【血統を徹底解説】ディープインパクトとビワハイジの娘、ブエナビスタの半妹
ジョワドヴィーヴルの血統を語るうえで欠かせないのが、父ディープインパクトと母ビワハイジの存在です。
単に有名な競走馬を両親に持つだけではありません。母系には日本競馬を代表するGⅠ馬が複数おり、兄弟姉妹にも重賞勝ち馬が並ぶ名門ファミリーでした。
父ディープインパクトは日本競馬を代表する名種牡馬
父:
2002年生まれ。現役時代には三冠を達成し、引退後も数多くのGⅠ馬を送り出した日本を代表する種牡馬です。
ジョワドヴィーヴルは、ディープインパクト産駒らしい芝での瞬発力を期待された存在でした。
父の父はサンデーサイレンス、父の母はウインドインハーヘアです。日本競馬で大きな影響力を持つ血統背景を受け継いでいました。
母ビワハイジは自身もGⅠを制した名牝
母:
1993年生まれ。1995年の阪神3歳牝馬ステークスを制した競走馬で、引退後は繁殖牝馬としても優秀な実績を残しました。
ビワハイジの父はCaerleon、母はアグサンです。
代表的な産駒には次の馬がいます。
- ブエナビスタ:GI6勝を挙げた名牝
- アドマイヤオーラ:京都記念などの重賞を制覇
- アドマイヤジャパン:京成杯を制覇
- トーセンレーヴ:エプソムカップを制覇
- ジョワドヴィーヴル:2011年阪神ジュベナイルフィリーズ優勝
- サングレアル:フローラステークス優勝
JBISサーチの母系データにも、これらの馬がビワハイジの産駒として記録されています。
ブエナビスタとの関係は「半妹」
半姉:
父スペシャルウィーク、母ビワハイジ。2008年の阪神ジュベナイルフィリーズをはじめ、桜花賞、オークス、ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)、ジャパンカップなどを制しました。
ジョワドヴィーヴルとブエナビスタは、母親が同じで父親が異なる異父姉妹です。
| 項目 | ジョワドヴィーヴル | ブエナビスタ |
|---|---|---|
| 父 | ディープインパクト | スペシャルウィーク |
| 母 | ビワハイジ | ビワハイジ |
| 生年 | 2009年 | 2006年 |
| 性別 | 牝馬 | 牝馬 |
| 主な実績 | 2011年阪神JF | GI6勝 |
| 関係 | 半妹 | 半姉 |
ブエナビスタは2008年に阪神ジュベナイルフィリーズを勝ち、ジョワドヴィーヴルも2011年に同じレースを制覇しました。
さらに母ビワハイジ自身も、1995年に同レースの前身である阪神3歳牝馬ステークスを優勝しています。
つまり、母・姉・妹の3頭が同じ2歳牝馬チャンピオン競走を制したという、非常に印象的な血統の記録が残っているのです。
【2011年の快挙】デビュー2戦目で阪神ジュベナイルフィリーズを制覇
ジョワドヴィーヴルの競走生活で最も輝いた瞬間は、2011年12月11日の阪神ジュベナイルフィリーズです。
デビュー戦を勝ったばかりの2歳牝馬が、わずか2戦目でGⅠを制するという快挙を成し遂げました。
京都の新馬戦でデビュー勝ち
2011年11月12日、京都競馬場の芝1600メートルでデビューしました。
騎乗したのは福永祐一騎手。単勝1番人気に支持されたジョワドヴィーヴルは、直線で力強く伸び、1分36秒7で勝利しました。
2着のテムジンに1馬身半差をつける内容で、初戦から素質の高さを示しました。
ただし、この段階ではまだ重賞も経験していない2歳馬です。次走でいきなりGⅠに挑戦すること自体、大きな挑戦でした。
15分の6の抽選を突破してGⅠへ
阪神ジュベナイルフィリーズへの出走に際しては、出走馬を決める抽選もありました。
当時の競馬報道によると、ジョワドヴィーヴルは15分の6という出走枠の抽選を突破しています。
デビューから間もない馬が、出走の機会を得て大舞台に立つことになりました。
そして迎えた2011年12月11日。
阪神競馬場の芝1600メートル、18頭立てのレースで、ジョワドヴィーヴルは4番人気でした。
福永祐一騎手を背に、最後の直線で末脚を発揮。見事に先頭でゴールし、デビューから無傷の2連勝で2歳女王の座を手にしました。
勝ちタイムは1分34秒9です。
JRA賞最優秀2歳牝馬に選出
この勝利によって、ジョワドヴィーヴルは2011年度のJRA賞最優秀2歳牝馬に選ばれました。
デビューからわずか2戦でGⅠタイトルを獲得し、年間の2歳牝馬の頂点に立ったのです。
注目したいのは、単なる良血馬の期待に応えただけではなかったことです。
母ビワハイジは1995年、半姉ブエナビスタは2008年に同じレースを勝っています。ジョワドヴィーヴルの優勝によって、母系が持つ阪神ジュベナイルフィリーズとの深い縁が改めて示されました。
【競走成績一覧】ジョワドヴィーヴルの全7戦2勝を振り返る
JRA公式競走馬情報とJBISサーチによると、ジョワドヴィーヴルの中央競馬での通算成績は7戦2勝、2着0回、3着1回、着外4回です。
総獲得賞金は95,948,000円でした。
以下が全7戦の記録です。
全レースの成績一覧
出典:JRA競走馬情報、JBISサーチの競走成績。着順・日付・騎手を照合。
チューリップ賞2012は3着
2012年3月3日のチューリップ賞は、桜花賞を占う重要な前哨戦でした。
前年の2歳女王であるジョワドヴィーヴルは1番人気に支持されましたが、結果は3着。
勝ったのはハナズゴールでした。
期待されたほどの結果ではなかったものの、3着に入っており、ここで競走能力が失われていたわけではありません。
桜花賞2012は1番人気で6着
2012年4月8日の桜花賞では、ジョワドヴィーヴルは1番人気に支持されました。
しかし、結果は6着。優勝したのは後に牝馬三冠を達成するジェンティルドンナでした。
このレースの後、ジョワドヴィーヴルには右後肢の骨折が判明します。
2歳女王から牝馬クラシック制覇を目指す重要な時期に、長期休養を余儀なくされることになりました。
2013年ヴィクトリアマイルは4着まで復調
約10か月の休養を経て、2013年2月10日の京都記念で復帰しました。
結果は7着。その後、3月の中日新聞杯では6着となりました。
そして2013年5月12日、ヴィクトリアマイルに出走します。
東京競馬場の芝1600メートルで、4番人気に支持されたジョワドヴィーヴルは、1分32秒6で4着に入りました。
優勝馬はヴィルシーナです。
GⅠで再び上位に入ったことから、復調への期待が高まっていました。実際、次走には6月1日の鳴尾記念が予定されていました。
しかし、このレースが現役最後の出走となりました。
【死因を検証】2013年5月29日の調教中に起きた悲劇
ジョワドヴィーヴルの最期について、JRA発表を伝えたラジオNIKKEIや当時の競馬報道では、2013年5月29日に調教中の故障が発生したと報じられています。
死因にあたる直接の出来事は、左下腿骨開放骨折による予後不良でした。
2013年5月29日、鳴尾記念に向けた調教中に故障
当時の報道によると、ジョワドヴィーヴルは栗東トレーニングセンターで、鳴尾記念に向けた追い切りを行っていました。
5月29日午前6時ごろ、ウッドチップコースの4コーナー付近で調教を中止。
騎乗者が馬体の異常を感じて下馬したところ、左後肢の異常が確認されました。
診断されたのは、左下腿骨開放骨折です。
これは骨折部が外部に通じる重篤な損傷であり、通常の競走復帰を目指せる状態ではありませんでした。
最終的に安楽死の処置が取られた
JRA発表を伝えたラジオNIKKEIは、ジョワドヴィーヴルが予後不良となったことを報じました。
同日の競馬報道では、回復の見込みがないと判断され、安楽死の処置が取られたことも伝えられています。
享年は4歳。
2011年の阪神ジュベナイルフィリーズを制した名牝は、現役復帰後に再びGⅠで好走した直後、突然競走生活を終えることになりました。
2012年の骨折と2013年の骨折は別の故障
ここは、ジョワドヴィーヴルの経歴を調べる際に特に注意したい部分です。
実は、2013年の最期の骨折以前にも、2012年に骨折が判明していました。
| 時期 | 骨折箇所 | 経過 |
|---|---|---|
| 2012年4月 | 右第1趾骨近位骨 | 桜花賞後に判明。6か月以上の休養が必要と発表 |
| 2013年5月 | 左下腿骨開放骨折 | 調教中に発症。予後不良となり安楽死 |
2012年の骨折は右後肢の第1趾骨近位骨で、桜花賞後に判明したものです。
一方、2013年の骨折は左下腿骨の開放骨折でした。
左右も部位も異なる、別々の故障です。
最初の骨折から復帰を目指し、実際にヴィクトリアマイルで4着まで戻ってきた矢先の出来事だったことが、当時の関係者や競馬ファンに大きな衝撃を与えました。
松田博資調教師のコメントにも表れた無念
当時のデイリースポーツの報道では、管理していた松田博資調教師のコメントも紹介されています。
ようやくよくなってきたと思った矢先だった。完全復活すると思っていたし、もうひと花咲かせてやりたかったが、本当に残念です。
出典:2013年5月30日付のデイリースポーツ報道。
この言葉からも、陣営がヴィクトリアマイルの4着を復活への手応えとして受け止めていたことが分かります。
また、当時の報道では前日の降雨による馬場の状態にも触れられていますが、それが骨折の直接原因だったと確定したわけではありません。
調教中に発生した重大な事故であり、特定の馬場条件だけに原因を帰すことはできません。
【2026年現在】ジョワドヴィーヴルはどうなった?馬名の意味も解説
「ジョワドヴィーヴル 現在」と検索する人が知りたいのは、現在も生きているのか、繁殖牝馬になったのか、産駒がいるのかという点でしょう。
結論からいうと、ジョワドヴィーヴルは2013年5月29日に亡くなっています。
現在の登録状況は中央競馬抹消
JRAの公式競走馬情報には、抹消年月日が2013年5月29日と記録されています。
JBISサーチでも登録状況は中央抹消です。
2026年11月現在、現役競走馬として活動しているわけではなく、繁殖牝馬としての活動や自身の産駒もありません。
現在も競走成績や血統情報が競馬データベースに保存されているため、過去の名馬として記録を確認できます。
馬名の意味はフランス語で「生きる喜び」
ジョワドヴィーヴルの馬名は、フランス語の「Joie de Vivre」に由来します。
JRAの公式競走馬情報には、馬名の意味として「生きる喜び(仏)」と記載されています。
フランス語の表現としては、人生を楽しむ喜びや、生きることそのものの喜びを意味します。
短い競走生活を終えた馬の名前として振り返ると、印象深い意味を持つ名前です。
産駒や血統はどうなった?
ジョワドヴィーヴルは2013年に亡くなったため、繁殖牝馬として自身の血統を次世代に残すことはありませんでした。
ただし、母ビワハイジの血統は、ブエナビスタやアドマイヤオーラ、トーセンレーヴなどの活躍馬を通じて競馬界に広く知られています。
ジョワドヴィーヴル自身も、その母系の優れた実績を象徴する競走馬として記録されています。
【よくある質問】ジョワドヴィーヴルに関するFAQ
Q1:ジョワドヴィーヴルは何歳で亡くなりましたか?
A1:2013年5月29日に4歳で亡くなりました。鳴尾記念に向けた調教中に左下腿骨開放骨折を発症し、予後不良となって安楽死の処置が取られました。
Q2:ジョワドヴィーヴルとブエナビスタは本当の姉妹ですか?
A2:同じ母ビワハイジから生まれた異父姉妹です。ブエナビスタの父はスペシャルウィーク、ジョワドヴィーヴルの父はディープインパクトです。
Q3:ジョワドヴィーヴルの競走成績は何戦何勝ですか?
A3:通算7戦2勝です。2011年の阪神ジュベナイルフィリーズをデビュー2戦目で制し、同年度のJRA賞最優秀2歳牝馬に選ばれました。
Q4:ジョワドヴィーヴルの2013年のヴィクトリアマイルの結果は?
A4:2013年5月12日のヴィクトリアマイルで4着でした。川田将雅騎手が騎乗し、勝ち馬ヴィルシーナに続く上位入線を果たしました。
Q5:ジョワドヴィーヴルの馬名の意味は何ですか?
A5:フランス語で「生きる喜び」です。JRAの公式競走馬情報にも、その意味が記載されています。
まとめ:ジョワドヴィーヴルが残した競馬史の記録
ジョワドヴィーヴルは、ディープインパクトとビワハイジという名馬の血統を受け継ぎ、ブエナビスタの半妹として注目された競走馬です。
2011年にはデビュー2戦目で阪神ジュベナイルフィリーズを制し、JRA賞最優秀2歳牝馬に選ばれました。
しかし、2012年の骨折による長期休養、2013年の復帰を経て、ヴィクトリアマイル4着という復調の兆しを見せた直後、調教中の左下腿骨開放骨折によって4歳で生涯を終えました。
【プロの結論】数字だけでは評価できない名牝の価値
ジョワドヴィーヴルの競走成績は7戦2勝です。数字だけを見れば、長期間にわたってGⅠ戦線で活躍したタイプではありません。
しかし、競走馬の評価は勝利数だけでは決まりません。
- 血統的価値: ディープインパクトとビワハイジの組み合わせに加え、ブエナビスタの半妹という希少性。
- 競走史上の価値: デビュー2戦目で阪神ジュベナイルフィリーズを制した実績。
- 家系の価値: 母・半姉・本人による阪神ジュベナイルフィリーズの母系制覇。
- 競走生活の記録: 骨折による休養を乗り越え、ヴィクトリアマイルで4着まで復調した事実。
特に注目したいのは、2013年のヴィクトリアマイルです。長期休養から戻り、GⅠで再び4着に入ったことは、競走能力を取り戻しつつあったことを示す結果でした。
その後の活躍を見る機会は失われましたが、阪神ジュベナイルフィリーズでの勝利と名門ビワハイジ一族の血統的なつながりは、今も競馬史に残っています。
ジョワドヴィーヴルは、短い生涯のなかで確かな足跡を刻んだ2歳女王でした。 (出典: ジョワ ド ヴィーヴル(Yahoo!ニュース))