【プロフィール】野球選手の本田圭佑とは何者?生年月日・出身・投手としての特徴
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
【検証資料 1】本田圭佑野球の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)
- 人物:1993年4月24日生まれ、宮城県出身の右投右打の元プロ野球投手。
- 球歴:東北学院高校・大学から2015年ドラフト6位で西武に入団。2024年の現役ドラフトでオリックスへ移籍した。
- 実績:NPB通算147試合、12勝21敗32ホールド、防御率3.93。2022年には防御率1.97を記録。
- 引退:2025年10月に戦力外通告を受け、同月29日に現役引退を表明。
- 2026年現在:古巣・西武に復帰し、ファーム打撃投手兼パフォーマンスアナリストとして活動している。
野球選手の本田圭佑は、1993年4月24日生まれ、宮城県仙台市出身の元プロ野球投手です。身長180cm、体重80kg。右投右打で、東北学院高校から東北学院大学へ進み、2015年のプロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから6位指名を受けました。
日本野球機構(NPB)の選手プロフィールにも、東北学院高校、東北学院大学、2015年ドラフト6位という経歴が記録されています。プロ入り後は主に救援投手として起用され、複数イニングを投げられる能力も評価されてきました。
野球を始めたのは小学3年生
本田は小学3年生で野球を始めました。小学校から中学校までは主に野手としてプレーし、東北学院高校への進学後に投手へ転向しています。
高校時代は投手として経験を積み、東北学院大学では仙台六大学野球リーグで活躍。大学3年秋には敢闘賞を受賞しました。2014年春季リーグでは防御率1.56を記録しており、大学野球でも安定した投球を見せていました。
プロ入り時から注目された名前
2015年のドラフトで西武から指名された際、メディアや野球ファンの間で話題になったのが、サッカー元日本代表の本田圭佑と同姓同名であることでした。
ただし、本人の野球人生は名前の話題だけで語れるものではありません。大学時代には最速147キロの直球と多彩な変化球を武器に実績を積み、プロ入り後も先発と中継ぎの両方を経験しています。
【経歴・年表】東北学院高校から西武、オリックスまでの歩み
本田圭佑のプロ野球人生は2016年に始まりました。西武で約9年間プレーした後、2024年オフの現役ドラフトでオリックスへ移籍。2025年には新天地でのシーズンを経験しましたが、同年限りで現役生活に幕を下ろしました。
球団の公式発表やNPBの年度別成績を整理すると、次のようなキャリアになります。
本田圭佑の野球人生・主要年表
西武時代の背番号は45
2015年11月、東北学院大学で西武との入団交渉が行われ、背番号45での入団が決まりました。大学側の発表によれば、本田は交渉後の会見で、大学の先輩だった岸孝之投手のような投手を目指したいという趣旨の抱負を語っています。
西武では2016年から2024年までプレー。2019年4月4日のロッテ戦でプロ初勝利を挙げました。東北学院大学も同日、卒業生のプロ初勝利をニュースとして紹介しています。
2024年の現役ドラフトでオリックスへ
2024年12月9日、オリックス・バファローズは現役ドラフトで西武の本田圭佑を獲得したと発表しました。背番号は60です。
移籍直前の2024年シーズンは31試合に救援登板し、1勝4敗10ホールド、防御率4.11。オリックスにとっては、一軍での登板経験が豊富な救援投手を補強する狙いがありました。
当時の報道では、福良淳一GMが本田について、一軍での実績や直球、チェンジアップを評価していたことも伝えられています。先発経験もあるものの、救援投手としての起用が期待されていました。
【通算成績を検証】2022年の防御率1.97から2025年の6.39まで
本田圭佑の投手としてのキャリアを評価するうえで、最も注目したいのが2022年と2025年の成績です。
2022年は西武の救援陣を支える存在として活躍し、防御率1.97を記録。一方、オリックスに移籍した2025年は登板機会が限られ、防御率6.39でシーズンを終えました。
NPB通算147試合の成績
NPB公式記録による2025年シーズン終了時点の通算成績は以下のとおりです。
- 通算登板:147試合
- 通算勝利:12勝
- 通算敗戦:21敗
- 通算ホールド:32
- 通算投球回:295回1/3
- 通算奪三振:183
- 通算防御率:3.93
救援投手としての登板が中心だったため、先発投手のように勝利数だけで評価するのは適切ではありません。ホールド数や登板数、複数イニングを任された場面なども含めて実績を見る必要があります。
2022年はキャリアの代表的なシーズン
2022年、本田は45試合に登板し、4勝2敗20ホールド、防御率1.97を記録しました。自身最多の登板数を残し、オールスターゲームにも出場しています。
翌2023年も25試合で防御率1.56を記録。登板数こそ前年より減少しましたが、失点を抑える能力を発揮しました。2022年だけの一時的な好調ではなく、翌年も優れた防御率を残したことは見逃せません。
2025年の成績はなぜ厳しかったのか
オリックスで迎えた2025年は、9試合の登板にとどまりました。投球回は12回2/3、防御率は6.39。勝敗は0勝0敗でした。
特に転機となったのが7月26日のソフトバンク戦です。1イニングで7失点を喫し、翌27日に出場選手登録を抹消。その後、一軍への再昇格はありませんでした。
ただし、2025年に全く結果を残せなかったわけではありません。6月29日の楽天戦では、早期降板した先発投手の後を受けて2回1/3を無失点に抑えています。緊急登板や複数イニングへの対応力を示した試合でした。
成績を比較すると、2022年から2025年にかけて登板機会と投球内容の両面で変化があったことが分かります。特に2025年は登板数が9試合に限られ、前年までの実績を新天地で再現することができませんでした。
【戦力外通告と引退理由】2025年10月に何が起きたのか
本田圭佑の現役引退を理解するには、2025年10月の動きを時系列で見る必要があります。
10月14日、オリックスから来季契約を結ばないと通告
2025年10月14日、オリックスは本田に対し、来年度の選手契約を結ばない旨を通告したと発表しました。
前年の現役ドラフトで加入してからわずか1年での退団となりました。プロ10年目のシーズンで一軍登板は9試合。防御率6.39という数字に加え、7月の登録抹消後に一軍へ戻れなかったことも、シーズンを取り巻く厳しい状況を示しています。
10月29日に現役引退を決断
戦力外通告を受けた当初、本田は今後について明言していませんでした。しかし10月29日、オリックスの球団施設を訪れ、今季限りで現役を引退することを明らかにしました。
翌30日の報道では、チーム関係者や球団へのあいさつを済ませたこと、NPBでの10年間を振り返り、周囲への感謝を語ったことが伝えられています。
「出会いに恵まれた」
これは引退を伝えた際の報道で紹介された本人の言葉です。プロ野球選手として過ごした10年間を、周囲の支えと人との出会いに恵まれた時間として振り返っていました。
引退理由は戦力外だけだったのか
引退の直接的なきっかけは、オリックスからの戦力外通告でした。ただし、本人が引退理由を一つに限定して詳しく説明したわけではありません。
公表された経緯から整理できるのは、次の3点です。
- 2025年は9試合の登板にとどまり、防御率6.39だった。
- 7月27日の登録抹消後、一軍への再昇格がなかった。
- 10月14日の戦力外通告を受け、同月29日に現役引退を決断した。
プロ野球では、球団が翌シーズンの契約を結ばない選手に対して戦力外通告を行います。その後、他球団での現役続行を目指す選手もいれば、引退して指導者や球団スタッフなどの道へ進む選手もいます。
本田の場合は、10年間のプロ生活を終える決断をしながらも、野球界から離れる道は選びませんでした。現役引退と野球界からの引退は別の意味を持つことを示すケースです。
【2026年最新】本田圭佑の現在は西武の打撃投手兼アナリスト
本田圭佑は2026年現在、埼玉西武ライオンズにスタッフとして復帰しています。現役選手ではなく、ファーム打撃投手兼パフォーマンスアナリストとしてチームを支えています。
埼玉西武ライオンズの2026年スタッフ公式ページにも、本田圭佑の名前と担当職務が掲載されています。プロフィールには東北学院高校、東北学院大学、西武、オリックスという経歴も記載されています。
打撃投手として若手選手をサポート
打撃投手は、打者が実戦に近い感覚で打撃練習を行えるようにボールを投げる仕事です。
現役時代に培った投球技術や制球力を生かし、打者が課題に取り組める環境をつくる役割を担います。特に本田のように一軍での登板経験を持つ投手は、投手側の視点から打者の練習を支えられる点も強みです。
さらにパフォーマンスアナリストという肩書も持っており、2026年の西武スタッフ一覧では、打撃投手とパフォーマンス分析を兼務する立場で掲載されています。
2026年10月には一軍に臨時合流
2026年10月8日には、クライマックスシリーズに向けたチームの準備に伴い、一軍に臨時合流したことが日刊スポーツで報じられました。
西口文也監督は、日本ハムの右投手への対策として右の打撃投手を増やす考えを示し、本田について制球力を評価していました。
この合流は選手としての一軍復帰ではありません。あくまで打撃投手として、チームの打撃練習をサポートするためのものです。現役引退後も、一軍の重要な局面で経験を求められる存在になっていることが分かります。
【同姓同名の真相】サッカーの本田圭佑と野球の本田圭佑は別人
検索で特に混同されやすいのが、サッカー元日本代表の本田圭佑と、元プロ野球投手の本田圭佑です。名前の読み方は同じですが、生年月日や出身地、競技、経歴は異なります。
2人のプロフィールを比較
両者の基本情報を比較すると、別々の競技で活躍してきた人物であることが明確になります。
野球とサッカーの本田圭佑の違い
- 野球選手:1993年4月24日生まれ、宮城県出身。右投右打の投手。
- サッカー選手:1986年6月13日生まれ、大阪府摂津市出身。左利きのMF・FW。
サッカー選手のプロフィールは本人の公式サイトにも掲載されており、野球選手の情報はNPB公式記録で確認できます。
名前が同じでも経歴はまったく違う
サッカーの本田圭佑は、星稜高校を経て名古屋グランパスに加入し、その後はVVVフェンロ、CSKAモスクワ、ACミランなど海外クラブでもプレーしました。2010年、2014年、2018年のワールドカップに出場した日本代表の中心選手として知られています。
一方、野球の本田圭佑は東北学院高校・大学を経て西武に入団した投手です。サッカー選手のような海外クラブでの競技歴はなく、NPBのパ・リーグで10年間プレーしました。
両者は生年月日が約7年異なり、出身地も競技も異なります。親族や同一人物であることを示す情報もありません。同姓同名という点だけで結びつけないことが、検索情報を正しく理解するポイントです。
【プロの結論】本田圭佑の野球人生から分かる3つのポイント
本田圭佑のプロ野球生活は、華々しいタイトル獲得や長年のエースとしての活躍とは異なるものの、救援投手としてチームに貢献した10年間でした。
1. 2022年の防御率1.97はキャリアを象徴する実績
45試合に登板し、防御率1.97、20ホールドを記録した2022年は、本田の能力が最も数字に表れたシーズンです。2023年も防御率1.56を記録しており、短いイニングで力を発揮する救援投手としての適性がうかがえます。
2. 現役ドラフトは選手のキャリアを変える転機になる
2024年の現役ドラフトは、本田にとって西武で築いた環境を離れ、新しい球団で実績を積み直す機会でした。
一方で、移籍後の1年間は9試合の登板にとどまり、契約継続には至りませんでした。現役ドラフトによる移籍は新しいチャンスを生む制度ですが、移籍後に結果を残し、チーム内で役割を確保する難しさもあります。
3. 引退後も野球に関わるセカンドキャリア
注目したいのは、現役引退後に西武へ戻り、打撃投手とパフォーマンスアナリストを兼務している点です。
プロで10年間プレーした経験は、自分自身がマウンドに立つだけでなく、打者の練習を支える立場でも生かせます。2026年の公式スタッフ情報や一軍への臨時合流は、現役時代とは異なる形でチームに貢献していることを示しています。
選手としての成績だけでなく、引退後にどのような役割を担うかまで見ると、本田圭佑の野球人生はまだ新しい段階に入ったばかりです。
【本田圭佑の野球に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:野球選手の本田圭佑は現在何をしていますか?
A1:2026年現在、埼玉西武ライオンズのファーム打撃投手兼パフォーマンスアナリストとして活動しています。現役選手ではありません。
Q2:本田圭佑はいつ現役引退しましたか?
A2:2025年10月29日に今季限りでの現役引退を明らかにしました。10月14日にオリックスから来季の契約を結ばない旨を通告された後の決断です。
Q3:野球選手の本田圭佑の通算成績は?
A3:NPB通算147試合、12勝21敗32ホールド、防御率3.93です。投球回は295回1/3、奪三振は183でした。
Q4:本田圭佑は西武とオリックスで何番を付けていましたか?
A4:西武時代は背番号45、2025年のオリックス時代は背番号60でした。
Q5:2022年の本田圭佑の防御率はいくつですか?
A5:2022年は45試合に登板し、防御率1.97でした。4勝2敗20ホールドを記録し、オールスターゲームにも出場しています。
Q6:サッカーの本田圭佑と野球の本田圭佑は同一人物ですか?
A6:別人です。サッカー選手は1986年生まれで大阪府出身、野球選手は1993年生まれで宮城県出身です。競技も経歴も異なります。
まとめ:本田圭佑は現役引退後も西武で野球界に貢献
野球選手の本田圭佑は、東北学院高校・大学を経て2015年のドラフト6位で西武に入団し、2024年の現役ドラフトでオリックスへ移籍しました。プロ通算147試合、12勝21敗32ホールド、防御率3.93という成績を残しています。
2022年には防御率1.97という好成績を挙げた一方、2025年は9試合、防御率6.39に終わり、10月の戦力外通告を経て現役引退を決断しました。
しかし、野球人生そのものが終わったわけではありません。2026年は西武のファーム打撃投手兼パフォーマンスアナリストとして、選手を支える側に回っています。
サッカー元日本代表と同姓同名という話題から知った人も、2022年の救援実績や10年間のプロ生活を振り返ると、野球選手としての本田圭佑の歩みが見えてくるはずです。今後は西武のスタッフとして、どのような形で若い選手たちの成長を支えていくのかにも注目が集まります。
主な参照資料:日本野球機構(NPB)個人年度別成績、埼玉西武ライオンズ2026年スタッフ名鑑、オリックス・バファローズの2024年現役ドラフト発表、東北学院大学の選手紹介、日刊スポーツ、スポーツ報知、パ・リーグ.com、サッカー選手・本田圭佑公式プロフィール。 (出典: 本田 圭佑 野球(Yahoo!ニュース))