立った記憶もまた、入来兄弟を象徴する出来事として残っている。

【弟・入来祐作の現在】2026年は横浜DeNAの二軍チーフ投手戦術・育成コーチ

兄の智が2023年に亡くなった一方、弟の祐作は現在も野球界で活動している。

2026年11月現在、入来祐作は横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチを務めている。

これは球団公式の2026年シーズンスタッフ発表とNPBの2026年度監督・コーチ一覧で確認できる役職だ。背番号は88。

PL学園から亜細亜大学へ進み、1996年ドラフト1位で巨人入団

祐作は1972年8月13日生まれ。宮崎県出身で、PL学園高校から亜細亜大学へ進学し、社会人野球の本田技研を経てプロ入りした。

1996年のドラフトでは巨人から1位指名を受け、1997年にプロデビュー。

当時の巨人は投手陣の競争も激しく、祐作は救援から先発までさまざまな役割を経験した。

2001年には自己最多の13勝を記録。防御率3.71で、巨人の先発投手として活躍した。

その後は日本ハム、米国マイナーリーグ、横浜と所属先を変え、現役生活を続けた。

入来祐作の現役時代と指導者としての歩み

祐作のキャリアは、現役選手としての経験だけにとどまらない。

球団公式発表などをもとに整理すると、次のような経歴になる。

- 1997~2003年:読売ジャイアンツ
- 2004~2005年:北海道日本ハムファイターズ
- 2006~2007年:米国マイナーリーグ
- 2008年:横浜ベイスターズ
- 2015~2019年:福岡ソフトバンクホークスで投手コーチ
- 2021~2023年:オリックス・バファローズで投手コーチ
- 2024年:横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手コーチに就任
- 2026年:二軍チーフ投手戦術・育成コーチ

2023年10月、DeNAは祐作との2024年シーズンのコーチ契約を正式発表した。

同球団への復帰は、現役時代の横浜在籍経験もある祐作にとって、選手から指導者へと立場を変えて再び関わる機会となった。

ソフトバンクやオリックスでの指導経験を経て、現在はDeNAの二軍投手陣を中心に、投手戦術と育成を担っている。

2026年現在の年齢と役職

2026年11月6日時点で、祐作は54歳。

DeNAの公式プロフィールにも、1972年8月13日生まれ、背番号88、二軍チーフ投手戦術・育成コーチと掲載されている。

現役時代には巨人で13勝を挙げた経験があり、NPB通算では215試合に登板して35勝35敗3セーブ、防御率3.77を記録した。

特に、先発として162回1/3を投げた2001年の実績は、投手としてのキャリアを代表する数字だ。

現在の指導者としての仕事は、現役時代に積み重ねた経験を若い投手の育成へ生かす役割でもある。

【プロの結論】入来兄弟がプロ野球史に残したものとは?

入来兄弟の歩みを振り返ると、注目すべき点は大きく三つある。

第一に、兄弟それぞれが独立したプロ野球選手として実績を残したこと。

智は近鉄、広島、巨人、ヤクルトで35勝。祐作は巨人、日本ハム、横浜などで35勝を記録した。兄弟という話題性だけではなく、NPB公式記録に残る実績がある。

第二に、兄弟が同じ巨人に在籍した後、2001年のオールスターで再び同じ試合に登板したこと。

1999~2000年の巨人での同時在籍と、2001年のオールスターでの継投は、時期も所属球団も異なる別々の出来事だ。この二つを正確に理解することが、入来兄弟の歴史を知るうえで大切になる。

第三に、引退後も野球との関わりが続いていること。

智は介護士として第二の人生を歩み、2023年に亡くなった。一方、祐作は投手コーチとして野球界に残り、2026年もDeNAの二軍で選手育成に携わっている。

この兄弟の歴史は、単なるプロ野球選手の兄弟エピソードではない。選手としての実績、移籍や再起、引退後の進路、そして指導者としての継承までを含んでいる。

情報を調べる際には、次の三点を区別すると理解しやすい。

- 兄弟の同時在籍は1999~2000年の巨人時代。
- 兄弟継投は2001年7月21日のオールスター第1戦。
- 2026年現在の祐作の役職はDeNAの二軍チーフ投手戦術・育成コーチ。

入来兄弟に関するよくある質問(FAQ)

Q1:入来兄弟は実の兄弟ですか?

A1:はい。兄が入来智、弟が入来祐作です。二人とも宮崎県出身で、プロ野球の投手として活躍しました。

Q2:入来兄弟は巨人に同時在籍していましたか?

A2:はい。祐作は1997年に巨人へ入団し、智は1999年に移籍しました。1999年と2000年の2シーズン、同じ巨人に所属しています。

Q3:2001年のオールスター兄弟継投は本当にあったのですか?

A3:実際にありました。2001年7月21日の第1戦で弟・祐作が先発し、兄・智が後を受けて登板しました。NPB公式の試合記録にも両投手の登板が記録されています。

Q4:入来智の通算成績と死因は何ですか?

A4:NPB通算214試合、35勝30敗2セーブ、防御率4.25です。2023年2月10日、宮崎県都城市で交通事故に遭い、重症頭部外傷で55歳で亡くなりました。

Q5:入来祐作は2026年現在、何をしていますか?

A5:横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチです。2024年に同球団の二軍チーフ投手コーチとして就任し、2026年も指導者として活動しています。

まとめ:入来兄弟の歴史は2001年の兄弟継投とともに残る

入来智と入来祐作は、プロ野球でそれぞれ35勝を記録した実の兄弟だ。

1999~2000年の巨人での同時在籍、2001年7月21日のオールスターで実現した兄弟継投は、二人の野球人生を象徴する出来事となった。

兄・智は近鉄、広島、巨人、ヤクルトで活躍し、2001年にはヤクルトで自己最多の10勝を記録。しかし、2023年2月10日に交通事故で55歳の生涯を閉じた。

弟・祐作はPL学園、亜細亜大学を経て巨人に入団。現役引退後はソフトバンク、オリックスなどで指導経験を積み、2026年現在は横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチとして活動している。

兄が残した実績と、弟が指導者として歩み続ける現在。入来兄弟の名前は、2001年のオールスターで実現した特別な継投とともに、プロ野球の記憶に刻まれている。 (出典: 入 来 兄弟(Yahoo!ニュース))

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