【卒業と最後の出演は別】2021年のレギュラー卒業後も出演を続けていた
張本さんの『サンデーモーニング』における出演歴を理解するうえで、最初に押さえたいのが「レギュラー卒業」と「番組への最後の出演」は異なるという点です。
2021年12月26日は、毎週出演するレギュラーとしての最終日でした。しかし、番組との関係が完全に途切れたわけではありません。本人も卒業発表時に、翌年以降は節目ごとに出演する意向を明らかにしていました。
実際、2022年3月27日には卒業後初めて番組に生出演。関口宏さんから翌週の出演を予告され、プロ野球開幕に合わせてスタジオに戻りました。
その後もスペシャルご意見番として登場し、2026年3月29日にも出演しています。そして同年8月2日の放送が、結果的に最後の出演となりました。
つまり、2021年に番組を完全引退したという理解は正確ではありません。正しくは、レギュラーを卒業した後も、特別な機会には出演を続けていたということです。
【張本勲の卒業理由】本人が明かした「シニア人生をゆっくり過ごしたい」
張本さんが卒業を発表したのは、2021年11月28日の放送でした。
スポーツコーナーの終盤、司会の関口宏さんから話を振られた張本さんは、自身の都合によって年内でレギュラーを卒業すると説明しました。
その際に伝えたのが、次の言葉です。
私の都合なんですが、シニア人生をゆっくりすごしたいんですよ。
この発言から分かるのは、卒業が本人の生活や今後の時間の使い方を考えた決断だったということです。
23年間の早朝出演と準備の負担
2021年12月27日付のスポニチのインタビューでは、卒業を決めた背景について、さらに具体的に語っています。
張本さんによれば、卒業を考え始めたのは2021年春ごろ。毎週日曜日は午前5時に起床し、金曜日と土曜日には放送で使用する資料を調べるなど、出演前から準備に時間を費やしていました。
約23年間続けてきた生活を一度見直し、これからは自分の時間を大切にしたいという考えがあったのです。
また、今後やりたいこととして、釣りや盆栽にも触れていました。
釣りもやりたいし盆栽もいじってみたい。やりたいことはたくさんある。
この言葉からは、長年の仕事を終えた後の生活を前向きに考えていた様子が伝わります。
女子ボクシング発言による炎上が卒業理由だった?
2021年の張本さんを語る際、東京五輪の女子ボクシングをめぐる発言が取り上げられることがあります。
入江聖奈選手の金メダル獲得を受けたコメントが批判を集め、当時は番組内外で議論になりました。
そのため、卒業と一連の騒動を結び付ける見方もあります。
しかし、張本さん自身が公に説明した卒業理由は、シニア人生をゆっくり過ごしたいという生活上の希望です。騒動が直接の降板理由だったと裏付ける発表はありません。
本人はインタビューでも、自分の発言にさまざまな意見があったことを認めつつ、言いたいことが言えなくなるから気にしていなかったと振り返っています。
【出演歴・関係者一覧】1999年から2026年までの重要な転換点
張本さんが『サンデーモーニング』に初めて登場したのは、1999年7月11日です。
番組出演のきっかけについて、2021年12月26日の卒業回で本人が振り返っています。
最初は大沢啓二さんに誘われて一度出演。その後、再び出演するよう勧められ、最終的には大沢さんが自宅まで訪ねてきて継続出演を依頼したことが、レギュラーとして参加するきっかけになりました。
2010年に大沢さんが亡くなった後も、張本さんはスポーツコーナーの中心人物として出演を続けました。
張本勲とサンデーモーニングの年表
| 時期 | 出来事 | 関係・意味 |
|---|---|---|
| 1999年7月11日 | 初出演 | 大沢啓二さんの誘いがきっかけ |
| 2010年 | 大沢啓二さん死去 | 張本さんが番組のご意見番として出演を継続 |
| 2021年11月28日 | 卒業を発表 | シニア人生をゆっくり過ごしたいと説明 |
| 2021年12月26日 | レギュラー最終出演 | 約23年間のレギュラー出演に区切り |
| 2022年3月27日 | 卒業後初出演 | スペシャルゲストとして復帰 |
| 2026年3月29日 | スペシャルご意見番で出演 | 岡田彰布さんらと共演 |
| 2026年8月2日 | 最後の番組出演 | 上原浩治さんと共演 |
| 2026年9月9日 | 死去 | 86歳。翌10日に名球会が発表 |
関口宏との共演が番組の名物になった理由
張本さんと関口宏さんの掛け合いは、『サンデーモーニング』のスポーツコーナーを象徴する存在でした。
関口さんが話題を振り、張本さんが独自の視点で評価する。時には厳しい意見が飛び出し、関口さんが受け止めたり、話を広げたりする。
このやり取りが、単なる試合結果の紹介とは違う番組の個性を生み出していました。
2021年12月26日の卒業回では、関口さんも別れを惜しみ、長年の出演に感謝を伝えました。
2026年9月の訃報を受けても、関口さんは所属事務所を通じて追悼コメントを発表しています。
頑固ないいおじさんでした。喝の名人でもありました。
この言葉には、長年ともに番組を作ってきた共演者としての敬意が表れています。
【2026年8月2日が最後の出演】上原浩治との共演で見せた張本勲
2026年の張本さんの出演を振り返ると、特に注目されるのが3月29日と8月2日の2回です。
3月29日の放送では、スペシャルご意見番として登場。阪神の岡田彰布オーナー付顧問らとともに、プロ野球やメジャーリーグの話題を取り上げました。
メジャーリーグで導入されたロボット審判については、張本さんが率直な意見を述べる場面もありました。現役を離れても、野球の判定や試合のあり方に対する独自の考え方は変わっていませんでした。
8月2日はスペシャルご意見番として出演
2026年8月2日、張本さんはTBS系『サンデーモーニング』にスペシャルご意見番として生出演しました。
この日の共演者は、元巨人の投手で野球解説者として活動する上原浩治さんです。
話題の一つとなったのが、7月27日に東京ドームで開催された「サントリードリームマッチ2026」でした。
張本さんは同大会で上原さんと対戦。86歳で打席に立った張本さんは、上原さんの投球を前に初球を見送り、申告敬遠で出塁しました。
8月2日の番組では、その対戦を振り返っています。
上原浩治とのやり取りに見えた野球への敬意
張本さんは上原さんの投球について、見た目の球速以上に手元で伸びるため打ちにくいと評価しました。
一方、上原さんは張本さんにボールを当てないよう、捕手に外角へ構えるよう伝えていたと説明しています。
張本さんは翌年も打席に立ちたいという意欲を見せ、練習して臨みたいと語っていました。
86歳になっても野球への関心を失わず、実際に打席に立つ姿は、長年の野球人生を象徴する場面でした。
2026年8月2日の出演が最後になった
この放送から約5週間後の9月9日、張本さんは亡くなりました。
9月13日の『サンデーモーニング』では、張本さんの追悼特集が放送され、8月2日の出演映像や最後の「喝!」などが紹介されました。
3月にも出演していた張本さんにとって、8月2日は結果的に最後のテレビ出演となったのです。
【通算3085安打の功績】「喝!」と「あっぱれ!」が愛された理由
張本さんを語る際、『サンデーモーニング』での活動だけを取り上げるのは十分ではありません。
現役時代に築いた圧倒的な実績があったからこそ、引退後の野球評論にも説得力が生まれていました。
野球殿堂博物館の公式プロフィールによると、張本さんは1940年6月19日生まれ。1959年に東映フライヤーズへ入団し、1981年までプロ野球選手として活躍しました。
その主な記録は次のとおりです。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 通算安打 | 3085安打 |
| 通算本塁打 | 504本 |
| 通算打点 | 1676打点 |
| 通算打率 | .319 |
| 首位打者 | 7回 |
| 最高出塁率 | 9回 |
| MVP | 1回 |
| ベストナイン | 16回 |
| 野球殿堂入り | 1990年 |
特に通算3085安打は、日本プロ野球歴代最多の記録です。1980年にはプロ野球史上初の通算3000安打を達成しました。
「喝!」は単なる批判ではなかった
張本さんの代名詞となったのが、好プレーには「あっぱれ!」、問題のあるプレーには「喝!」を与えるスタイルです。
スポニチの卒業インタビューでは、本人が「喝」の意味について説明しています。
スポーツには失敗があり、自分自身も何千回と失敗してきた。その失敗を忘れないようにするための叱咤激励だったという趣旨です。
つまり、本人にとっての「喝」は、選手を一方的に否定するための言葉ではありませんでした。
一方、受け取る側によっては厳しすぎると感じられることもあり、発言が議論を呼んだこともあります。
その賛否を含めて、張本さんのコメントは番組の見どころの一つになっていました。
被爆体験を伝えたもう一つの顔
張本さんの人生には、野球とは別の重要な側面もありました。
広島県出身の張本さんは、幼少期に広島で被爆した経験を持っています。
2025年のJNN取材では、被爆者としての体験や、若い世代に戦争の悲惨さを伝えたいという思いを語っていました。
TBSは訃報を伝えた際にも、野球解説者としての功績だけでなく、平和へのメッセージを紹介しています。
9月13日の追悼放送でも、張本さんの被爆体験と平和への思いが取り上げられました。
番組の「喝!」や「あっぱれ!」だけでは語り尽くせない人物像が、そこにはありました。
【2026年9月9日の訃報】86歳で死去、名球会と番組関係者が追悼
日本プロ野球名球会は2026年9月10日、張本勲さんの訃報を公式に発表しました。
発表によると、張本さんは2026年9月9日午後に86歳で死去しました。
TBS NEWS DIGは関係者の話として、9日午後5時ごろ、東京都内の病院で亡くなったと報じています。
名球会は、通算3085安打をはじめとする功績をたたえ、長年にわたる野球界への貢献に感謝を表しました。
関口宏・上原浩治から寄せられた追悼
訃報を受けて、番組関係者や野球界からも追悼の声が寄せられました。
関口宏さんは、長年共演した張本さんを「頑固ないいおじさん」と表現し、「喝の名人」だったと振り返りました。
また、TBSは番組としてのコメントを発表。張本さんの厳しい「喝!」と愛情のある「あっぱれ!」に感謝を示し、最後に心からの「あっぱれ!」を贈るとしました。
上原浩治さんも、TBS NEWS DIGを通じて追悼コメントを発表しています。
上原さんは、張本さんの厳しい言葉も愛情のある言葉も、すべて野球への深い愛情があってこそだったと振り返りました。
2026年8月2日に共演したばかりだったことを考えると、上原さんにとっても忘れがたい別れになったはずです。
死因や病名は公表されている?
張本さんの死去について、名球会の公式発表には具体的な死因や病名の記載はありません。
TBSの報道では東京都内の病院で亡くなったことが伝えられていますが、病名などを特定する説明はありませんでした。
したがって、特定の病気が原因だったと断定することはできません。
また、8月2日にテレビ出演していたという事実だけで、亡くなる直前まで健康だったと判断することもできません。
現在確認できる重要な事実は、86歳で亡くなったこと、最後の番組出演が2026年8月2日だったこと、そして翌9月10日に名球会が訃報を公表したことです。
【プロの結論】張本勲の卒業は終わりではなく、出演スタイルの転換だった
張本さんの『サンデーモーニング』での歩みを整理すると、2021年の卒業は番組との関係を断つ決断ではありませんでした。
毎週日曜日の早朝に出演するレギュラーから、節目に登場するスペシャルご意見番へと役割が変わったのです。
この変化には、テレビ番組におけるベテラン出演者の起用方法という観点からも興味深い意味があります。
毎週の出演から特別出演へ
レギュラー出演には、継続的な準備や生活リズムの維持が求められます。
一方、特別出演ならば、本人の生活を優先しながら、長年培った専門性や知名度を番組に生かすことができます。
張本さんの場合、卒業時に本人が希望していた節目での出演が、その後実際に実現しました。
2022年の復帰、2026年3月の出演、そして8月2日の最後の出演が、その経緯を示しています。
張本勲が番組に残したもの
張本さんが残したものは、「喝!」という決めぜりふだけではありません。
- 通算3085安打を記録したプロ野球選手としての実績
- 大沢啓二さんから引き継いだスポーツご意見番としての存在感
- 関口宏さんとの長年の掛け合い
- 上原浩治さんら後輩の野球人との交流
- 被爆体験を通じて伝えた平和へのメッセージ
これらが重なり、張本勲という人物の独自性を形作っていました。
厳しい意見には賛否がありましたが、野球に対する強い関心と、長年現場を見てきた経験は、番組に欠かせない個性となっていました。
【張本勲とサンデーモーニング】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:張本勲さんがサンデーモーニングを卒業したのはいつですか?
A1:2021年12月26日です。1999年7月11日の初出演から約23年間、レギュラーとして出演しました。
Q2:張本勲さんの卒業理由は何ですか?
A2:本人は「シニア人生をゆっくり過ごしたい」と説明しています。毎週日曜日の早朝出演や、金曜日・土曜日の資料準備などの生活を見直したいという考えが背景にありました。
Q3:卒業後もサンデーモーニングに出演していましたか?
A3:はい。2022年3月27日に卒業後初出演を果たし、その後もスペシャルご意見番として登場しました。2026年3月29日にも出演しています。
Q4:張本勲さんの最後の出演はいつですか?
A4:2026年8月2日です。上原浩治さんとともにスペシャルご意見番として出演しました。
Q5:張本勲さんはいつ亡くなりましたか?
A5:2026年9月9日午後です。86歳でした。日本プロ野球名球会が翌10日に公式発表しました。
Q6:張本勲さんの通算安打数はいくつですか?
A6:3085安打です。日本プロ野球歴代最多記録であり、1980年には史上初の通算3000安打を達成しています。
Q7:張本勲さんと上原浩治さんの関係は?
A7:ともに『サンデーモーニング』のスポーツご意見番として出演した野球人です。2026年8月2日の放送でも共演し、7月のサントリードリームマッチでの対戦を振り返りました。
まとめ:張本勲がサンデーモーニングに刻んだ約23年間の足跡
張本勲さんと『サンデーモーニング』の関係は、2021年12月26日のレギュラー卒業だけで終わったわけではありませんでした。
1999年7月の初出演から、2021年の卒業、2022年以降のゲスト出演、そして2026年8月2日の最後の出演まで、約23年間にわたって番組と関わり続けました。
2026年9月9日に86歳で亡くなった張本さん。日本プロ野球歴代最多の3085安打という記録に加え、「喝!」と「あっぱれ!」で日曜朝のスポーツコーナーを彩った存在感は、多くの人の記憶に残っています。
最後の出演から約1か月後に伝えられた訃報は、番組にとっても一つの時代の区切りとなりました。
張本さんが残した言葉や野球への情熱、そして被爆体験を通じて伝えた平和への願い。これらを振り返ることが、長年の功績に敬意を表することにつながります。
「喝!」で厳しく、「あっぱれ!」で称賛する。
その独特のスタイルとともに、張本勲さんは『サンデーモーニング』の歴史に名を刻みました。 (出典: 張本勲 サンデー モーニング(Yahoo!ニュース))